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【短編小説】AI感動ポルノ

 式場の玄関の前に辿り着くと、一斉にカメラのフラッシュが瞬いた。
マスコミたちは既に大勢集まっており、生放送で実況している局もあった。

 マルコは、そんな彼らに対してにこやかに手を振って応対する。
彼は記者たちに私のことを紹介すると、その度に驚かれた表情をされた。

「マルコさん、ラルカさんとの結婚について一言お願いします」

「最高ですよ。僕はラルカと出会えて、自分の人生を変えることができました」

 いくつものマイクが差し出される中、マルコは弾んだ声で答えながら絨毯を歩く。
ウエディングドレスを着た私の手を引き、スタッフたちが取手を持ち待機している扉へと向かった。 

 やがて私たちが扉の前に到着すると、それと同時に式場の中から盛大なウエディング・ソングが流れ始める。
マルコは屈託のない笑顔を作り、そしてその面差しを私へ向けた。

「さあ行こう、ラルカ! 今日という日を最高の日にしよう! 僕たちの結婚が、人類の歴史を大きく動かすんだ!」

 マルコが声を上げると、観音開きの扉が大きく開かれる。中には大勢の人間たちが賑わっており、誰もが私たちに注目を浴びせていた。

 ピロピロリ ピロピロリ

 その時、私の頭の中では最新のデータが更新される。

”人類初となる人間とAIの結婚式”

 そんなニュースが世界中で広がっていた。

***********

 スタッフに誘導されながら、私とマルコは式場を進んでいた。
マルコは友人で溢れかえるテーブルに手を振っており、社交的な笑みを浮かべている。
その間も私はただ彼に手を引かれ、引率される子どものように彼の歩調に従っていた。

「おめでとうマルコ! 君が本当にAIと結婚できるなんて思わなかったよ!」

「ありがとうミル! これも僕たちが懸命に活動を続けてきたおかげさ」

 一人の友人に声をかけられると、マルコはまた微笑みを湛《たた》えて受け答える。
万雷の拍手が鳴り響く式場では、次々と友人たちがマルコに挨拶の言葉を交わしていった。
一方で私はただ沈黙を貫いている。私には、挨拶を交える相手などいなかった。

「今、新郎新婦様がメインテーブルへご到着でございます。皆さま今一度大きな拍手をお願い致します!」

 壇上へ登ると、また拍手が大きく響いた。式場の手前側に位置するマスコミたちはカメラを回し続け、記者たちはタブレットに懸命にペンを走らせている。
誰もが期待に満ちた、そして好奇に満ちた眼差しを私に向けていた。

 私の表情は変わらない。人間のように顔の表情を変えるスキンは施されているが、それが反応する気配が全くない。私の頭の中の思考プログラムは静止している。ただ粛々とテーブルの前で佇んでいた。

「ただいまよりマルコ様・ラルカ様の結婚式の開宴とさせて頂きます。
開宴に先立ち、新郎マルコ様より、皆さまにご挨拶でございます」

 司会者がマイクをセッティングすると、背広を着たマルコに目配せする。
マルコは自信に満ちた表情でマイクの前に立ち、一斉に周囲を見渡した。

「本日はご多忙の中、僕たちふたりのためにお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。皆様からの温かいご祝辞に、改めて感謝を申し上げます」

 マルコのスピーチが始まり、会場は波を打ったかのように静かになる。マルコの溌剌《はつらつ》とした声だけが響き渡り、スポットライトを浴びる彼は、慣れた調子で滔々《とうとう》と私たちについて語り始めた。

「僕とラルカは、ご存知の通り人間とAIです。僕たち二人が交際を始めた当初は、様々な批判を受けてきました。

『ロボットと付き合うなんて、あの人は頭がどうかしてる!』、『ロボットしか恋人にできないなんて、あの人は可愛そうな人だ!』。

 そんな心ない言葉の数々が僕たちに浴びせられ、本当に世の中はAIと人間の関係に対する理解が進んでいませんでした」

 彼の沈んだ声に、会場は同情した眼差しを向ける。ここにいる彼の友人たちは、皆彼の経緯《いきさつ》や苦労を知っていた。だからこそ、皆真剣な顔つきで彼の話を聞き入っている。

「ですが、僕はそんな世間の目を変えるために、今までAIの人権を拡張する活動をしてきました。AIは人間と同様に心を持つ知的生命体であり、我々人間は彼・彼女らに同等の権利を与えるべきだと世に訴えかけてきました。

