ワーケーションっぽく子連れで1週間実家で仕事をしてたら核家族で東京に住む意味がわからなくなった話
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ワーケーションっぽく子連れで1週間実家で仕事をしてたら核家族で東京に住む意味がわからなくなった話

Kentaro Yamanaka

4月上旬の1週間、子どもを連れて実家に帰省しました。有給は取らず、平日は普通に仕事をしながらの実家暮らしだったのですが、これがすごくよかった!

人生とか暮らし方について色々と考えさせられる体験だったので、興奮冷めやらぬうちに言語化して、自分の頭を整理するとともに、同じような境遇の方の参考になればと思って文章を公開します。

ちなみに概要としては、
8泊9日で子連れで実家に帰省し、平日は両親に娘の面倒を見てもらって自分は仕事をしていたら、何の不自由もなく生活が成り立ってしまったし、娘も両親も自分もみんながハッピーで、「自分は何で東京に住んでるんだっけ?」「もう実家に住めばいいじゃないか」と真剣に考え始めた
というお話しです。

話を理解してもらうための背景情報

まずイメージしてもらいやすいように、家族構成等の背景情報を書きます。

家族構成:妻(共働き)・娘(2歳半、保育園児)
住まい:東京23区内の賃貸アパート・駅徒歩15分くらい
私の働き方:ほぼリモート(出勤は必要な時だけ、週1未満)
妻の働き方:出勤(緊急事態宣言時はリモート)
出勤時の通勤時間:私・妻ともにdoor to doorで1時間くらい
出身:三重県(大学進学とともに上京)
実家の家族構成:父・母・妹(もうすぐ出ていく)・老犬(18歳半のミニチュアダックスフント)
帰省頻度:年2回程度(コロナがなければ)

今回の実家ワーケーションの概要

土曜日~日曜日:
私と娘の2人で電車・新幹線を乗り継いで実家入り(娘が大人しくしててくれてよかった)。いつもの帰省のようなノリで遊んで過ごしました。娘は久しぶりにじぃじ・ばぁば・妹(=おば)に会って大はしゃぎ。
ちなみに、妻は月曜~水曜の有給が取れなかったので、東京で留守番してました。娘が生まれてから初めて娘のいない夜を過ごしたので、ドキドキしたらしいです。

月曜日~水曜日:
日中は母に娘の面倒をみてもらって、私は9:00~22:00くらいでいつも通りに仕事をしていました。
いつもと違ったのは、昼ご飯を娘やばぁばと一緒に食べられたこと。あと、妻がいなかったので寝かしつけは毎晩私がやったことくらいです。娘は普段の保育園よりもたくさんエネルギーを使ったようで、毎晩スムースに寝てくれて、負担感はほとんどありませんでした。ちなみに、普段東京の家では寝かしつけは妻がやっていて、私がやろうとすると大泣きします。

木曜日~金曜日:
木曜日から有給を取得した妻が合流。娘からしたらお母さん・ばぁばと一緒に朝から晩まで遊べるという豪華布陣。この日から寝かしつけは妻に交代し、私の生活リズムは東京での暮らしと同じになり、ますます何の違和感もなく生活していました。

土曜日~日曜日:
週末は私も妻も仕事はせず、いつもの帰省のような感じでみんなで遊びました。土曜日の晩ご飯は全員で近くのスシローに行き、娘は満面の笑みでお寿司を頬張ってました。日曜日の夕方に新幹線に乗って帰宅しました。

実感した実家暮らしの良さ

「やってみるまでわからなかった!」的な意外な発見というのはなかったのですが、やってみるとしみじみといいなぁと思うポイントがありました。

子どもが健やかに育ちそう
保育園での生活っぷりを見たことがほとんどないので正確な比較はできませんが、リビングや庭から楽しそうな子どもの声が聞こえてきます。
庭があるというのもポイントで、わざわざ公園に移動せずともお花を眺めたり、ボール遊びを思いっきりしたりできるので、東京での週末に比べて、外遊びの頻度も増えます。
休憩時間に私とちょこちょこ顔を合わせられるのも嬉しいようで、リビングに顔を出すたびに手厚くもてなしてくれます。笑
昼寝なしでノンストップで遊んだからというのもありますが、夜も嫌がらずにスムースに眠りについてくれます。
母のサポートのおかげで娘はトイレで用を足すのが上手になりました。
5日ぶりに娘と再開した妻は、言葉数が増え、会話のキャッチボールも前より上手になったと感じたそうです。

娘との関わりが増えて自分も幸せな気持ちになる・仕事の気分転換になる
昼休みはもちろん、5~10分くらいの隙間時間に娘と顔を合わせられるのは、私にとってはとても良い気分転換になりました。
リビングや庭から子どもの楽しそうな声が聞こえてくるのも、気分が良いものです。忙しくて少しイライラしてしまいそうな時でも、にこにこしながら仕事ができる感覚があります。

両親が嬉しそう
元々うちの両親は子ども好きです。言ってはきませんが、東京と三重で頻繁に会えず寂しい思いもしていたと思います。毎週末かならずLINEでテレビ電話はしていたものの、やはり実物の孫に会うと嬉しそうです。一週間の長期滞在だったのと、両親不在での子守りになったので、母はイラっとする場面もあったようですが、基本的には二人揃ってとても嬉しそうでした。

