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じわじわと日常が失われていく恐怖。アメリカで初めての3日間停電生活。

アメリカ独立記念日の連休が終わり、さあ週明けからまた日常が戻ってくるぞ、なんて思っていた日曜日の夜。ハリケーンベリル(Beryl)が私達の住むテキサス州ヒューストンに上陸した。

アメリカ生活も4年目。ハリケーンが来るのは別に初めてのことではない。

アメリカでのハリケーンに対する態度は日本での台風に対するそれとかなり似ていると思う。今回も「日曜夜から月曜にかけてハリケーンが来るらしいねー」「月曜が酷いみたいだよ」「えー、子どもの学校どうなるかな」みたいな感じだった。大抵は過ぎ去ってから「風強かったね!」とか、なんなら「あ、ハリケーン来てたんだ」くらいのもんだったりする。

だから月曜の朝、ものすごい雨と風が吹き荒れる窓の外を見ても、私も夫も「わ、すごいねー」「これは外に出られなそう」なんて悠長に構えていた。

夫が「あれ、電気が付かない。停電してる。」と言ったときも、そこまで焦りはしなかった。よくあるとは言わないが、停電も割と経験してきている。
一番酷かったのは半日以上電気が止まったとき。でもそんなのはごく稀で、大抵は数時間、何なら数十分で復旧していた。

我が家は電熱式のコンロなので、電気が使えないと娘のお弁当が作れない。冷蔵庫も開けないでおきたいし、困った。まあこの様子だと学校は休みだろうし別にいいか。朝ご飯は炊いてたお米で済ませよう。

「料理ができないのは不便だなー。」なんてぼやくと、夫がいそいそとキャンプで使うカセットコンロを取り出した。ガスボンベの在庫も余裕があるとのこと。水道は止まっていないし、これで料理はなんとかなりそうだ。

娘の学校から停電で休校だと連絡が来た。夫のオフィスも停電していて、入口のゲートが開かず中に入れないとのこと。今日はみんなで巣篭もりかー。

テレビもWi-Fiも繋がらないので、カードゲームやボードゲームを片っ端から取り出して遊ぶ。なんだか連休が延長になったみたいだ。子どもの頃、台風で学校が休みになったときの非日常感を思い出す。

一方窓の外では雨と風が一層激しくなっていた。目の前にある湖が増水していて、見たことのない水位になっている。アパートの敷地内に作られたその小さな湖は細い道を隔てて大きな湖と隣接しているのだが、今やその道の一部は水没。湖の上を通る道路の足も、いつもの半分くらいしか見えない。

窓の隙間から雨が入り込んできたので、急いでバスタオルを敷き詰める。7月も中旬に差し掛かるヒューストンは本来ならばすごい湿気と暑さだが、幸か不幸かハリケーンによって過ごしやすい気温に保たれていた。夏のヒューストンでエアコンが止まるなんて死活問題だ。私は妊娠しているので尚更ツラい。

お昼を過ぎても電気は復旧せず、少し心配になってきた。もしかしてやばいやつ?水道まで止まったらどうしよう。

「万が一に備えて、お風呂にお水を貯めておいた方がいいかな?」と夫に聞くも「まあ大丈夫でしょ。すぐに復旧するよ。」という返事。
まあね、そうだよね。一抹の不安を覚えつつ、とりあえず飲み水は確保しておこうと浄水器いっぱいに水道水を入れた。

夕方になり雨が止んだので、夫と様子を見に外へ出てみた。まだ風が吹いていて、家の中よりよっぽど涼しい。
地面はそこらじゅう葉っぱだらけ。折れた大きな枝がそこここに転がっている。湖に向けて立っていた大きな看板はへし曲がり、複数の大木がなんと根元から倒れていた。こんな光景は初めて見た。私たちが思っていたよりもずっと、ハリケーンベリルは強烈だったようだ。家も、外に停めていた車も、被害がなかったのはラッキーだったとしか言いようがない。

割と快適だと思っていた家の中も、外の風を感じた今となっては暑い。とりあえず窓という窓を開けてまわった。セントラルヒーティングで家中どこでも常に快適な温度に保たれているので、普段は窓を開けることなんて滅多にない。

