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「きれい」よりもインパクトのあった、人生最高の星空をもう一度。

空を見上げて、反射的に「うわっ、きも!!」と感じたのは後にも先にもあの瞬間だけだと思う。

2021年、家族でアメリカのテキサス州にあるビッグベンド国立公園を訪れた日のこと。

夕日を堪能し、すっかり暗くなったキャンプサイトへ着いて車を降りると、真っ黒な空とそこに浮かぶ夥しい数の白い斑点が目に飛び込んできた。

え、これ全部、星…?!

全身がゾワゾワゾワッとした。
空自身も鳥肌を立てているかのような、空を埋め尽くす無数のツブツブ。

異常、と感じるほどの星の数に、反射的に出てきたのはきれいでも、すごいでもなく、「きもい」だった。


ビッグベンド国立公園はかなり辺鄙なところにあり、最寄りの空港からでも車で4,5時間はかかる。そのアクセスの悪さからか、人気があるとは言い難い。では同じテキサス州に住む私たちはアクセスしやすいのかというとそうでもなく、我が家からは車で片道約10時間かかる。だから周囲でも行ったことがある人はほとんどいない。

私たちが行くことを決めたのも、どちらかと言えば消去法だった。サンクスギビングの連休にどこかへ旅行したいけれど、どこへ行くにも飛行機が高い。それならばロードトリップしよう!ということで白羽の矢が立ったのがビッグベンド国立公園だった。

公園内のロッジに泊まれたらいいよね、と思ったら連休かつハイシーズンだからか既に満室。ではいっそキャンプしちゃう?!とノリでキャンプサイトを予約した。

たくさんあるキャンプサイトも目ぼしい場所は全て埋まっていて、私たちが予約できたのは  primitive campsite と言って、トイレもシャワーもない、もちろん水道も電気もない、その名の通り原始的な場所だった。まだ1,2回しかキャンプをしたことがないズブの素人だったくせに、思い切った決断をしたよなあと思う。


長い道のりを経て辿り着いたビッグベンド国立公園は、私たちのお気に入りの場所になった。山、川、谷、平原という公園が持つ自然の多様さや、それぞれの桁違いなスケールの大きさ。どれもこれも別の世界に来たような気持ちにさせられた。

その中でも特に好きだったのが、サンタ・エレナ・キャニオン。
メキシコとの国境にそびえ立つ巨大な切り立った渓谷。向かって右側がアメリカ、左側がメキシコで、間に流れるリオ・グランデ川はそのまま国境となっている。

圧倒的な存在感。

リオ・グランデ川のほとりにはトレイルがあり、私たちはそこを歩けるギリギリまで進んだ。当時は知らなかったけどリオ・グランデ川をカヤックで下ることもできるらしい。最高なこと間違いなし。次の機会があるならぜひやりたい。

トレイルを進んだ先での景色。地層に大地の歴史が見える。

夕日は "The Window" と呼ばれるスポットで見た。窓から外の景色を眺めるように山と山の隙間から向こう側を覗く。切り取られた夕日が美しい。

やうやう暗くなりゆく山ぎは

刻一刻と変わっていく景色を眺めていたら、あっという間に日が沈んだ。街灯なんてない、真っ暗な道をそろりそろりと下ってキャンプサイトへ向かう。

そして見たのがこの景色だった。

一眼レフで撮影

車のヘッドライトがまだ付いているというのに、気持ち悪いくらいに見える大量の星。

キャンプサイトは 周囲に何もないただの原っぱ。キャンプ用にかろうじて石と草は取り除いてある、という感じ。唯一置いてあったゴミ箱は動物が開けられない仕組みになっており、それがまた一層 primitive 感を増長させた。

街の明かりが届かない、北米有数の光害の少ない場所。この日は半月だったのだけれど、ちょうど月は山の向こうに隠れており、あたりは正真正銘真っ暗だった。

急いでテントを設営し、晩ご飯を食べて、娘を寝かしつける。グッと冷え込む11月下旬の夜。折りたたみ椅子を並べて、夫と二人、ただただ空を見た。

次第に首が痛くなり、二人して原っぱに寝転がる。見えるのはただ、星だけ。

ビッグベンド国立公園が光害の少なさで知られていることも、その日が半月なのも、その時は知る由もなかった。星は私たちのプランにない全くの想定外で、目の前に広がる光景はただ偶然そこにあったものだった。


こうして棚ボタ的に遭遇した光景が忘れられず、その後私たちはずっと心の片隅に「あの星空をもう一度見たい」と言う思いを抱え続けることになる。

これをきっかけに星空について色々調べ、世の中にはその場所の暗さを調べる Dark Sky Map なるものが存在することや、綺麗な星空を見るには月明かりのない新月の時が最も適していることなどを知った。

山が月明かりを隠していたとは言え、半月であの星の量。新月のときに見たらいったいかどうなってしまうんだろう?

