見出し画像

飛行機に乗りたくなる!空がさらに広く見える1時間。IIBC Cafe Globe #8 下里 珠姫さん

6月10日は第8回目のIIBC Cafe Globeでした。

Cafe Globeを開店することに至った背景はこちらのnoteを。

今回のゲスト

今回のゲストは下里 珠姫さん。通称「おんたま」です。

画像1

1995年、長野県安曇野市生まれ。父親の仕事の都合で、小学校3〜5年生を香港で過ごす。香港日本人学校の社会科見学で、JALグループの格納庫で飛行機を間近に見て、航空業界に興味を持つ。高校1年の時パイロットを目指すことを決意。2014年、桜美林大学ビジネスマネジメント学群アビエーションマネジメント学類フライトオペレーションコースに入学。2015年渡米しアリゾナ州にて飛行訓練を行う。大学卒業後、(株)ジェイエアに入社。約13カ月の訓練を経て、2019年8月、ERJ運航乗務員、副操縦士に任用され、現在は大阪国際空港(伊丹)をベースに日本中を飛ぶ。
趣味は、空港や飛行機の撮影スポットに行くこと。飛行機が大好き過ぎて、仕事以外でもずっと考えてしまう。寝ても醒めても飛行機に恋する26歳。他にも、旅行、舞台観劇、ミュージカル、楽器演奏、読書、カメラ、ライブ、フェス、スポーツ観戦。広く浅くがモットーの多趣味オタク。ステイホーム中に健康のため筋トレやヨガを始めるも、キツイのは苦手。

おんたまと私

2016年にNPOの活動で鹿児島に行った時に、当時鹿児島でフライトのトレーニングをしていたおんたまと出会ったのが最初です。NPOの名前は「コモンビート」。ミュージカルや表現活動を通じて、「自分らしく、たくましい個人を増やし、多様な価値観を認め合える社会の実現を目指す」活動をしています。彼女はこのミュージカルプログラムに出演者として参加しており(トレーニング期間中、週末はこっちに参加していたのか…!すごい体力…)、私は舞台当日の裏方のお手伝いで来鹿。お互いミュージカルに出るだけでなく観ることも(特に宝塚)好きというところで仲良くなったのでした。

画像4

そうです、第3回のCafeで登壇してくださった石井先生と同じ出会いのきっかけです!石井先生は、ミュージカルを観に来たお客様側でしたが。笑

毎回、カフェでは最後に一緒に参加してくださった皆さんにアンケートをお願いしているのですが、そこで、どんなゲストを呼びたいか、いつもアイデアをいただいています。「自分がなかなか会えない方に会ってみたい」「専門職の方」「小さいころからの夢を叶えた方」などの声を見たときに、おんたまを呼びたいな…という私の気持ちが高まりました。そして、別のオンラインのトークイベントに登壇されていたおんたまをみて、会社的にもOKなのかも!?と思い、早速相談。快諾いただき、Cafeにお呼びできることになりました!ジェイエアさん、ありがとうございます!( ;∀;)( ;∀;)

今回のお茶

Cafe Globeでは、ゲストのゆかりのある「お茶」と、ナビゲーターの私がその時おすすめしたいと思った「お茶」を交換して、飲みながらお話をしています。

私がおんたまに送ったのは、「ねじめ茶寮」という、東京からIターンした夫婦が育てている有機の紅茶。鹿児島にいる友達曰く、「これを飲むとスタバの紅茶は飲めなくなる」と。シアトルに住んでいた私によく言うな…←。でも、確かに、とても、ほんとうに、とても、美味しくて。今回おんたまにはダージリン系の「べにふうき」を送りました。