そして、夜になった。電気は依然として復旧していない。
普段は20時を過ぎても明るい窓の外も、分厚い雲に覆われているせいか、私の暗澹たる気持ちがそう見せるのか、この日はかなり暗かった。娘の仕上げ歯磨きをしようにもよく見えないので、少しでも明るい西側の窓の前まで移動する。

くらーい家の中、できることもないので全員で早々に床に就く。

窓から入る風と、キャンプ用に買ったポータブル扇風機の風にあたりながら、なんとか眠りについた。娘は部屋が暑いと言って、最も風通りの良いリビングのソファで寝た。

ここまで停電が長引いたのは予想外だったが、きっと明日になれば、なんなら今夜のうちには電気は復旧するはず。そう信じていた。


翌朝。起きてすぐに電気を確認したが未だ復旧していなかった。娘の学校も夫の会社も引き続き停電中とのことで、家族揃って絶望的な気持ちで停電生活2日目がスタート。

なぜかスマホがネットにほぼ繋がらなくなり、更に絶望感が増す。昨日は問題なかったのに。たまに友達からのSMSを受信するものの、こちらの返信は何度試しても「送信できませんでした」と表示されてしまう。

充分だと思っていた大きなモバイルバッテリーも残量が少なくなってきた。私のiPhone12は瞬く間に電池がなくなっていくので、充電し過ぎたのかもしれない。

外は昨日と打って変わって良い天気。風もないため、朝の時点で室内はすでに暑くなり始めていた。

朝ご飯を作りたいけど、こうも暑いとコンロを使う気にもなれない。冷たい水が飲みたいけど、もちろんない。

「どこかお店やってないかな」
「ウォールマートならやってそうじゃない?」

世界最大小売チェーンのウォールマートなら、自家発電設備もきっとあるはず。お家遊びに娘が飽き飽きしてるので、涼しい店内で何か遊べるものを物色しよう。店内にはマックが併設されてるから、早めのお昼をマックで食べれば、、、完璧!

と言うことで意気揚々と車へ乗り込み、ウォールマートへ向かう。
道路は散々たる状況だった。ほぼ全ての信号機が機能停止し、そればかりか明後日の方向に傾いていたり、切れた電線が道路へ垂れたりしている。そこらじゅうで道路脇の木々が倒れ、車線の一部を塞いでいた。

道中に見たお店はどこも電気が付いていない。暗いマクドナルドの路面店を横目に、どうかウォールマート店は営業していますように…!と祈る気持ちでいた。

無事にウォールマートへ到着し、煌々と店内を照らす明かりと人々の出入りを見て安堵する。
入ってすぐのところにあるマクドナルドには、長蛇の列ができていた。みんな考えることは同じらしい。
店内はいつも通りエアコンが効きすぎていて寒い。ここまで冷やさなくていいから、少し我が家に電力を分けてくれ!!

娘が遊べるものを購入し、再度マクドナルドへ向かう。列は一向に縮まっていない。

ここではネットに繋がったのでアプリで注文した。夫と娘はテーブルで待ってもらい、混雑する受取口に滑り込む。

「モーニングを買いに来たのに、並んでる間にモーニングタイムが終わっちゃったのよ。」
「私ももう40分も待ってる。注文を忘れられてたんだと思う。」
なんて会話が隣で繰り広げられている。店員さんたちはバタバタとかなり忙しそうだ。

ほどなくして無事に注文の品をゲット。ハンバーガーよりポテトより、冷たい飲み物が飲めるのが嬉しい。

「帰ったら電気が復旧してたりしてねー!」なんて軽口を叩きつつ、どうかそうであってくれと切に願いながら帰路に着いた。
帰宅するやいなや玄関の電気のスイッチを入れてみる。付かない。はあ。

先程購入したおもちゃで遊んで気を紛らわすも、どんどん上がる室温が気力も体力も奪っていく。ついに何もする気が起きなくなり、ポータブル扇風機の風にあたりながらベッドに横になった。暑い。
この状況は誰にだってキツいと思うが、こと妊婦にはすこぶるキツい。

冷凍庫は極力開けたくなかったけど、たまらず保冷剤を取り出してタオルに包んで首に当てる。き、気持ちいいーーー!