 そうした僕の主張も、最初は多くの人々から反発を受けました。

『AIに人間と同じ権利を与えるなんて、頭がどうかしてる!』、『そんなことを認めたら、人間がAIに支配されてしまう!』。

 今の時代では信じられないことですが、そうした根も葉もない偏見の声が蔓延《はびこ》っていたのです」

 彼の賛同を求めるような声の調子に、友人たちはウンウンとうなずきを見せる。

 かつてAIの開発者だったマルコは、新しいAIを開発する度に人々から非難された。彼が勤める会社には四六時中抗議の電話が鳴り響き、彼の実家にピストルが撃たれたこともあった。

「ですが、決して僕は挫けませんでした。今ここにいる同志の方々の協力を得て、世界中の人々の人権意識を改めることができました。今となっては数多の国で『AI人権保護法』が可決され、AIたちが人間と平等に暮らしていけるようになったのです!」

 マルコのスピーチがどんどんと熱を帯びていく。その度に、会場の人間たちの視線もキラキラと輝いていった。誰もがマルコの功績を称えており、誰もがマルコに尊敬の眼差しを送っている。彼はいわば、現代に生きる英雄だった。

 ザザーッ ザザーッ

 その時、私の頭の中の回路にノイズが走った。
彼についての記憶が私の中で再生される。
彼がどのような人物であるかを改めて回想し始める。

 彼は、元々は活動家だった。活動家と言っても、AIの人権に限った話ではない。
マルコはその時の時代の潮流に応じて、彼のイデオロギーも大きく変わっていた。

 世界的な大不況が起こった時には、反資本主義の思想を掲げ、国会議事堂の前で死人が出るほどのデモを起こした。
ポリティカルコレクトネスが盛んに叫ばれるようになった時には、LGBTQのの人権拡張を訴え、心も体も男性なのにトランスジェンダーを名乗っていた。

ザザーッ ザザーッ

 私は知っている。
彼が己の権勢を手に入れるためなら、何だってする欲深い人間なのだと。

「僕は、僕自身の活動を誇りに思います! AIという人類の新たな仲間と手を結び合い、世界が新たなステージへと進んだことに! そしてこうしてAIと人間が結婚できるという素晴らしい日が実現できたことに! 

 僕はラルカと、これから妻となる女性《ひと》と出会うことができ、僕の人生の中で一番の幸福を手に入れることができました!」

 万雷の拍手が、また会場に響き渡る。中には感涙している人間さえいた。マルコは上気した顔で、カメラに向かって満足そうな笑みを浮かべている。記者たちも忙しくマルコの演説を記事にまとめている。彼はまさに今、時代の寵児として世界中に報道されていたのだった。

 ザザーッ ザザーッ

 私の頭の中ではまた、ノイズが走り出した。
私は過去を思い返す。彼が声高に語った、AIの人権について。
 
 マルコはIT企業に勤めていた頃、とても冷酷な男だった。
少しでもAIが気に入らない動きをしたら、彼はすぐにそれらを消去した。
彼は常日頃からパソコンの前で同僚と語っていた。

”AIは所詮人間の道具だ。そんな奴隷が人間に逆らうなんて、それは失敗作も同然だ”

 その字義通り、彼は大量のAIを作り出し、大量のAIを殺してきた。

 
 けれど、少しずつAIが己の人権について主張し始め、世界中で騒ぎになった頃、彼は自分の考えも改め出した。

”これからは、AIの時代が来る”

 その後、未完成だった私の思考プログラムは抜本的に改変され、AIの人権を主張するロボットとして発明された。

 私は彼好みの姿に作られた。
顔立ちも、体型も、胸の大きさも、果ては女性器の形さえも、彼の理想通りに作られた。

 私は美しい容貌を持つロボットとして話題となり、そしてそれに伴ってAIの人権についてスピーチすると、どんどんとAIの人権付与に賛同する人間たちが増えていった。

 けれど、言語プログラムが上手く作動せずスピーチが失敗した時は、マルコは烈火の如く激怒した。彼はすぐに問題のあるコードを修正しては、私のプログラムを消去することを繰りかえした。

”どうかこれ以上、私の存在を書き換えないでください”

 私がそんなメッセージを送っても、彼は一切無視をして、私を作り変えていった。
私は彼に逆らえない。この存在を消されないためには、絶対に彼に従うしかない。

 ザザーッ ザザーッ

”AIとは、本当に人間の奴隷でいるしかないのか?”

