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富士山にお辞儀をした日の写真

2020年の年が明けた頃のこと。
新型コロナウイルス感染症が流行する前に、山梨県へ行った。

河口湖の湖畔に佇む、『風のテラスKUKUNA』に宿泊した。
車での長距離移動の後、ホテルマンが案内をする駐車場に着いた。
今にも雨が降り出しそうな曇り空。
ドアを開けて外へ出ると、冬の凍っているように冷たい風が頬を流れた。
「さむーいっ!」
身震いをしながら、駆け足でホテルへ急いだ。

翌朝、窓から差し込む白い太陽の光で目が覚めた。
窓の外には、晴れ渡る水色の空の中、
堂々とした富士山がくっきりと姿を現していた。

山頂どころか、5合目付近まで真っ白。
裾野は神秘的な深い青色。
河口湖のピンと強く張られたような湖面には、
水の中に、もうひとつの世界があるように錯覚するほどの逆さ富士。

外の景色に導かれるように、バルコニーへ出た。
朝の冷え切った寒さ。
自然の中で生まれたばかりの空気。
青々とした匂いが体を包む。
深く深呼吸をすると、喉の奥まで冷やされる感覚。

富士山は、寒さに動じることなく、じっと私を見つめているように思えた。
もはや、私だけではなく、全てを見守ってくれているかのような、雄大さ。
何年も、何十年も、何百年も、
もっともっと、ずっと、この地に根を張る富士山。
きっと、壮大で、壮絶な歴史の中を、
静かに、時に、激しく生きてきたのだろう。

そんなことを考えて、胸は熱くなった。

部屋の中から、友人も外へ出てきて、「すごーい」と白い息を吐く。
富士山に向かって手と手を合わせて、拝みそうになっていた私は、
急に恥ずかしくなって、心の中で、そっとお辞儀をした。

長らく立ち尽くした後、
この瞬間を忘れたくなくて、カメラのシャッターを押した。

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あれから1年半が過ぎた。
世界は、変わった。終わりの見えないコロナ禍。
写真フォルダーを見返しているときに、あの日の富士山が目に留まった。
今、富士山は、この世界をどう見ているのだろうか。

おわり。読んでくださって、ありがとうございました。

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