マックから持って帰ったアイスティーは、とっくにぬるくなっていた。

このままでは干からびる。「本屋さんに行こう!」と夫と娘に声をかけた。チェーンの本屋なら絵本を読むスペースもあるしおもちゃも売ってるし、割と時間を潰せるはず。営業しているかはわからないけど。

再び車に乗り込む。最悪営業してなくったっていい。ドライブしてれば気は紛れるし、何より車はエアコンが効いてて快適なのだ。

本屋、営業してた!やったーーーー!
いつもより客が多い。やっぱりみんな考えることは同じなんだな。

柱の周りに座り込んでいる人たちがたくさんいるので「なんだ?」と思ったら、お店のコンセントに充電器を繋いでスマホやらPCやらを使っている。

こ、ここまで堂々と電気泥棒するのか…!席にコンセントがあるカフェとかならいざ知らず、こんなところで…?みんなよっぽど切羽詰まっているんだろう。私もスマホが瀕死状態だったので、そうしたい気持ちはわかる。

店内だとネットに繋がったので、やっと友人たちへ返信できる。完全に電池が尽きる前に送らねば。
みんなの家はもう復旧しているようで、未だ私たちが停電状態にあると知ると、「うちにおいでよ!」と声をかけてくれた。本当にありがたい。

「ありがとう!もう少し様子を見て、復旧しなさそうだったらお願いするかも。」とそれぞれに返信。この期に及んでまだ私は、もうすぐ復旧するはずだと信じていた。信じたかった、という方が正確かもしれない。

本屋近くのカフェが営業していたので、涼を求めて入った。冷たい飲み物で体が潤ったものの、店内が寒すぎて早々に退散する羽目に。帰宅したって暑い部屋が待っているだけなんだからいっそ寒い店内で震えていた方がマシとも思えたのだけど、耐え切れなかった。涼みに入ったのに寒くて出てしまうなんて意味がわからなすぎる。冷気を持って帰れたらいいのに。

アパートへ戻り敷地内を車で走ると、窓を開けている家やジェネレーター(発電機)を動かしている家が見えて「ああ、まだ復旧してないんだ…」と落胆する。

相変わらず暑い室内。夫は水のシャワーを浴び、「ぷーるにいきたい」という娘を水風呂へ入れていた。
「気持ちいいよ」と二人に勧められたものの、気が進まない。いくら暑いとはいえ、水のシャワーも水風呂もかなり冷たい。でももう体中がベタベタで限界なのも事実だった。昨日は涼しかったからシャワーを浴びなくてもなんとかなったけど、今日のヒューストンは通常運転の暑さなのだ。

えいやっと娘が浸かる水風呂に足をつける。それだけでゾクっとくる冷たさ。お腹を冷やすと胎児に良くない気がして、とりあえず下半身だけ浸かってみた。冷たい!!ああああああーーーーーと思わず声が出る。でも次第に慣れてきて、これならシャワーもいけるかも?と思い切って浴びてみた。けっこういけたしスッキリした。でもやっぱり熱いシャワーがいいよ私は。

昨夜は寝られたんだから今夜だってなんとかなるさと思っていたが、甘かった。昨日と違って室温が高い上に、風が吹かない。それ加えてなんとポータブル扇風機の充電が切れた。暑い室内で、電気なし、風もなし。惨めだった。

少しでも冷たいスペースを求めて何度も寝返りを打つ。全然眠れない。これはダメだ。もし明日も同じ状況なら、そんなことはないと信じたいけど、誰かの家に泊めてもらうかホテルに泊まらないとやってられない。絶対に無理だ。


寝て起きてを何度も繰り返し、長い夜が明けてようやく朝になった。もちろん電気は付かない。停電生活は3日目に突入した。

起きたら充電が切れていたスマホをモバイルバッテリーへ繋ぐ。ほどなくしてモバイルバッテリー自体も事切れた。

娘の学校は未だ停電中と連絡が来たが、夫の会社は復旧したそうで出社していった。エアコンの効いた、電波もバッチリな社内で一日過ごす夫を恨めしい気持ちで見送る。夫は何も悪くないけど。