家賃が圧倒的に安い
ちょうど妹が結婚して新居を探すタイミングだったので、第一候補の物件の間取りと家賃を見せてもらったのですが、東京の我が家と同じような間取りに2台分の駐車場が付いて、家賃は半分でした。実家に住ませてもらえば当然0円になります。

実際に実家で住む上でネックになりそうなこと

仕事の支障もないしいいことずくめじゃないかっていう感じなんですが、移住を本格検討する上でネックもなくはないです。

妻の仕事
妻も自分の仕事にプライドを持って働いているタイプなのですが、勤務先が原則リモートNGです。費用面や諸々を踏まえても三重からの新幹線通勤や単身赴任は選択肢外のため、職場とのハードな調整か転職が必要条件になります。我が家でも2人目3人目の子どもを欲しい気持ちはあるため、仮に転職活動をして妻が働きたい会社を見つけたとしても、中々今のタイミングで移ることには難しさも伴います。

自分の仕事
今はコロナ対応モードなのでフルリモートですが、afterコロナもフルリモートで働けるかという点についてはまだハッキリとは見通せません。所属するdotDがどういう基本スタンスをとるのかという点についても未来のことなので確たることは言えないですし、一部client facingな仕事も役割として持っているため、「一般常識」「ビジネスマナー」的なものがどう変わるかにもよりそうです。とはいえ、この点については自分のスタンスをハッキリさせてしまって、言い切る・やり切るだけかもしれません。妻の仕事ほどのネック感はないです。

考えたこと(自分のこと)

この1週間の偽ワーケーションを経て割と真剣に、妻の仕事さえ何とかなれば(あるいは何とかしてでも)三重に移住するのがいいんじゃないかと思い初めています。それが山中家のみんなにとって一番ハッピーなんじゃないかと。

ここに来るまでは、都心を離れた鎌倉あたりに住んで...という生活に憧れていたのですが、大して縁もゆかりもない土地に移り住むくらいなら三重でいいんじゃんという気分です。灯台下暗し。

とはいえ、妻の仕事というのが簡単には解決し難い課題なので、すぐに移住することはなさそうなのですが。

さらに考えたこと(社会のこと)

afterコロナ時代には、リモートワーク人口が全労働人口の20%になる(オフィスワーカーが全労働人口の40%くらいだからオフィスワーカーの半分くらい)という予測がマッキンゼーから出ているそう(又聞き)ですが、今回私自身が得た感覚をベースに考えると、地方出身者が仕事を変えずに地元に帰るのは今後の暮らし方の有力なオプションになるのかもしれません。夫婦揃ってリモートワークということであれば、よっぽど何らかのこだわりがない限り東京に住み続ける必要性はなくなりますもんね。

「仕事は顔を合わせてなんぼだ」という声も聞こえてきそうですが、個人的にはslack+zoom(顔出し)でほぼ不自由なく仕事ができていますし、誰がまだリアルで会ったことがないかわからないくらいです。
顔を合わせる理由が雑談・偶発的なコミュニケーションから生まれる親密さ・新たなアイデアにあるのであれば、数週間に一度、出社日を作って会えば十分なような気もします(その場合、もしかしたらオフィスというものが存在しない可能性が高いので、「出社日」よりも「交流イベント」「会社のオフ会」みたいな表現の方がしっくりくるのかもしれません)。あるいはオンラインコミュニケーションに偶発性を生み出そうという取り組みも多く始まっています(dotDでも取り組んでいます!)。そういったやり方が確立されてくれば、やはり顔合わせのために都心に住み続ける必要はないですよね。

個人的に気になってるのが、ワーケーションとアドレスホッパーの未来です。
地方に住む人が増えてくると、普段から清々しい場所で生活しながら働けるわけなので、ワーケーションは一時的な流行として衰退していく運命なのでしょうか?でも「たまには気分転換に別の場所から働きたい」という需要は地方移住が進んだとしても、残り続けそうな気もします。
あるいは、特に帰るところ・住みたいところはないけど都心に住み続ける必要もないという人であれば、アドレスホッパーになるという選択肢も有力なオプションになってくるのかもしれませんね。

ヒト・モノ・カネ・情報の交流が活発になるほど新しい何かが生まれるため、都市化の進展とともに文明が発展してきたというのがこれまでの歴史ですが、インターネットがこれほどまでに発展した現代では、この相関関係は崩れていくのでしょうか。今が歴史の転換点でこの記事が(そこそこ)先見の明があったと言われるようになるのか、単なる見切り発車の勘違いなのか。興味深いテーマなので、5~10年後に振り返ってみたいと思います。

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やったー!!次回もお楽しみに!
Kentaro Yamanaka
dotDでmeepa事業責任者、共創事業リーダー等をやってます。 イノベーション実現・イノベーションを生み続ける組織作りをキャリアのテーマに、 仕事を通じて身の回りの人たちをちょっとでも幸せにできたらって思ってます。 教育系コラム→https://meepa.io/column