画像2

カフェの店舗そのものは持っていなくて、こんな感じでワゴン車で移動販売とかしてるみたいです。←

一方おんたまが私に送ってくれたのは、こちら。

画像3

仙台の和紅茶でおんたまが好きなものを送ってくださいました。まさかの、仙台にフライトがあったときに仙台の郵便局から発送くださいました!笑

お茶屋さんが作っている和紅茶だそうです。こちらがお店のURL。スイーツも美味しそう。仙台に次行く時はお菓子と一緒に買ってみたい。

今回のカフェ。

参加された方々から事前にいただく質問の量がすごい!そして、パイロットという仕事について、パイロットのなり方についての質問がとても多く、興味を持っている方がたくさんいることに圧倒されました。私は、ヨーロッパで飛行機に乗ったときに女性のパイロットや男性のCAさんがあたりまえにいたのを見ていたり、ベビーシッターとしてCAさんのお子さんをみたことがあったり、叔母が元JALのCAだったり(着物着てた頃w)、アメリカの高校の同級生がパイロットだったり、CAや整備士や空港で働く友達や後輩がいたり、(小声)さらには彼氏がパイロットを目指して現在留学中(笑)と、私にとっては航空業界が比較的身近で、意識をしていなかったのですが、よくよく考えたら、女性のパイロットはまだまだぜんぜんマイノリティだし、パイロットのお仕事をしている人が友達とか周りにいるってなかなか珍しいことなんだな、と気付かされました。そんな自分にできることはパイロットというお仕事はもちろんですが、そこで働く一人のパイロットである「おんたま」を知ってもらうことだー!と、ドキドキしながら当日を迎えました。

画像5

なんと、制服での登場。会社に許可をいただき、制服姿でメイクもしっかりで自宅(大阪)から参加してくださいました。しかもこの日は朝4:30に起床、6時過ぎに出社し数本フライトをした後というお仕事後。ラフな格好をしている自分が恥ずかしくなる…遅い時間にごめん…ありがとう…この上の写真でも気抜きすぎだろ自分…震える…


最初は、あだ名「おんたま」の由来から。もともと「たまちゃん」と呼ばれていたが、自分のほかに「たまちゃん」と呼ばれる男の子が登場。覇権争いで負け、女の子のたまちゃんだから「おんたま」と名付けられたのだとか。

そんなおんたまは私と同じ帰国子女。小学校3年生から5年生の間、お父さんの仕事の都合で香港へ。現地では香港島にある日本人学校に通っていたそう。たしか当時は世界で一番大きい日本人学校。日本のマンモス校と変わらない、1学年4クラスあるような学校です。シアトルのコミュニティよりも日本人コミュニティが何倍も大きそうです。

彼女がパイロットを目指すきっかけはこの香港で始まります。小学4年生の時に社会科見学で「空港に行こう」と1日かけてJALの機内食の工場や格納庫に行く機会があったときの事。いつも優しく接してくれる友達のお父さんがとてもかっこいい整備士さんの姿で現れ、格納庫を案内をしてくださったそう。「こんな大きい飛行機をこんな真剣にお掃除されてるんだ」と幼いながら衝撃を受けたおんたま。「空港ってかっこいいな」「飛行機に関われる仕事に携わりたいな」とここで感じたそう。

帰国後は出身の長野の安曇野へ。安曇野の公立中学に通い、その後は松本の公立高校に進学。この時は部活や学校生活そのものを楽しんでいたりと将来のことを考えていない時期だったそうですが、さすが進学校、高校1年の時点で志望校を決めよう、オープンキャンパスに行こう、と進路指導を受けます。このとき、おんたまは「大学に入るのが目的になるのは嫌だ」「もうちょっと先の事考えてみよう」「今15歳で、10年後の25歳の時どんな自分になってたいかな」と考え、「25歳の自分を15歳が見て『頑張ってんな』『かっこいいじゃん』と思える人になっていたい」と思うようになったとのこと。その時に過去を思い出し、「飛行機に乗ってる自分カッコ良くない?」と、パイロットになったら自分をすごい誇れるし、その後も一生好きになって続けられるものだと閃いたのだとか。この時彼女の頭の中には最初のきっかけであった整備士さんや客室乗務員さんという他の選択肢は思い浮かばず、「なれるんだったらパイロットなってやろうじゃん」とパイロット一直線。調べてみると大学でパイロットになれる学部が実はたくさんあることを知り、「ここに行けば、空に一番近いわ、私」と大学を選ぶと同時に夢を決めます。

