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地域情報誌を作っている時に出会った、奇妙な人たちとの忘れられないエピソード

女占い師との出会い

今から約20年前、私がとある地域情報誌の制作会社でデザイナーとして働いていたときの話です。

その情報誌は社長が思い付きで創刊したもので、紙とインクを無駄にするだけの地域社会に何の貢献もしない代物だったのですが、仕事自体は面白く同僚も良い人間ばかりだったため、それなりに楽しく働いていました。

そんなどうしようもない情報誌の企画会議の中で、何かの拍子に誌面に占いのコーナーを作ろうということになり、なぜか私がそのコーナーを担当することになったのです。

なってしまったものはしょうがないので、記事提供や監修を引き受けてくれそうな占い師を探したのですが、なかなか条件(会社から提示された激安なギャラ)に合う占い師がおらず、結局占い師が見つかるまで私が適当にねつ造したインチキ12星座占いを載せることにしました。

これが最初はなかなか楽しかったのですが、3か月も経つと過去の占い記事をツギハギして適当な文章を作ることがどんどん面倒になり、さらにインチキ記事を執筆することに1ミリ位の後ろめたさを感じ始め、私のモチベーションは急激に低下していったのです。

しかし、なぜか私のインチキ占いコーナーは読者にそこそこ好評だったため止めるわけにもいかず、私は本腰を入れて占い師を探す決心をしました。

もちろんギャラを上げれば簡単に見つかることは分かっていたのですが、あまり折り合いがよろしくなかった上司へ掛け合うのがいやだったこともあり、半ば意地になって条件をのんでくれる占い師を探していました。

そんな折、女友達との飲みの席で「記事を書ける占い師を知らないか?」と軽い気持ちで聞いてみたところ、最近知り合ったカワイイ女占い師がいるという思いがけない返事をもらえ、さらに、その場で電話してここに誘ってみてくれるという。そして電話がつながりとんとん拍子でこの場に来てくれることになったのです。これはラッキーだ。

30分後に現れた占い師は20代後半位のパッと見は普通の女性でした。ひととおり自己紹介を行い、自分が地域情報紙を作っていること、占いコーナーで困っていること、そしてギャラが安い事を正直に話し、その上で協力してもらえないかと相談すると、その場で快諾してもらうことができたのです。

さらに、その占い師はちゃんと自分が以前に書いた記事見本をもってきてくれており、内容を確認すると、こちらで多少手を加えれば紙面に載せるのは問題が無い程度のものでした。

すっかり安心しきった私は、詳しい話は後日ということにして、そもそもなんで私の友達と知り合いなのかを聞いてみた。そこで占い師の彼女が言うには“繁華街でしつこくナンパされてそれを無視していたら追いかけられて、逃げ込んだ先の飲み屋に私の友達がいて「男に追われているんです。匿ってください」となったのがきっかけ”とのこと。

今思えば、その話も占い師の虚言かもしれなかったのだが、当時は「へぇ~劇的な出会いだね」などと盛り上がっていました。

そんなこんなで情報紙への占い記事提供が決まり、占いコーナーは「マリポーサ柊麗(しゅうれい)の天啓塾」というタイトルに生まれ変わった。

私は紙面の企画・制作を主に担当し、占い師との窓口は営業のオオイさんが担当することになった。はじめのうちは私とオオイさんとマリポーサ柊麗で喫茶店なんかで打ち合わせをしていたのだが、二ヶ月位で大まかな仕事の流れができたため、直接の打ち合わせはオオイさん1人にお任せることにした。

そして、ある日のことマリポーサ柊麗からオオイさんに「今日は忙しいため事務所で打ち合わせしたいので来てくれないか」と連絡があった。私も事務所に出向いた事は無く、マリポーサ柊麗の事務所がどんなものか興味があったのだが、締切が近く外出の時間をとる事ができないため、当初の予定通りオオイさんが一人で行く事になった。

そして数時間後帰ってきたオオイさんに事務所がどんな感じだったか聞くと、苦笑いを浮かべながら報告をしてくれた。

「事務所っていうから普通のオフィスか、占い部屋みたいなものが併設されているのを想像していたら、普通のマンションの自宅だったよ。そこまでは良いんだけど、ドアをあけたら上下ジャージの知らない女が出てきて、部屋を間違ったかと思ったら化粧落としたマリポーサだったんだよ。」

ちなみに、占い師は“山田良枝”のようなごく普通の名前だったが、普段から自分でマリポーサ柊麗と名乗っていたため、社内での呼び名もマリポーサになっていました。

「で、そこから中に入ってビビったのが、家の中が足の踏み場も無いくらいのゴミ屋敷で、ゲストが来るってのに一切それを気にしていないところなのよ。」

「それでそこからゴミ屋敷にあがって、何ヶ月前の物か分からない食いかけのコンビニ弁当の残骸にかこまれながら、完全なすっぴんで上下汚いジャージで、普段と全く変わらず淡々と打ち合わせするわけよ。」