前日のことを考えると、到底今日一日を娘と二人でやり過ごせそうにはない。ほんの僅かに回復したスマホで、急いで友人達にメッセージを送る。同い年の娘がいるアメリカ人の友人には「もし良かったら午前中のどこかで、お邪魔させてもらえないかな」と、夫同士が同じ会社の日本人駐妻さんには「午後のどこかでお邪魔させてもらえないでしょうか」と。これで何とか一日を乗り切りたい。

アメリカ人の友人からは即座に返事がきた。
「もう起きてるからいつでもおいで!Wi-Fiはまだ繋がらないんだけど、電気は復旧してる。スマホ充電しなよ。洗濯もしていいから洗濯物持っておいでよ!」
そうだ、洗濯物!洗濯ができないという事実に気付いてすらいなかった。優しさに涙が出そうになる。

早速お邪魔させてもらうことにして、かごいっぱいの洗濯物を持って車へ乗り込む。ガソリンが尽きかけているので、道中にあるガソリンスタンドで給油してから行こう。
夫が同僚から聞いた話では、停電初日のガソリンスタンドは大混乱だったらしい。営業しているガソリンスタンドが少ないので開いている店舗に人が殺到し、統制が取れず入り乱れる多数の車と、私が先だ、いや私の番だと言い争う人々。地獄絵図である。

流石にもう停電3日目なのでそんなこともあるまい。到着したガソリンスタンドはいたって平和に見えた。よしよし、と思ったら全ての給油ノズルに "OUT OF ORDER(故障中)" の袋が被せてある。え!?電気も付いてるし車も止まっているのでてっきり営業中かと思いきや、他の車は併設されたコンビニが目当てだったようだ。
では向かいにあるもう一つのガソリンスタンドへ…と思ったら、そちらは電気すらついていなかった。

やばい。給油できなかったらどうしよう。車まで使えなくなったらいよいよどうにもならないぞ。急いで別のガソリンスタンドがないか調べると、幸い少し先にありそうだ。どうか営業していますようにと祈りながら車を走らせる。

着いた!明かりがついてる!スタンドの前に車も止まってる!
どうだ…?
やってる!!!

ガソリンが満タンになった車でほくほくと、手土産を買うべく近くのスーパーへ。娘に何が食べたいか聞くと、凍らせたスティック状のヨーグルトがいい!とのこと。今の我が家では保存できないけど、友達にあげるならちょうどいい。
しかし冷凍セクションは一帯に "KEEP OUT(立入禁止)" と書かれた黄色と黒のテープが貼ってあり、入ることすらできなくなっていた。
冷蔵セクションも棚は空っぽ。腐ってしまったのか売り切れたのかわからないが、お肉もお魚も乳製品も何もかもがない。かろうじて牛乳だけが数本置かれており、「おひとり様一本まで」と書かれた紙が貼ってあった。なんてこった。

しょうがないのでジュースとドーナツを購入して友人宅へ。会ってすぐに娘たちは遊び始め、私はスマホを電源に繋ぎ、洗濯をさせてもらう。

友人が「疲れてるでしょう。娘の部屋のベッドでお昼寝したら?」と言ってくれた。お、お昼寝…?!なんて甘美な響きだろうか。でも人様の家でいきなり眠れる気もしないし、寝てる間に娘を任せるのも忍びないので気持ちだけ受け取っておく。

快適な空間に穏やかな時間。停電なんてなかったのでは?という気持ちになる。
友人の娘ちゃんが映画を観よう!と言うので、ソファで一緒に観ることにした。友人宅のリビングはとんでもなく広いのだが、そこの中心に置いてあるソファがこれまたとんでもなく大きい。大人4人が余裕で横になれる。クイーンベッド2つ分くらいはあると思う。

友人は下の娘ちゃん(まだ赤ちゃん)の相手をしているので、上の娘ちゃん、私の娘、私でそれぞれブランケットをかけて横になった。エアコンがガンガンに効いた部屋に、大きくてふわふわなブランケット。最高の組み合わせすぎるぞ。

『リトルマーメイド』が始まる。あー海の中、きれいだね。人魚がね、優雅で、ね。うん…
そうそう、アリエルが王子様を助けるんだよね、うん。ね…

ん?!?!