そうは言ってもビッグベンド国立公園は気軽に行ける場所ではないし、新月が休みに重なる機会もそうそうあるわけではない。何よりアメリカで他にも行きたい場所はたくさんある。

「星空がよく見える」と言われる近場の州立公園でキャンプしたこともあった。ペルセウス座流星群を見に行ったことも。

だけど同じ感動は得られなかった。まず夜の暗さが全く違う。ビッグベンド並の僻地に行かなければ、あの星空を見ることは叶わないようだ。


こうして気が付けば三年の月日が流れ、先日夫がぽつりと呟いた。

「八月の最初の日曜日、新月なんだよね」

夫が何を言いたいのか、すぐにわかった。

「…ビッグベンド?!」

間髪入れずにそう返していた。いつしか私たちの中で確立された、「新月=星空チャンス」という共通認識。

私の第二子出産と日本への本帰国がそう遠くない未来に迫った今、旅行できるチャンスは残りわずかだ!という焦りが、ずっと抱えていた心残りの解消に火をつけたのかもしれない。

というわけで、ビッグベンド国立公園へ行くことに決めた。ただしテキサスは夏真っ盛り。暑すぎてキャンプはできない。そもそもほとんどのキャンプグラウンドは閉鎖しており、その暑さは、"Stay away from trails!"(トレイルには近付くな)と公園が公式に警告を出すほど。

星空を見ることにおいて公園内のキャンプグラウンドに勝る場所はないと思うが、そもそも私たちには泊まってみたい場所があった。
"Bubble"(バブル)という、個々の部屋が半球のドームに覆われた宿泊施設。天井から正面の壁は透明になっており、涼しい部屋にいながらにして星空が堪能できるという、夢のような場所。考えたのもすごいし作ったのもすごい。

めちゃくちゃ魅力的なのだけれど、めちゃくちゃ高い。週末はだいたい1泊$600(約88,000円)くらいする。庶民にはなかなか手が出せないし、目当ての日程は既に予約で埋まっていた。

くう。どうせ泊まらないとはいえ、泊まれないと分かると悔しい。他にめぼしい宿泊先はないものか?と探していると、夫が似たような宿泊施設を見つけた。壁の一部が透明になったドーム型の部屋。シャワーとトイレは共用だけど、その分お手頃価格!まさにジェネリックバブル!

実際のジェネリックバブル。透明なところは中からカーテンを開閉する仕様になっている(写真は宿泊翌日の朝)。

こうして八月最初の週末、私たちは三年ぶりにビッグベンド国立公園を訪れた。

園内をサッと見て周り、晩ご飯を食べた後は高台から夕陽が沈んでいく様子をのんびり眺めて過ごした。夏のビッグベンドでは日の入りは20時半とかなり遅い。早めに宿へ戻って星空に備えようなんて言っていたのに、結局そこを離れる頃にはあたりは暗くなり始めていた。

すっかり日が暮れたドームで急いで寝支度を整えた。雲ひとつない夜空。
始めようか、天体観測。

星空をしっかり眺めるためには最低30分は目を暗闇に慣らす必要があるのだが、少しでも光を見てしまうと慣らした目がリセットされてしまうらしい。ただし赤色の光だけは別だそうで、ドーム周辺の灯りは全て赤色に統一されていた。さすがすぎる。

だけど目のリセットなんて心配する必要がないくらい、星はそこらじゅうにあった。30分待たなくたって、天の川がそこに見えた。ドームの中からも、日常で見る星空とは比べ物にならない量の星が見えたけれど、外から見る景色は圧巻だった。

三年前と同様に一眼レフで撮影しようとしたのだが、なかなか設定が上手くいかない。こんな時しか持ち出さないのでこういう事態になってしまう。諦めてiPhoneで撮影したのだが、目で見る景色には及ばないものの、かなり綺麗に撮れて驚いた。

iPhone12miniで撮影。最新機種だともっと綺麗に撮れるのだろうか。

外のベンチに座り、夫と娘と三人でしばらく空を眺めた。星が見えすぎると星座を見つけるのも一苦労なのだけれど、北斗七星はしっかりそれとわかった。

しばらくして娘は夫と共にドームの中へ。夫が用意していた星座早見表を片手に星座を探したり、オリジナルの星座を考えたりと楽しく過ごしたようだ。

すっかり星を堪能した私もドームの中へ。娘のベッドを透明な壁の真横に移動したので、娘は頭上から降り注ぐ星を見ながら眠りについた。こんな素敵な寝床、他にある?

すっかり疲れ果てた私もすぐに眠りに落ちた。夫は外に設置されていたハンモックから星空を眺めたそう。それはそれは綺麗だったので私に声をかけてくれたのだが、私は眠気に抗えなかった…。妊婦じゃなければ、起き上がる気力があったかな。


前回の体験があったからか、今回の星空には前ほどの強烈なインパクトは感じなかった。
見える星の数もさることながら、環境の特殊さが違ったのかなと思う。

三年前のあのキャンプグラウンド。
一切の光がない真っ暗な闇。プラネタリウムのように180°視界を覆う空。そこに散らばる輝く無数の斑点。11月の冷たい澄んだ空気。風の音。

ずっと心の片隅にあった「あの星空をもう一度見たい」という思いは達成された。あんな星空を二度も見られるなんて、本当にラッキーだし、どちらもかけがえのない思い出だ。

けれども私がこの先もずっと忘れられないのは、三年前のあの夜、あの星、あのインパクトなんだな、と思う。


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