オオイさん曰くその姿や様子がかなり不気味だったと。実際にその場に居合わせた訳ではないが、とりあえず打ち合わせは無事終わり次の原稿内容の目途もついたので、私的には「占い師なんて職業をやっているくらいなので、ちょっと社会との距離感を図るのが苦手な人なのかも」といった程度に考えていた。彼女の“本当の姿”を知るまでは。

マリポーサの本当の姿と詩人

次の占いコーナーの打ち合わせをまた事務所で行うということで、私も同行することにした。単純な好奇心が一番の理由だが、オオイさんがちょっと引きぎみになっており、マリポーサを紹介した手前の責任感のようなものも少しあったからだ。

マンションに着き1階のオートロックを解除してもらい、ドアホンを鳴らすと全く知らない女が現れた。マリポーサだ。確かに予備知識無しでこれが現れたら同一人物とは思えないだろう。報告通りの足の踏み場もない廊下を通り奥のリビングに通されると、そこにもう1人の知らない女性がいた。だれだ?お客か?事務の人?そこでマリポーサが口を開く。

「今日はお二人にお話があります。お掛けください。」

周囲をゴミにかこまれたテーブルセットの椅子に腰掛けると、マリポーサから

「私は天啓によって、この後四国の●●に行き、巫女を司る巫女になるための準備に入らなくてはいけなくなりました。」

「お二人には大変申し訳ないのですが、世界の●●が近づいており、私はその●●になるためこの身を捧げ無くてはけません。」

私とオオイさんは全く言っている事が理解出来ず、とりあえず無言でマリポーサの話を聞いていた。

「しかしお仕事を受けた手前、ここで投げ出すのはあまりに無責任なため、私が信頼する彼女をご紹介させて頂きます。リョウコさんご挨拶を。」

謎の女性は立ち上がると我々に向かって自己紹介を始めた。

「はじめまして。詩人のリョウコです。お二人のお話はマリポーサさんから伺っております。信頼に足るタフガイとのことでしたが、こうしてお会いしてみると改めてマリポーサさんの慧眼は確かなものだと分かりました。今後は私が担当させていただきますのでよろしくお願いいたします。」

何だこの自己紹介は。タフガイ?というか、詩人って?こちらの困惑をまるで無視して、詩人リョウコとマリポーサは勝手にその場で引き継ぎをはじめ、なぜか来月のコーナー担当者はリョウコということで話がまとまっていた。

私は、天啓が下って“巫女を司る巫女”になる時が来たのなら仕方がないかと自分を納得させ、ひとまず本来の目的である来月の打ち合わせをしっかりと終わらせ帰路についた。

なおこの件は、帰り道のオオイさんとの話し合いで、会社に報告しても面倒な事になる(というか理解してもらえない)ということで、「同じ事務所の別の人間に担当者が変わっただけのこと」としてとりあえず来月1ヶ月様子を見て、ダメなようならコーナーは又私のインチキねつ造占いに戻そうという結論に達した。

詩人リョウコは意外とまともな人間に見えた

リョウコには正直なところ大した期待はしておらず、ダメなら自分がやればいいやと腹を決めていたのだが、初回の原稿を見たときに驚いた。マリポーサにお願いしていた時よりも読み易くユーモアがある記事を上げてきたからだ。この間会ったときの印象から、かなりの不安をもっていたのだけど、これならひとまず大丈夫そうだ。

その後普通にやりとりを行いながら3ヶ月が過ぎた。リョウコは思いのほか普通の人間で、メールや電話で普通に意思疎通ができる、むしろ良い外注先の人というポジションに昇格しつつあった。そして、マリポーサに紹介されたときの不気味な印象は私とオオイさんの記憶から少しずつ薄れていった。

ちなみにマリポーサの近況についてはリョウコも殆ど分からず、今は四国では無く和歌山に居るということだけが唯一知っている情報だそうだ。四国に行く道中で我々のような凡夫には想像もつかない様々な困難に見舞われているのだろう。この世界を破滅から救うために是非頑張って欲しいものだ。

リョウコの正体

ある日、リョウコから打ち合わせがしたいとオオイさんに連絡が入った。そこから彼はリョウコの自宅兼オフィスであるマンションへ向かうのだが、やはりリョウコは普通の人間ではなかった。

以下はすべてオオイさんからの伝聞である。

リョウコが住んでいたのは、新築に近い普通のマンションだった。まさかマリポーサのようなゴミ屋敷の訳はないよなと思いつつ自宅に上がると、屋内はシンプルでセンスのいい家具が据えられた清潔感のある空間だった。本棚にはよくわかんない洋書の詩集らしきものがずらりと並べられており、その脇の日本人の詩人コレクションの一番目立つところにリョウコの詩集が表紙を向けて飾られている。はっきり言って装丁が素人臭く、自費出版であろうかと思われたが、どうやら本当に詩は書いているらしい。