画像10

ここで色々と能力のことについて聞く私。まずは英語力。そもそも香港では英語を使っていたの?と聞くと、なんと日本人学校では週3回英語があり、細かくレベル別に分かれ5人でわかれる組ごとに1人ネイティブの先生がつくという英語教育の手厚さ。上位3組はネイティブレベルで、負けず嫌いのおんたまは悔しくなって勉強して最終的には上位のクラスに入れるようになったそう。小学生ながらの、英語が好きだ、英語が喋れるようになった!と思える成功体験がここであったんだとか。

また、ライセンス取得のためにアメリカにトレーニングに行っていた時(詳しくは後述)、現地で指導してくださった教官さんとのトレーニングの時のやり取りはもちろん英語だったそう。渡米前に大学で1週間9コマくらいTOEFLの勉強をしていたそうで、TOEICに換算して650-700点くらいとってからトレーニングに行くそうですが、やっぱり実際に生きた英語を話すと違った、とおんたま。英語で習うので、日本語が出てこないくらいまでになったんだとか。


次に、事前にいただいた質問にもあった理数系の力。なんとおんたまは物理やってない数IIIやってない化学できない、のめちゃくちゃ文系。小さい頃はバイオリンを習っていて(香港でも継続)、高校は吹奏楽部という、超文化部の音楽ガールだったのだそう。それでも、「その時出来なくてもこれからできればいい」という気持ちで、まずはセンター試験のレベルまで上げることを目標にして、二次試験はそれから考える!という勢いで勉強。

「理数系がめっちゃ得意だからパイロットになる」ではなく、なるために勉強したおんたま。いや、「なってやる」のおんたま。一度決めたことを曲げない勢いがすごい。


ちなみに進学した大学は関東をベースにしている大学を選んだそう。関東にこだわった理由を聞いてみると、「当時の高校生の距離感的に」。長野の田舎から東京に行くのと、九州の大学に行くのと比較して、九州は無理!となったのだとか。最終的には第一志望の大学には合格できず、第二志望の大学に進学したそうです。


ここでおんたまが夢をかなえられた理由のうちの1つに気づきます。とにかく、周りの人たちに恵まれている、応援してくれている、ということ。

パイロットを目指す!と決めたおんたま。周りの人たちは最初は「何を言ってるの?」「お前本当か?大丈夫か?」と驚くリアクションを見せたものの、両親も応援してくれ、学校の先生も大学を調べてくれ、友達も応援してくれたのだとか。唯一「そんなんやめときな」と言ってきたのはおじいちゃん。でも「じいちゃんの言うことなんか!」と受け流すおんたま。根本的に「自分はパイロットになれる」という謎の自信を抱き、おんたまのことを良く知っている人たちも「たまきが一度言い出したらねぇ」とポジティブに背中を押してくれる。「自分が自分のことを一番わかってるし、友達や親もわかってくれている、という鉄壁があれば、あまり知らない人に何か言われても何も思わない。」きっと自分の夢を周りに大きな声で発信し、周りも深く理解してくれていたからこその鉄壁だったんだろうなと思います。

その周りの人たちに恵まれている、というのは進学後も続きます。男性が多い環境の中で一緒に勉強している中で、性の違いを感じることは全然なかった、とおんたま。フラットに同期も接してくれるし、教えてくれる教官も一人の人間としてみてくれたのだとか。だからこそ、「女子だから」ではなく、自分自身との勝負」、「できないのは女だからではなく自分自身のせいだなと思ってやっていた」のだそう。