映画、終わってる!?
寝てた!!!!

いつ寝たのか全く記憶にない。

いつの間にか洗濯も終わり、乾燥機にかけられている。
そういえば私がうとうとしてる最中に、「洗濯終わったから乾燥機に入れちゃってもいい?」と友人が声をかけてくれたっけ。

何これ最高すぎないか…?

おまけに「簡単なものだけどよかったら食べてって!」とランチを出してくれた。私がソファでグースカしている間にランチまで用意してくれていたとは…。
ありがたくご馳走になり、無事に洗濯物も乾いたのでそろそろお暇せねばと思っていたら、「2時ごろに下の子をお昼寝させるから、もう一度娘たちに映画を観せよう!その時にまた寝たらいいよ。」と友人が言ってくれた。ありがたすぎてクラクラする。い、いいの…?

午後にお邪魔させて欲しいと連絡していた駐妻さんからも返事がきていた。「いつでもどうぞ!」とのことだったので、夕方に伺ってもいいでしょうか…?と送ると「OKです!シャワー浴びれてます?うちで浴びてってください。大したものはないけど良かったら晩ご飯も!」と言ってくれた。優し過ぎない…?優しさの致死量超えそうだよ。

2本目の映画は『美女と野獣』。先ほどと違って寝る気満々の私。これまたいつの間にか眠りに落ち、ふと目を開けるとちょうど映画が終わったところだった。目を覚ました私に気付いた友人が「寝て寝て!もう今次のDVD入れるから。すぐ始まるから!」とDVDプレイヤーに新たなディスクを挿入しながら言った。

ここまでしてもらっていいんだろうか…?とぼやけた頭で思いながら、再び夢の世界へ戻った。

クライマックスに盛り上がる娘たちの声で、現実世界に帰ってきた。お陰でだいぶ頭がスッキリした。自分が思っていたよりもずっと、この停電生活で疲れが溜まっていたみたいだ。

友人は晩ご飯も食べて行きなよ、なんなら今夜はうちに泊まったら?と言ってくれたのだが、いやいやもうこれ以上は!と固辞した。
この人たちに何かあった時は私も全力でサポートするぞ、と心に誓う。

着替えの準備のために一旦帰宅。もちろん電気は復旧していない。もしかしたら…なんて淡い期待も見事に打ち砕かれた。荷物を持ってすぐに駐妻さんのお家へ。「旦那さんも良かったら来てくださいね」と言ってもらったのだが、ちょうど夫は夕方に会議があり帰宅時間が読めなかったので、娘と二人でに晩ご飯をご馳走になった。久しぶりに食べる温かい日本食。お魚の餡掛けが体にも心にも沁みた。

サッとシャワーをお借りしてお暇せねば、と思っていたら、なんとバスタブにお湯を張ってくれていた。このお湯の気持ち良さったら。日常生活のありがたみをこの停電中に何度噛み締めたかわからない。

「泊まっていきなよ」とまで言っていただき、心が揺れた。これ以上お世話になるのは申し訳ないという気持ちと、もしかしたらこの間にも電気が復旧してるかもしれないといううすーーーい期待と。
でももし復旧していなかったら…?あんな環境でまた寝るなんて絶対に無理だ。

どうしよう、と悩んでいたら夫からLINEが届いた。仲良しの夫の同僚夫婦が、今夜はうちに泊まりなよと声をかけてくれたけどどうする?と。

これは渡りに船!みんなに少しずつ迷惑をかけていくスタイルにしよう。かけている迷惑は少しどころではないけど。
ということで同僚夫婦の家に泊めてもらうことにして、お世話になりまくった駐妻さんのお宅を後にした。この人たちに何かあった時は私も全力でサポートするぞ、と心に誓うパート2。

家に戻ると一足先に夫が帰宅していた。もちろん電気は復旧していない。家のあまりの暑さに耐えかねた夫から「早く行こう」と急かされ、大急ぎで荷物を詰めて家を出た。

同僚夫婦の家に着き、互いの近況をシェアしあう。彼らは「そんな目に遭ってたなんて。もっと早く声をかければ良かった。」と何度も言ってくれた。出してくれたパパイヤのレモンがけ、すごく美味しかったな。