ダイニングテーブルで、リョウコが入れてくれた紅茶を飲みながら世間話を交えた原稿の打ち合わせをしていると、突然リョウコが立ち上がり、部屋の奥の窓際においてあるテーブルへ向かい、PCを立ち上げ何やら作業を始めた。オオイさんは始めのうちは特に気にしていなかったのだけと5分・10分とその状況が続き、軽く話しかけてもなんの返答も無いため、近づいてみる事にした。

オオイさんはその画面を見てぞっとした。

どこぞの誰かとチャットらしきものをしていたようなのだが、そこには今現在のシチュエーションと

「何故このひとは私を襲ってこないのだろう、早く襲ってくれればいいのに」

という文字が繰り返し書かれていたからだった。

オオイさんはビビりつつも、これは何かの冗談ですよね。と話しかけると、リョウコは返事をせず画面に向かって

「あなたこそ何の冗談ですか。ここにこんなイイ女がいるのにどうして何もせずにいられるのでしょうか。」

とタイピングした。

ちなみに、リョウコは20台半ばで顔もスタイルもそこそこ良く、なにより清潔感があったため、単純に外見だけで言えば一戦交えたいと思えるような女性だった。まぁ普通の人間だったらここで有耶無耶にするかお茶を濁すのだろうが、オオイさんもどうかしており、「目の前に困った女性がいるからには、全力で助けなければいけない。」と謎のヒューマニズムを発揮し、そのまま事に及んだとのこと。

旦那が帰宅。修羅場になる…はずが。

その後、3ラウンドを消化し、ダイニングで談笑をしていると、なんと旦那が帰って来た。リョウコは全く動揺もせず旦那を出迎えると、「雑誌の担当者が来ているから一緒に晩御飯を食べましょう」などと、まったくいらない提案をし、旦那も「そうだね。」「担当者さんもしよろしければ一緒にいかがですか」などと完全な歓待モードに入る。オオイさんもそこで帰ればいいものを、なぜかさっきまで事に及んでいた詩人とその旦那と3人で飯を食うことになった。

旦那さんは20台後半から30代前半位のメガネをかけた優しげなサラリーマンだった。

リョウコが作った料理はどれも美味しく、3人で楽しく飯を食っている最中に、突然リョウコが口を開いた。

「さっきオオイさんと事に及んだんだけど。なかなか良かった。」

なにを言い出すんだこの女は!?オオイさんは完全に硬直。

しかもたたみ掛けるようにどのようなコトを行ったかのかを詳細に状況報告しだした。無言で話を聞く旦那。おおよその報告が終わるとリョウコは満足し、「わたし先にお風呂にはいるから」と言って食事はそのままに勝手に風呂場にいってしまった。

テーブルには旦那と二人きり。どうする?なんて切り出す?そのとき旦那が口を開いた。

「申し訳ありません。リョウコはあの通り異常なんです。」「実はこんな事になるのはオオイさんがはじめてじゃないんです。」

「え?はじめてじゃない?いつもこんなことしてるんですか!?(というかそれを淡々としゃべるアンタもだいぶ異常だけど)」

「じつは私もオオイさんと同じように、リョウコに誘われてそのまま流されてしまって関係をもってしまったんです。」

「マジですか!?」(なんじゃそりゃ)

「まったく同じ状況ですよ。前のダンナが居る状況で誘われてそのままです。」

「オオイさん私はもう彼女と一緒に暮らすのは無理です。私の代わりに彼女と一緒になっていただけませんか?」

「えぇ!?」

「あのとおり、見た目は普通で普段の挙動の一見普通なんですが、はっきり言って異常なんです。今日こんな形でお会いして、いきなりこんなお願いをするのはおかしいと分っていますし、大変身勝手な相談ということもわかってます。」

そこで旦那はいきなり土下座してきた。

オオイさんはそこでこれは本当にヤバいと思い、そのまま逃げ帰ってきた。

というのが顛末だった。

「それでその後、リョウコから連絡は来たんですか?会社にもメールでも特に連絡は来てませんが?」

何故か連絡はきておらず逆に不気味だという。

結局その後向こうから連絡が来ることはなく、オオイさんからも連絡をしていなかったのだが、大きなトラブルに発展することはなかった。リョウコへ最後の原稿ギャラを振り込むと、我々との関係はそこで無くなった。

会社へはギャラが安くて断られましたと適当な報告を行い、結局私がインチキねつ造占い記事を書く事になり、この件は私とオオイさんだけの秘密となった。

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