見出し画像

贅沢なせめぎ合い

1月に子ども(第一子)が生まれ、7月に転職をした。

メーカー畑とはいえ、取扱う機器も違ければ職種も違う。一つ一つ新しいニューロンをつなぐような日々だ。二十代半ばで転職した時と明らかに違うと感じるのは、そのニューロンの繋がるスピード。何度も同じことを経験してやっと少しできるようになる。このスピード感は思ってた以上に焦りを生む。

前職の仕事における判断力というものが、いかにその経験(約9年)からくるものだったのかということを痛感している。

「もっと早く慣れたい」「もっと早く役に立ちたい」という気持ちが前のめりになる一方、覚えることや身につける技術の多さとそれらの習得に必要な時間の膨大さに途方に暮れそうになる。

もし現職の仕事が地球だとしたら、今の自分は東京すら把握できていない。せいぜい「渋谷のハチ公って意外と小さいんだなぁ」くらいの把握度だろう。これはまずい。

一方で、その世界の広さにワクワクもしている。生活のためのお金をもらいながら、これから学べる専門知識、身につけられる技術がこんなにもたくさんあるのかと。


生まれた子どもは果てしなくかわいい。そのかわいさといえば東と西の距離くらい果てしない。彼のニューロンは秒速30万kmでバチバチと音を立てて繋がっているようで、少し目を離すと見たこともない動きをしていたり、聞いたことのない発音をしたりする。

今までどおり子どもに離乳食を食べさせていた時、僕の腕をポンと叩いて「あーん」としてきたときには形容しがたい感情が芽生えた。そこには子ども発信の明確なコミュニケーションがあったから。

それまでは嫌なことがあると泣いたりしてその原因を親である僕らが見つけ出していた。しかし、その『腕をポンとしてあーん』からは「はい父ちゃん次ください」と聞こえてくるようだった。それがなんだか嬉しくて、何度もやってほしくて、すぐ次をあげずに焦らしたりしている。そういう親心を見抜いてか突然やらなくなったりもするのだから、これまた果てしない。


転職のタイミングで1ヶ月の有休消化期間を得た。北海道に旅行したり、友人たちと会っていたらあっという間にすぎてしまったが、そこで妻と子どもと時間を過ごせたのは良かった。子どもの授乳やオムツ替えなど、自分のペースでは全くことが進まなくなる。こりゃワンオペはかなり厳しいな、と感じた。
最近あらためて、妻というパートナーの存在の不思議さを感じている。友人のようでもあり、なんでも話すことができて、悩みながらも一人の小さな人間の成長を一緒に見守る。そんな共同生活ができるのは、やっぱこの人しかいないだろうなぁ、と思う。

ということで現在、
「仕事」と「子ども」と「妻」に対する思いがせめぎ合っている。贅沢なせめぎ合いだ。一日の時間は限られているのでどれもこれもできなくて悔しいが、どれもこれも少しずつやっていこうと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?