ひと段落したところで、夕食後の散歩に出かけるところだったんだけど一緒にどう?と誘われた。車で5分の距離なのに、ここには全く別の日常が存在しているんだなあ…と不思議な気持ちになる。
疲れ切っていたので散歩は遠慮して、早々に眠らせてもらうことにした。

同僚夫婦の家もそうだが、アメリカの家はどこも広い。基本的にゲストルームがあるし、お風呂・トイレが2つ以上あるのが当たり前だ。何人もの友人が「家においでよ」と言ってくれたのは、各家にそれだけのキャパシティがあるというのも大きいと思う。

キングサイズのベッドに川の字で横になる。2日ぶりの涼しい寝床。一体いつになったら復旧するんだろう。明日自分達がどうしているのかすら、全く想像がつかない。

溜まっていたメールに目を通すと、タイトルに「緊急」と付けられたメールが早朝にアパートの管理会社から届いていた。
「停電から48時間が経過しました。一度も扉を開けていない冷蔵庫でも、48時間が経過すると食品の腐敗が始まります。冷蔵庫の中身を全て処分してください」とのこと。

なんと…電力の復旧を信じて極力冷蔵庫のドアを開けないようにしていたのに…結局全て捨てなければいけないだなんて…
明日は同僚夫妻の家で過ごさせてもらおうかと思っていたが、冷蔵庫を整理しに一旦帰らなくては。

翌朝、夫は出社し、私と娘は家に戻った。相変わらず電気のつかない部屋。

意を決して冷蔵庫の扉を開けると、中はもはや常温だった。冷凍庫は溶けた冷凍食品でびしゃびしゃ。心を無にして片っ端からゴミ袋に詰めていく。
良い機会なので冷蔵庫の中を徹底的に掃除することにした。部品を全て外し、水拭きし、乾拭きする。暑いし大変だしで汗だくだったけれども、綺麗になっていく冷蔵庫を見るのは爽快だった。

暑いよ、誰かのお家に行こうよ、と騒ぐ娘をなんとかいなしながら作業を続け、冷凍庫を拭いていたとき、ブーンと音がして突然冷凍庫内が明るくなった。

電気が、ついた!!!

ブワッと冷たい風が顔に当たる。
冷凍庫から、冷気が!!!

「むすめちゃん!!!電気が!電気がついた!!」と娘のもとへ駆け寄り、2人でハイタッチした。

エアコンも動いてる!急いで家中の窓を閉めてまわった。

電気が復旧したと夫へ連絡し、心配してくれていた友人たちにも連絡した。

終わった。遂に終わった。約3日半の停電生活。

アメリカ生活のみならず、人生で最も長い被災体験だった。

3日半の停電なんて、今までニュースで見聞きしてきた災害に比べたらなんてことない。水道だって使えていたし、家は無事だし、車だって使えた。この程度で「被災した」なんて言葉を使うのはおこがましい気がしていた。

でもやっぱり、私達は被災していたんだと思う。

急に何かが変わったわけではない。じわじわと真綿で首を締めるように、日常が失われていく恐怖。明日の見通しすら立てられず、何もできない絶望。

電気が使えない、という一つの事実がこんなにも生活を立ち行かなくさせるとは。

その辛さは想像に難くないと思う。私だって幾度となく画面の向こうで苦しむ人たちの生活に思いを馳せてきた。しかし想像するそれと体験するそれとでは雲泥の差がある、という至極当たり前のことを思い知らされた3日半だった。たった3日半の停電でこれなのだから、避難生活をされている方々の絶望は計り知れない。

みなさんもどうかお気をつけて。といっても気をつけようがないけれど…。

その後は電気が止まることもなく、私たち家族は元気に過ごしてます。

余談だが、もしこのままずっとアメリカに住み続けるなら、災害に備えてジェネレーターを買うと思う。持っている家が心底羨ましかったから。何人かの友人も同様のことを言っていた。夫が乗るドデカアメ車を満タンにする量のガソリンを、3日で使い切るらしいけど。それでも電気のある生活には変え難い。備えあれば憂いなしである。

でも願わくば、もうこんなことはありませんように。

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