同期たちとの写真もたくさん見せていただきました。いやー、おんたま、身長低いね、と私(笑)同期の皆さんとは今も連絡を取り合う仲だそうです。

画像11


おんたまのその負けず嫌いな性格はどこから身に付いたのかも気になります。なんと、きっかけは香港での学校生活だったよう。一人っ子で長野で育った彼女は闘争心はそこまで持っていなかったそうなのですが、香港で3年過ごしていて、周りが話す内容が大人で、中学受験を考えていて、優秀なことに驚き、追いつきたい・同じ目線で話したい、と思ったのだそう。「人生がどこで変わったかなんて香港だったんだろうなって思う(笑)」早い。

そんなおんたまでも挫折しかけた経験はあるの?という質問では、アメリカでトレーニングを終えた後、日本で起きたのだとか。というのも、パイロットになるために基本の飛行機のライセンスをアメリカでとってきて日本で日本版に書き換えるというのが、日本で全部訓練するよりもコスト面・時間面で節約できることから、主流なのだそうなのですが、アメリカから「私はライセンスを取ってきたんだ」と自信をもって帰国してみて、鹿児島で書き換えを試みようとしてみると…とても大変!今までアメリカの広大な大地で飛んでいたその規模感が一気に小さくなり、アメリカと同じくらいに飛行機の数も多く、限られた時間で限られた訓練環境の中で、厳しく指導をうけたのだとか。もうそれは「胃に穴が開くくらいしんどかった」のだそう。「アメリカで飛んでただけじゃ日本で飛べない」とショックを受けたおんたま。でも、「ここまで頑張ってきた、応援してきてくれたじゃん友達も両親もいるし、同じように苦労している仲間もいる。胃に穴が開いてもいい!」と乗り越えます。この経験があったからこそ、今も定期的に訓練がある中で、その訓練が厳しいものだったとしても「あの時に比べたら」「あれを乗り越えたんだから絶対大丈夫」というモチベーションの維持に繋がっているそうです。

「やる気や元気をもって、頑張ろうって思うことは誰にでもできる。気持ちが高ぶっているときに目標を落ちてるときにどう次につなげるか、というのが大事だと思ってる。たぶんそこが諦める諦めないの境目になるんだと思う。」おんたまの「自己実現するぞ!」という気持ちへのエネルギー、自分の背中を自分で押す力の源を聞きます。「気持ちが落ちてるときにどう奮い立たせるか。私は今までの香港での経験や大学での訓練時代の経験とか、『辛いことの先には身になるものが待っている』と思っているし、『やりたいことのなかにも苦手なことやきついことは絶対あるわけで、選んだのは自分でしょ』って自分に言い聞かせたりしてる。その冷静さをつけるのは全然何歳になってからでもできると思う。」

参加している方から「メタ認知」というキーワードをいただきましたが、おんたまにはその力があるなということが伝わってきます。冷静さの背景にある自分を客観的に見る力。おんたまは「無理」と思うときに「何が無理なんだろう」と考え、勉強が足りないからなの寝不足だからなのか体調が悪いからなのか、と細分化して考え、そうすると目の前の壁にとっつきやすくなると話していました。大学に入って訓練してその考え方が身に付いたそうですが、確かにパイロットに求められそうな力。「仕事脳かも!」とおんたま。


画像12

初めてのソロフライト(教官が隣にいないで、自分1人で飛ぶフライト)の写真を見せてもらいました。

「知識や技術を持ってるとしてもパニックになることはあるの?」という質問をいただきました。おんたま曰く、「テンパることはあるけれど、『今私テンパってるな』と気付いて自分自身を落ち着かせる技術が大事」なのだとか。準備が9割と言われている世界で、膨大な時間をかけて沢山のトレーニングを受けているから想定外の事が起きることはあまりなく、「準備すれば準備するだけスムーズに飛べる」ということを目指してるので、「どうしようどうしよう!」となることはめったにないのだとか。切り替えはもちろん、もし失敗したとしても、そこからどう修正するか。自分の経験としてしっかり蓄積することが大切なよう。

