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【#2000字のドラマ】さまよい時

「マコ~、カフェ行こ~」
放課後を迎えた高校の玄関付近。
猫のように甘えた声が耳に入ってくる。
「いいよ~」
だらけて、答える。

甘えた声の持ち主は、幼馴染のエリカ。
エリカは、ファッション雑誌の読者モデルをしている。
茶色に染めた髪の毛には、カールが施されていて、胸元で毛先が儚げに、揺れている。

最近、オープンしたばかりのカフェは、SNS映えするらしい。
店舗の外壁は、一面、空の絵になっている。
この壁の前で、ポーズを決めれば…
それはもう、空で優雅にドリンクを飲む姿を撮ることができる。

アイスカフェラテを注文して、受け取ったら、もちろん撮影。
まずは、エリカを撮ってあげる。
エリカの荷物も背負う。
片手には、冷たいアイスカフェラテを、もう一方には、スマホをセット。

「撮るよ~っ」
画面に映るエリカは、羨ましいくらい、キマッてる。

「じゃあ、次はマコね~」
エリカは、二人分の荷物を雑に持ちながら、スマホと睨めっこ。
カメラマンになる側の姿は、エリカでさえも、キマらないものだ。

アイスカフェラテを飲み始めながら、SNSを更新。
20いいねくらいは貰えるだろうかと期待する。
エリカはフォロワーが10,000人以上いるから、100いいねは余裕だろう。
プラスティック容器からは、水滴がこぼれ落ち始めた。

夜。
風呂場にスマホを持ち込み、SNSをチェック。
いいねは、18止まり。
エリカは1,000を超えていた。
「はあ~エリカは可愛いからなあ」
このエリカを撮ったときの自分の姿は、
最高にイケてなかっただろうなと思うと胸がキュッとなった。

湯気でぼやける天井を見上げる。

「何やっているんだろう、わたし―――。」
常に誰かと比べているような感覚。
高校を卒業して、大学に行って、働いて、ママになったりして…
それでも、ずっと、こんなことをしてしまうのだろうか。
おばあちゃんになっても、いいねの数を気にしたりして。
「何のために生きてるんだろ」

エリカは読者モデルの仕事で、学校に来ない日がある。
こんな日は、すぐ帰宅する。
職員室の通りを歩いて玄関へ向かおうとすると、
校長室に張り紙があった。

【お話しましょう。ご自由にどうぞ】
わが校の名物校長・仙川直太朗先生。
整えられた白髪に、細い目をした、おじいちゃんのような人。
もうすぐ悟りを開いてしまいそうな雰囲気があり、
生徒からは仙人とあだ名が付けられている。

コンコンッ。

「こんにちは」
仙人は微笑んだ。
座っていた椅子から立ち上がり、かけていた眼鏡を机に置いた。

「コーヒーでも飲みましょうか、ホットでいいですか?」
仙人はまた微笑んだ。

紙コップに入ったコーヒーを受けとり、仙人の前に座った。
「-お話、しましょうか」

「あのっ、毎日、モヤモヤしちゃうんです。
なんでか分からないけど。
ずっと気を張っちゃうっていうか。
SNSばっかり気にして、
寝る前とかもずっと見ちゃって。
朝起きたとき寝不足で、後悔して。
勉強もしないといけないって思うけど、
つまらないし、難しいし、めんどいし。
こんなんで、大人になっていいのかなって。
おばあちゃんになっても、こんななのかなって。
友だちも…本当に友だちって呼べる人はいないんじゃないのかなって。」

ずっと、喉の奥に秘めていた想い。

「そうですか…」
仙人の反応は驚くほど薄い。
拍子抜けと、思いきや、少し目を大きくして、一言。

「あなたは変わりたいのですか?」

変わりたい…?
たぶん、そうだ。変わりたい。けど、どうやって?

「1つお話をしていいですか」
仙人が口を開く。
「時間は、積み重ねているようで、
実は、この瞬間も、減っているものなのですよ」

減っている―。
無限に、どこまでも、続いていくと感じる時間。
でも、違うんだ。

「先生、ありがとうございました」
コーヒーはまだ温かかった。

翌日。
エリカが学校に来ている。
「マコ~カフェいく~?」
いつも通りのエリカだ。
「ごめん、今日は図書館いく」
「図書館?どうしたの、急に」
「勉強しようかなって」
引かれただろうか…きっと引かれたな。

「勉強?じゃあエリカもいく~」
「え、来るの?」
「え、ダメなの?いいじゃん~」
変わらずの甘え声。
引かれては…いないようだ。

まだ、モヤモヤする。
何をしたらいいのか、何ができるのか、何をしたいのか。
人生という長い道のりを想像すると、気が重くなる。
今、猛烈に、中間地点付近をグルグルさまよっている。

でも、それで、いいや。

#2000字のドラマ

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