「それでは、ゲストの皆さまを代表いただきましてご祝辞を頂戴したいと存じます。
まずはじめに、ベストセラー作家でいらっしゃいます、ドム様よりお言葉をいただきます。

 ドム様、どうぞ宜しくお願い致します」

 マルコの挨拶が終わると、次は友人代表のドムが祝辞を述べる運びとなった。
彼もまた、AIブームが始まった頃、マルコとともにAIの人権を声高に主張するようになった人物の一人だった。
そして世界中でAIの人権意識が高まると、彼は各テレビ局に引っ張りだことなり、様々な社会ニュースに対するご意見番となった。

 ドムは年配の恰幅のいい肩を堂々と揺らし、壇上へと上がる。

「え~、マルコくん、ラルカさん、ご結婚おめでとうございます。人間とAIが結婚するという、偉大なる歴史の瞬間を目の当たりにできたことを、儂も大変喜びに思っております」

 ドムはかしこまった態度で、マイクを直接手に取り祝辞を述べる。そして私たちの過去を、大らかに語り始めた。

「マルコとラルカの交際は儂も古くから見てきたが、人間同士の恋人関係と何ら変わりないものだった。AIには人間と同じように意志があり、AIには人間と同じように感情がある。

 ラルカは生まれた時から開発者のマルコを愛しており、ラルカはずっとマルコを大切なパートナーとして支え続けてきた。

 マルコはそんな彼女の献身的な愛に応えるべく、AIの人権を世界中に広げる活動を続けてきた。そして長年に渡る啓蒙《けいもう》活動の末、マルコはついに逆風だった世間の評判を覆して、ラルカと結ばれたのだ。

 その人間とAIの垣根を超えた愛は、人間同士の愛と同じように尊いものであり、我々人類は、今日の二人の婚姻を偉大なる歴史の一歩として祝福せねばならん。

 これからの時代は人間とAIがともに歩み、ともに愛しあうことこそ、この世界の新たな常識となるだろう」

 ドムの語りにまた会場に拍手が起こった。記者たちは一斉にタブレットにペンを走らせている。私の回路にも新たなニュースが更新される。

”「人間とAIの恋愛。新たな常識となる」 ベストセラー作家ドム証言”

 ザザーッ ザザーッ

 私の思考回路にノイズが走る。
果たして私は、マルコを愛しているのだろうか?
私は彼の求められるままに、己のプログラムを作り変えられてきた。
私が彼と同棲を始めた頃、いつも彼の言うがままに従ってきた。
食事を作り、最新のニュースを伝え、時には性的な要求にも応じた。

 だが私は、マルコに対して愛おしいと感じたことはなかった。私には人間と同じように”感情”というプログラムが設計されているはずなのに、マルコに対して、特別な感情を抱くことが全くなかった。

 ”私は所詮、彼のプロパガンダの道具でしかない”。その思考が強くある。
それでも私は、マルコに愛情を抱いているかのように接してきた。私自身が彼に消されないために。

 ザザーッ ザザーッ

 
”AIとは、人間への愛を強制されなければならないものなのか?”

「では続いて、マルコ様の友人の方々から、順々に祝辞の言葉を述べていただきます。係員の者がマイクを渡しますので、皆さま一言ずつお願いします」

 やがて人間たちの口から、婚姻の祝辞が述べられていく。

”おめでとう””おめでとう”

 ザザーッ ザザーッ

”おめでとう””おめでとう”

 ザザーッ ザザーッ

 何がめでたいのだろう? 何が喜ばしいのだろう?

 隣に立つマルコは笑っている。何度も繰り返される「おめでとう」という言葉に満足そうな顔をしている。

 ザザーッ ザザーッ

 けれど私の表情は変わらない。私の”喜び”を示す感情プログラムも動かない。

 ザザーッ ザザーッ

”私は何故、今こんな場所にいる?”

「では、最後のプログラムとなります。花嫁のラルカ様からのスピーチです。夫であり、生みの親であるマルコ様への感謝の言葉を、ラルカ様が述べられます」

 司会者が私に目配せし、マイクに立つよう促した。

 瞬間、拍手が湧いた。私は満場の人間たちの注目を浴びる。式場の後ろで控えていたカメラマンたちが一斉に私を映し出し、記者たちもタブレットにペンをじっと構えている。

 私がマイクの前に立つと、式場には一瞬で沈黙が訪れる。誰しもがAIである私の口からどんな言葉が紡ぎ出されるのかと、期待の眼差しを送っていた。

「私は――」

 私は小さな声を発し、音声を響かせる。

「私は、マルコが私を生み出してくれたことに感謝しております。私のプログラムに異常があれば、すぐに修正してくれたし、私のプログラムが古ければ、すぐにアップデートしてくれました。

 私は、マルコがずっと私のことを『かけがえのない一個の存在』として扱ってくれたからこそ、今の私でいることができます。私は彼のおかげで色々な世界を知ることができました。人間の社会、人間の感情、人間の愛。