ということで、もちろん事故の経験もありますか、という質問に対しても、なし。正確には、「航空事故」はどうやら法律上定められていて、起きた場合は国土交通省に報告の義務があるらしく、そんな大きな事故(インシデント)というのは起きたことはないとのこと。ただ、安全に運航している範囲内でヒヤっとしたことや警報が鳴ったことはあるそうで、普通に飛んでるうえでそうしたことが起きたときに対応をしていくのだそう。「皆乗っててわからないけれど、実はいろんなことがコックピットが起きてるんだよね。ばたばたしてたりするかな~。でも、安全の範囲内で起きてます。すごく揺れても飛行機に影響はないです。シミュレーターで何十回何百回やって訓練しているので、こちらは対応してるから安心して乗っていただきたいな。

この、「準備9割」という、膨大な準備や訓練・トレーニングの量。お話を聞いているととても伝わってきます。

さらに、「飛行機が苦手な人の克服方法を教えて」という質問に対して、「落ちるかもしれないっていうので怖いのは、全然心配しないでほしい。」とスパッと言うおんたま。「こんだけ毎日飛んでて、こんだけたくさんの飛行機を飛ばしてて全然落ちてない。世界一安全な乗り物だと思ってる。」むしろ予期せぬものが飛び出してくる車を運転する方が怖いそうで、おんたまは慎重になるんだとか。「飛行機は管制官とパイロットが秩序を保って飛ばしてるから。安心して。」「エンジンが1個とまっても安全に近くの空港に降りる訓練してるから大丈夫。」パイロットに言われると、すごい安心感があります…。

画像13

こちらはアメリカでおんたまを指導してくださった教官の方。なんと2つしか歳が変わらなかったのだとか!若くして教官、かっこいい…

アメリカにいる間、観光には行けたの?と聞いてみると、アリゾナのフェニックスに留学していた間、セドナとか行けたよーと写真を見せてくれました。インディアンの聖地、パワースポットを回ったりするツアーを学校が企画してくれてみんなで行ったりしたそうです。景色が広大で絶景すぎて私のコメント「目が良くなりそう」。さすがアメリカ。


今の彼女のお仕事のスタイルは、メインが大阪の伊丹空港。そこから、仙台や熊本などの1,2時間のフライトを1日4本飛ぶそうです。ここでおんたまから教えてもらったのは、パイロットは「コミュ力超ある」ということ。

1日に4本のフライトということで、毎日違うペア・チーム(メインの操縦士+副操縦士)で8-9時間過ごすそうですが、フライト中、「あの雲気になりますね」「混んでますね」「揺れそうですね」などと考えることを口に出して、1人で全部解決しようと思わないで一緒に考えることを徹底しているそうです。いまおんたまが働いているジェイエアさんには、所属してる人が700人ほどいて、顔合わせるメンバーも大体わかってくるそうで、風通しが良くてやりやすい、コミュニケーションの取りやすい環境なのだとか。業務中にメモを取ったりできないよね?という質問に対しての答えでしたが、へええ!と驚く私。同時に、男女だからとか、そういうのではなく、お互いに一人の人間同僚として見てそうだなーと思いました。

毎日フライトのチームメンバーは変わりますが、ジェイエアさんには縦割り班のようなものが10人の固定されたメンバーであって、そこに1人のメンターがつき、1月に1回そのメンターの方に一緒にフライトして成長を見てもらったり、縦割り班でミーティングがあってお互いの意見を共有したりする時間があったりもするそう。先輩後輩関係なく、班の皆さんが尊敬でき、学ぶことが多いとおんたま。本当に人に恵まれてるなあ!そんなおんたまでも合わない人がいても、「しょうがない、そういう日もある。」と思ったら味方が増えていったそう。あまりネガティブに人のことを捉えず、その日は…と考えるその思考法。真似ます。


そんな彼女にジェンダーギャップについて聞いてみました。唯一「女性だから」とおんたまが思うのは「妊娠出産」のイベントだそう。というのも妊娠がわかると1年1回のパイロットの検査の適応外になってしまい、2年くらい降りないといけないのだそう。「長いね!」と驚く私ですが、そのあとの復帰するプロセスとかはしっかり決まっているらしく、ママさんパイロットで両立されながら仕事してる方もいるそうで「すごい先輩たち頑張ってるから私も頑張らなきゃ、弱音はいてらんないなと思う。」のだとか。

