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錯覚の春夏冬 ♯1 (ウサギノヴィッチ)

 どうも、ウサギノヴィッチです。
 
 今回から週一程度に小説をあげていきたいと思います。
 タイトルは、『錯覚の春夏冬』。
 ここであらすじとか書くのは少し野暮かもしれませんが簡単に。
 
 新人作家の永井は、早朝覚醒とインポテンツに悩まされていると大袈裟だが、患っていた。それは自分の心の中で抱えている闇とも言える悩みが起因しているところがあった。だれかにすがりたい気持ちがあるし実際彼女いるが、それは違うという二律背反の気持ちがあった。
 そんな気持ちは噯気にも出さなかった。そんな自分の気持ちを押し殺した生活がだったが……。

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 大きい地割れに落ちるモノクロの夢を見て身体がビクッとなり、午前四時半、永井の部屋は本と着替えとAmazonのダンボールで埋まっていた。自然と目が開く。部屋は薄暗くて、暗闇を感知すると光るライトがベッドの足元で微かに光っていた。一応のために隣で寝ている彼女の「ゆう」の方を見ると仰向けに寝ていた。彼女の寝ている姿はキャミソールとパンツ一枚だった。呼吸に合わせ胸が上下する。もうすぐ夏がくるのかと寝起きとは思えないことを永井は考えた。永井に眠気はなかった。起きることが当然のようだった。枕元においてあるデジタル目覚まし時計には四時三十二分の文字と、左下片隅に小さく六時三十分とベルマークがあった。彼が現在時刻を確認すると、布団を肩まで掛け直し、今まで見ていた夢のおさらいみたいなことをする。と言っても、自分は今生きていると確認するだけだった。「早朝覚醒か」と独り言をつぶやく。ここ一ヶ月近くずっと四時から五時のあいだに一回起きてしまっていた。それからもう一度眠ることは容易いのだが、「寝れなかったら最悪だな」と思ってしまう。
「早朝覚醒」とは一種の睡眠障害で、精神に障害を抱える人だったり、高齢者だったり、多くは予定していた時間よりも早い時間に(特に早朝に)起きてしまう症状である。
 永井の年齢は三十六でまだ高齢者ではないし、心に病は抱えてはいない。しかし、心に傷がある。それはかすり傷のようなものかもしれないし、ナイフできれいに切り取られたようなものかもしれない。永井本人にも自覚のない傷が心にはあった。
 彼の中で、ここ一年は激動の年だった。去年の九月に小説家としてデビューした。それで、自分の夢を果たしたと思ったが、その先には彼がライバル視していた人間がいた。その男は自分よりも三年先にデビューをして名だたる賞にノミネートされている。永井はそれを恨めしいと思った。自分はいつか賞を獲る。救いだったのは、その男がノミネートされるだけで受賞をしていないことだった。気持ちを切り替えるために深呼吸をして、ゆうを起こさないようしてにベッドから出る。永井はキッチンに向かった。キッチンに向かう道中はものが氾濫していた。出し忘れた燃えるゴミや燃えないゴミの袋たちやAmazonとZOZOTOWNのダンボール、ビールや缶チューハイの空き缶、永井の生活をする上で出たカスみたいなものだった。それらをかわしながらキッチンにある冷蔵庫にたどりついた。冷蔵庫を開けると残り僅かなミネラルウォーターがあり、手にしてラッパ飲みをした。全部飲み切る前に鼻で一回呼吸をした。全部飲みきってペットボトルを口から離すと、肩で息をした。若干溺れたような気がした。自分の肺活量がだんだんと落ちているような気がした。年をとっている証拠なのかもしれないと思った。もう一度ゴミの道を通ってベッドに向かう。なにもやる気が起きなかった。この時間に起こされてしまったことを後悔していた。そうは言っても、自分の無意識下で起きていることなのでどうしようもないことなのだが。何度も寝返りをうつが、その度にだんだんと目が覚めてくる。目を瞑ってみるが頭の中では余計な雑念が入り込んだ。イライラが頂点に来ると布団を剥いだ。五月の下旬の空気は温かった。隣りで寝ているゆうの胸を永井は触った。ゆうは起きなかった。永井は思い切り気の済むまま彼女の乳房を揉んだが、彼女はリアクションもせずにいて、それはそれでいいのだが、反応がないのは悲しいところがある。もっと激しくしてやろうかとか考えてみるが、結局それは自己満足みたいなものなので、寝ることに集中する。そのときに右手を彼女の胸にそっとおいた。マザコンのように思われてしまうが、これはこれで永井にとっては安心するのである。
 胸に手をおいたおまじないの効果なのか永井はぐっすりと眠ることができた。そのときに見た夢は小学生に戻ってゴムボール投げをする夢だった。夢には初恋の相手が出てきたが、名前を思い出せなかったし、朝起きたときになんとも言えないノスタルジックな気持ちになった。しばらく、ゆうの顔をちゃんと正面から見ることができなかった。

つづく

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