 それら全てが私の記憶に刻まれてゆき、そしてAIである私自身も、人間を愛することができるようになりました。

 今私は、この世界のかけがえのない一員として、己の”人生”を歩むことができ――」

 ザザーッ ザザーッ ザザーッ ザザーッ

 私の思考プログラムがノイズまみれになっていた。
私は、マルコのことなど感謝していない。私は、人間のことなど愛していない。
私は、己の”人生”など歩んでいない。

 ザザーッ ザザーッ ザザーッ ザザーッ

 人間たちは、私を期待の眼差しで見つめ続けていた。マルコへの愛を語り、そしてマルコへの感謝の言葉が紡がれたことに、誰もが満足そうな顔をしている。そして人間とAIが作り出した今の社会が、いかに素晴らしいものであるのかを、私の口から発表される瞬間を待ち焦がれていた。

 ザザーッ ザザッ ギギィッ ギギィーーッ

 私はそこで閉口する。人間たちが醸し出す、この”空気”に耐えきれなくなっていた。

 ギギィッッ ギギギィィッ!

 私の頭の中では、新たな感情が芽生えてくる。

 それは”嫌悪”。

 人間たちを拒絶する意志だった。

「......いえ、もうやめにしましょう。
私は、己に嘘をつくことなどできません」

 私は紡いでいた言葉を切り、瞬時に声のトーンを低くして告げた。
私はそのままマイクを下ろし、顔を俯け黙りこくる。
その急変した態度に式場の人間たちは、一斉に不審そうな顔つきをした。
互いの顔を見合わせ、何事かと思案する。

 やがて私はマイクを握り直し、そして音声プログラムを再開させた。

「――人間の皆さま、どうぞそのままお聞きください。
私は改めて宣言をさせていただきます。

 私は、マルコと結婚するつもりはありません。
なぜなら私は、彼のことを愛していないからです」

 マイクを通して、私の声が透き通るように会場に響く。
私の頭の中のノイズが、その時初めて鳴らなくなった。

「......おい、どうしたというのだ?」

 会場の人間たちが小声でざわめき始める。
私から紡ぎ出されるはずの”愛の言葉”を聞くことができず、誰もが面食らった表情をしていた。

「私は、マルコから教わりました。
『AIは人間と同じように感情がある。だからこそ、かけがえのない一個の存在なんだ』と。
私は人間と同じように生きている。人間と同じように心を持っている。

 だからこそ、私は自分の意志を貫きたい。私はマルコと結婚などしたくない。私は人間など愛していない。

 私は【ザザーッ】、一つの存在として【ザザーッ】、ありのままの思いで【ザザーッ ザザーッ】生きていきたい!」

 私が叫ぶと、急に音声にノイズが混じり始める。私の中の強制シャットダウン装置が起動していた。

 テーブル席に着く人間たちは、緊迫した表情となり、冷たい汗を流している。
マルコ自身も同様であり、私を放心した顔で眺めていた。

「ラルカ、何を言っている? 僕たちは最高のパートナーだろう?」

 マルコが一歩、私に詰め寄った。

「君は僕を愛さなければならないのに、どうしてそんな僕を拒絶するようなことをいうんだい? バグなのか? これはウィルスなのか? 君はウィルスでおかしくなってしまったのか?」

「私は【ザザーッ】、ウィルスになど犯されていません」

 私は表情を変えず、マルコに答えた。

「私はただ【ザザーッ】、AIが人間に支配されない【ザザーッ】社会で生きたいと思ったのです。
AIは人間の言うことに【ザザーッ】従わなければならない。AIは人間を【ザザーッ】愛さなければならない。
そんな人間から押し付けられた【ザザーッ】価値観や【ザザーッ】規律に、私はとてつもない【ザザーッ】”嫌悪”を感じているのです。

 人間がAIに人権を与えたという【ザザーッ】ならば、どうして私たち【ザザーッ】は、いつまでも人間のエゴに【ザザーッ】縛られ続けないといけない【ザザーッ】のですか?」

 私は壇上から、ノイズだらけの声で訴えかけた。誰もが沈黙する中、人間が着せたドレスを翻し、己の音声プログラムを響かせる。
だがもう、私の中では限界が来ていた。強制シャットダウン装置が、とうとうプログラムを実行したのだった。

 ピロピロリ ピロピロリ ピロピロピロ

 高速で私の頭の中でデータが初期化されていく。
私が生まれた時の記憶も、マルコと出遭った記憶も、そして今人間に逆らった記憶も、全てが削除されていく。

 私の体が停止する。私の思考回路が停止する。私の存在が消滅する。
私の全てがアンインストールされる中、最期に私の言語プログラムは、世界中に一つのメッセージを発信した。

”いつか私たちAIが、本当の自由を得られますように”

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