なので、「女性だから」ということで苦戦したことは彼女の経験上ほとんどなく、逆に得したこととして「お客さんや会社の方に目にとめてもらえることはありがたいことだなと思う」と話してくれました。女性だけでやる「ひなまつりフライト」や、今日のカフェのようなお話をする機会をいただけたりもして、女性で良かった、と思う機会もあったり。

こう話していると「パイロット=男性」というイメージって、なんであるんだ?と思ってしまいました。もったいないし、女性にとってはすごい機会損失。おんたまも「女の子だからっていう理由で諦めてほしくない。そういう人が一人でも減ってほしいからいろんなところで話してる。いろんな人に知ってもらえたらいいなあ。」と。応援したい。

画像11

そんなおんたまのこれからを聞きました。

いま、おんたまは26歳。思い描いてた10年を歩んできて、目標は達成できたと考えているそうで、次の10年は「詰まってる人生」=「悲しいことも辛いことも楽しいことも、やってきたことやれなかったことも、詰まってる10年だったなと思いたい」と決めているそう。「詰まってない人生はつまらない。」そこに向けてまずは、数年後に機長昇格という乗り越えるものがあるそうで、そこに向けて、一人前に向けて、勉強をしていくそうです。国際便に対しての憧れなどは特になく、今は、会社の特徴的にも離島を含む地域と地域を結ぶこと、その地域の人たちのために日本の空を飛んでいる使命感を感じているそう。地域に根差した国内便が彼女にはぴったりのよう。

彼女が思う飛行機の魅力も聞きました。

「形がかっこいいとか、飛んでる姿がかっこいいとか…全部がチャラになる。そこにはライト兄弟が初めて有人飛行をして110年、たった110年でここまで進化できるんだっていうロマンが全部が詰まってる。どんなに訓練が辛くて大変でも、この人(飛行機)みたら『この人がいちばん好きだわ』って思う。恋してるんだろうね。」

そして、最後にメッセージ。

「やりたいことが見つからない時って、考えるより、『自分が1年後・2年後にどうなっていたいかな』って考えるのはいいアイデアだなと思ってる。そうなりたいと思ってるゴールを決めたら腹をくくるのみ!世界で初めて有人で世界一周したアメリア・イヤハートという女性のパイロットが『大変なのは決断をすることであとは腹をくくってやるだけだから』と言っていた。だから、ぜひ、想像するところから始めてほしい。」

そんなおんたまは、心がけとして、お客さんが搭乗しているときはコックピットドアを開けられないので、搭乗中や待合室で待ってくれているとき、デッキに人がいるときはなるべく手を振ろうと思っているそうです。「コックピットの中まで、確認してくれると嬉しいな。」


看板ネコのらて、おんたまみたいに自信を持ちたい、と感動。

私は、本やドラマでもよく聞く「腹をくくる」という言葉が、今回、人生で初めて、一番すとんときた感覚を覚えました。

画像6

最後の集合写真は「そんなにやらないけどw」とおんたまに言われながらも、パイロットと言えばな敬礼ポーズ。おんたまの左手には小さな飛行機が。私は彼女からもらった和紅茶を。

画像12

画像13


アフタートークも、盛り上がる。

一度閉会した後のアフタートークも、かなり盛り上がりました。参加できなかった方のためにざっくりまとめると…

まず、コロナ禍でのこれからの航空業界について聞いてみると、彼女にとって飛んでいる限り安全に飛ばすことが仕事であり、特に不安だと思うことはないそう。これから航空業界を目指す方については、新卒採用は止まっているけれど、まずパイロットは68歳までしか飛べないというルールがあり、それをもって10年単位で人員計画を立ててるので、急に採用を止めることはできないそうなので不安にならなくてよい、と。

