見出し画像

人間関係で悩む原因

2020/05/24 晴れ

今日は友達と庭でバーベキューをした。
一家建てに住んでいる特権。

ディスカバリーチャンネルを見てる影響で、火はマッチで起こし、庭の枯れ草を集めて燃やし、炭に火をつけた(というか、つけてもらった(笑))。

バーナーを使わずに火をつけられたのは初めてかもしれない。

サバイバルで必須の、水、火、食料、基地のうち、2つはマスターした。ということにしておく。水は湧き水スポットを知っているから、水道を止められても、飲水は確保できる。

ガスを止められても、マッチと炭があれば火を起こせる。

あとは、食料と基地。これを自給できるようになれば…

まあ、胃腸が弱いからサバイバルは不可能だけど。笑

こうして、今までやったことがなかったことができるようになるのは、楽しい。

今日はこんな感じで、巨大肉を豪快に焼いた。

炭でじっくりと焼き、

塩とペッパーで味付け。

下処理をしておけばもっと美味しくなったな。次は必ずする。

バーベキューをしながら友達と話していて、感じたことは、人によって、望んでいる結果は違うということ。

ある人は、一番欲しいものは、「自分は仕事ができる」という有能感かもしれない。

ある人は、円滑で円満な人間関係かもしれない。

ある人は、とにかく好きなことをやりまくることかもしれない。

人によって、何を望んでいるかは、全然違う。これは、当たり前のように思うけど、実際忙しい生活を送っていると、だんだんと自分の事しか考えなくなってしまう。

そして、それが満たされないと、ストレスを感じてしまい、人にあたったり、私生活で病んでしまったり、ネガティブになってしまう。

もちろん、そのストレスをバネに、自分の望む結果を追い求めることは有意義なことではあるのだけど、その望む結果は、あくまで自分の望む結果であって、他人もそれを望んでいるわけではない。

例えば、自分が有能であることを認めてほしい人がいたとしても、周りの人からしたら、その人が「俺が有能であることを認めてほしい」と思っているかどうかなんて、まったく興味がない。

「俺は自分の好きなように生きて、それで食っていきたい」と言っていても、他人からしたら、「はい、どうぞご勝手に」となる。

つまり、自分が望む結果が満たされていようがいまいが、周りからしたらそれは大した問題ではないのである。

それぞれ、自分の頭の中には、自分の望む結果のみが鎮座していて、他人の望む結果にまで意識が向くのは、自分の望む結果が満たされてからなのである。

だから、自分の望む結果を他人に満たしてもらおうと考えるのは、あまりにも無責任だし、満たしてもらえないからって周りに当たり散らすのは、迷惑、メンヘラでしかない。

しかし、満たされないのが当たり前という前提に立った上で、あえて自分の望む結果を満たす前に、相手の望む結果を満たすことに集中し、行動できれば、相手にとっては、自分は必ず重要な人物になる。なぜなら、自分の望む結果を満たしてくれるから。

もちろん、自分の結果を満たしてもらうために、先に相手の望む結果を戦略的に満たす、というのでは、効果は期待できない。

おじいちゃんによく言われたけど、「見返りを求めて人に親切にするな」ということ。やるなら、100%相手のことを思ってやらないと、相手にも「戦略的にやっている」ことが伝わってしまう。

これは、自分も気をつけなければならない。売上が欲しくてサービスを売るのは、見返りを求める行為そのものである。

そうではなく、どれだけの価値を相手に提供できるか?という、相手の望む結果を満たすことに集中する。それがビジネスの目的なのだと思う。

でも、結局自分の望む結果を突き詰めていけば、必ず誰かに貢献することに繋がっているはず。そこが見つかって初めて、自分の望む結果と、相手が望む結果が同時に満たされるんだと思う。

そういう、望む結果の最適化が行われていけば、人間関係で悩むことは減っていくと思う。

以上🖐️

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?