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ウサギノヴィッチにエッセイマガジン。主に短編小説の書評のようなエッセイ中心だが、文学周りだけでなく、サブカルやガジェットまで取り扱う、なんでもエッセイ。
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#批評

人肉を食べるということ、昔の常識が今の常識に変わるとき

 どうも、お久しぶりです。  ウサギノヴィッチです。    約二ヶ月くらいの充電期間をいただいてからの復活、再開、season2の始動になります。    さて、充電期間中はなんにもしないでいた事の方が多く、本もあんまり読んでいるという意識がありませんでした。  ただ、再開一発目で、批評エッセイをやるということで、実際にはもうエネルギーは本当に充填されていたのだと思います。    今回は村田沙耶香さんの「生命式」の中の『生命式』です。  以前の批評エッセイの中で女性を取り上げる

これは厚くて熱いラブレターみたいなもの(ウサギノヴィッチ)

 どうも、ウサギノヴィッチです。    だれにも触れらたくない過去がある。それをきっかけに社会に対して自分を閉じてしまう。それでも、社会にかかわらずには、いけなくて、それなりに普通の人のように振る舞う。  社会に奉仕するわけではなくては、ただ賃金を得るためだけにやっている。他人は知らない。自分の過去のことを。でも、自分の中にはトラウマのように残っている。ふとしたきっかけでフラッシュバックする。  たとえば、昔、超能力少年です。と言われた少年が生放送でスプーン曲げに挑戦したが

ダメ男がダメ男である理由(ウサギノヴィッチ)

 どうも、ウサギノヴィッチです。    自分はいつもだいたい池袋や新宿や渋谷にいるんですけど、知らない場所に行くと緊張します。Googleマップを表示させたスマホを片手にこれから自分の行く先を確かめながら行きます。耳にはイヤホンしているので、聞こえるのは、街の喧騒ではなくていつも聞いている音楽が流れています。  それが東京じゃなくて、違う県だとどうだというかとだいたい同じです。Googleマップとスマホは持ってないときはあるかもしれないけど、僕には音楽が欠かせないのでイヤホン

桜の並木でも渋谷の街でも感じることとダメな男(ウサギノヴィッチ)

 どうも、ウサギノヴィッチです。    季節の変わり目なのか、今シーズン二回目の風邪をひいてしまいました。  乾燥した部屋にいると喉がいがらっぽくて違和感を感じます。  マスクの意味も花粉症から咳を撒き散らさないようにするものになってしまいました。  それでもタバコを吸うのは謎ですがね。    さて、今回は『桜のの森の満開の下』についてのレビューを書きました。まだまだ拙いところはありますが、よければ是非とも付き合ってください。   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「死にたい」とかいう奴は五年後のことを考えてから死ね(ウサギノヴィッチ)

 どうも、ウサギノヴィッチです。    今日は太宰治の『葉』についての自分の感想みたいなものをあげたいと思います。   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 「死のうと思っていた。ことしの正月、よそから着物を一反もらった。お年玉としてである。鼠色のこまかい縞目が織りこまれていた。これは夏着るであろう。夏まで生きてみようと思った。」  これが出だしの一文である。「死のうと思った」がいかにも太宰治らしい言葉のチョイスだし、読者を引きつける。  ただし、この着物の件や夏まで