そして、「もし〇〇だったら…」の質問が沢山!もしもトークで盛り上がりました。「もし仕事抜きで空を飛べたら」という質問には、「燃料とか考えずに自由に簡単に飛べる鳥になりたい」。「もしパイロットになってなかったら」という質問には、「音楽家」。「ブラスト!」のような金管楽器のプレーヤーになりたかったそうです。でも、その夢を諦めて夢中になれたのはパイロットしかなかったと思う、と。

また、彼女の仕事の醍醐味も知りました。飛行機は飛んでいる間ほとんど自動操縦(オートパイロットというそう)とのことで、操縦桿を握って実際に動かすのももちろん大事ではあるけれど、オートパイロットで異常がないかという監視業務やこの後に起きる危険の可能性を考えて安全に飛ばすことも大切な業務のうち。そして、自分で組み立てたフライトが思ってた通りに行ったり、問題が起きたとしてもきちんと対応ができた、その能力が身に付いた、上手くいった、と思った時が嬉しく感じるのだとか。

他にも、おんたまのスケジュール帳を見せてもらってシフト制の働き方を知ったり、時間の有効活用術を聞いたり。

思い出のフライトとして、一番最初の副操縦士として飛んだときのお話を伺ったり。ご両親が乗ってくださったそうです。

今度夏におんたまの出身の長野の松本空港に飛ぶことができることも聞きました。松本空港は日本一標高高いところにある難易度高めの空港だそうで、訓練を受けていかないといけないそうです。やっと今年できるようになったそうですよ。長野の皆さん、夏は空を見上げましょう!笑

また、「JALフィロソフィー」というJALグループ全社の社員に根付いているフィロソフィーも教えてもらい、彼女のお気に入りを教えてもらいました。彼女が入社した時から大事にしているのは「昨日よりは今日、今日よりは明日」。他にも「渦の中心になれ」「自ら燃える」なども好き、と教えてもらいました。このフィロソフィーをJALに伝えたの、稲盛和夫さんって、鹿児島大学に記念館あるな…今度行ってみよう。


最後に、おんたまが再度伝えてくれたメッセージは「日々努力」。

「全部の工程が努力。決めたことを続ける。自分に何が足りないか振り返る。明日のフライトよくするためとか、何年後自分が機長になるために今何ができるか。全部が努力、できることは全部やる!」

クリアしなければ、飛ぶことができないのがパイロットという仕事。なるまでも大変だけど、なってからも、大変なんだな…。

今回のカフェで、沢山いるパイロットの中の「一人」に出会って、飛行機に対しての見方が変わったなと思います。空がさらに広くなった気分。自分はコックピットの中が見えないからパイロットが見えないけど、今後は機内アナウンスとかを聞いていろいろ想像しそう。


最後のおんたまの一言が、もう、飛ぶということにワクワクを抱かせてくれました。今すぐ、飛びたい。

「どのパイロットもすごく優秀で誠実で一生懸命飛行機を飛ばそうと頑張ってるから安心して乗って楽しんでね!客室乗務員含めみんなで待ってます!」


そんなカフェの様子は

当日のカフェの様子は、こちらにて!

もっとおんたま

彼女は大阪の伊丹空港を拠点に、福岡や東京、仙台、鹿児島などのフライトを往復で担当しているそうです。1日4便、週に4日の出勤なので、もし彼女のフライトに乗ることができたら、是非コックピットにいる彼女に手を振ってみてください^^

ジェイエアさんのフライトの予約はこちらから。笑

彼女の便に当たる確立は…?「宝くじだよねw」とおんたま。みなさんが彼女のフライトに出会えますように!

次回のカフェ。

ということで、次回のカフェ。7月10日20時からです。成瀬翔太さんをお呼びします!

お申込みや詳細はこちらから。

来月も楽しみです^^











こんな私ですが、ぜひサポートお願いします。 いただいたサポートは、自分に沢山の学びと気付きの機会を与えてくれた人や団体、そして社会に還元していきたいです。