心の時代
音楽を聴きながら書いたので
流しながらお読み頂ければ幸いです。
何か語りたい
そんな想いがなくなって
noteに向き合わない自分がいる
現金なもので
別の何かに熱中し白熱しては
失望しては高揚してを繰り返し
少しずつだけ前に進む
そんな毎日で
ボールペンで絵を描き
マウスで描きなおして
aiに指定をさせて名残を残させて
再構築させる
そりゃそれを見た人からすれば
狂気以外のなにものでないからね
絶賛はされやすい(笑)
このサイクルはだいたい
1日半 36時間くらいかな?
aIに再構築させた絵は
まじで驚かれるけど
それだけを観ているとだんだんと
飽きられる感じはある
そこには絶対的に
ボールペンで、マウスで
これでもかと陰影をつけた
膨大な狂気の時間が担保されている
何を描いたではないというのは
ひしひしと世界に対して感じるんだよ
誰が描いたかそれが大事
誰というのはきゃらをで
あいつは狂気な人間だ!!
という認識で知名度を上げる
ずっと前からやっている人と比べれば
フォローの数は勝ることはないけど
圧倒的にフォローされるし
圧倒的にイイネはつくんだよね
そんな根拠があるから
また走るけど
それでもやっぱりくるんだよ
俺、何しているのだろう?
と落ちる瞬間
俺の辛いところは
それを狂気だとわかっていて
なおそこに飛び込むところにある
夢を見てラリっていて
前後不覚になっていたいと思うよ(笑)
純粋じゃないんだ
計算して割に合わないのに
そこにつっこむ感じ
だけど
矛盾に思われるかもしれないけど
そこにこそ、数字以上のものがある
まぁびっくりするくらいの数字(大金)
といってもいい(笑)
ボールペンの絵なんて
もう描きたくない
そう思うのにホームセンターに
画用紙を買いに行く
そして完成したらマウスで描きなおす
そのスタイルが認知されるから
ai画像の評価が映える。
逆説的かもしれないけど
何もかもaiが便利にしてくれる時代に
不便な道をあえて選ぶ「心」が
人間オリジナルの証明なのかもね。
まぁ
奇麗な画像はaiはいくらでも描いてくれる
けど、多分だけど
これからの時代は
結果ではなく、プロセスが
大切になる時代だと思う
そう。心の時代だ。
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