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Skusta CleeのLagiは21世紀のAnakだ!

日本では、古くは山下奉文が処刑された刑務所や渡邊はま子のヒット曲で知られる「モンテンルパ」。
モンテンルパはマニラ首都圏(メトロマニラ)の中で最も南で、ラグナ湖に近接する街だ。先日記事にしたLola Amourもここ出身。
フィリピンは全国的に(ポップ)音楽が盛んなところなので、モンテンルパが特にフィリピンの他の地域に比べ突出して若者の音楽熱が高いということでもないと思うが、最近ヒットしているアーティストのbioなどを見ると出身がモンテンルパだったりそこを拠点にしているアーティストは比較的多いような気がする。
ラッパー・シンガーのSkusta Clee (スクスタ・クリー)もそんな若者の一人。
Skusta Cleeは2015年にデビュー、これまでにも多くのシングルをリリースしているが、今回ピックアップするのは2021年にリリースされたシングルのLagi。

まずミュージックビデオ

Youtubeにmusic video (英語詞のテロップつき)がアップされているのでまず・・・

2021年6月にアップされて以来約2年で1億2000万アクセスを記録している。
Spotifyでも6600万アクセスとなっている。
インディーズアーティストにとっては異例のビッグヒットだ。現在フィリピン国内で人気絶頂のメジャーアーティストZack TabudloのBinibini(2021年)がYoutubeで約1億アクセス(lyric video、music video合算)、Spotifyで約1億4000万アクセスとなっていることと比べても、遜色ない。

なんだか切なくなるような憂いを帯びたメロディはシンプルで覚えやすい。たとえ歌詞の内容が分からずとも、お気に入りのプレイリストに入れて他のヒット曲と一緒に聴けるポップソングだ。
けれども、この曲を歌詞を含めて聴き込むうち、なぜこの曲がここまでのヒットを記録しているのかがわかるような気がしてきた。

正直言ってLagiは、過激なスラングも、韻を巧みに踏んだスタイリッシュな言い回しも、最先端のアイデアがサウンドに盛り込まれているわけでもない。つまり現代のヒップホップのヒット要素をそれほど含んではいないのだ。
テーマも、ファッションやセックスやドラッグ、社会に対する義憤などよく使われるモチーフではなく、単に「子供が生まれて嬉しいなぁ、というパパの気持ち」を何の変哲もない言葉で綴っているだけだ。
一歩間違えば、まだ表現力が十分備わっていないラッパーがとりあえず身の回りのことを題材に作ってみただけ、と箸にも棒にもかからない曲として忘れられてしまったかもしれない。
しかしこの曲が現実に大ヒット、しかもフィリピンの若者たちの間で大ヒットしている。

Freddie AguilarのAnak

ここで1978年にFreddie Aguilarが大ヒットさせたシングルAnak(息子)のことを考えてみたい。Anakはフィリピン国内でのヒットはもちろん、数十カ国で翻訳され現地の歌手によってレコーディングされた。

この曲も子供が生まれた時に両親がどんなに喜んだかが素直に描かれている。

日本では加藤登紀子さんと杉田二郎さんが日本語の訳詞で歌っているが、原曲の歌詞に割と忠実でシンプルな表現の杉田さんバージョンを…

Freddie Aguilarはこの曲のリリース後にマルコス政権(現大統領の父)の独裁に対抗する反政府運動のテーマソングにもなったBayan Koをレコーディング、Bayan Koは時の政権から放送禁止処分になった。1983年にはマニラ首都圏(メトロマニラ)の夜の街で働く女性の悲哀を鳩になぞらえた名曲Magdalenaもリリースしている。
そう、Freddie Aguilarはアクティビストとしての側面も持っているのだ。
そんな彼がリリースしたAnakは、息子が生まれて嬉しいというだけでなく、成長していく息子の変化、それにうろたえ案じる親心など複雑な感情をうまく表現していることもあり、世界中で受け入れられることになった。ただの親バカソングではないのだ。

ただの親バカソング?Skusta CleeのLagi

翻ってSksuta CleeのLagiは言うなればAnakの歌の一番の部分をグーんと引き伸ばしたような内容だ。
もちろんSksuta Cleeだってバカではない。子供が生まれたばかりなので実体験としてはまだ無いと思うが、身の周りの人たちや自分が暮らす社会を見渡せばそんな手放しの喜びなどほんの一時に過ぎないということは十分分かっているだろう。(実際に今年(2023年)になってSksuta Cleeとその妻はseparateしている)。
それにもかかわらずこの曲はレコーディングされ、ヒットした。

私はこういう曲が社会活動家でもなんでもない市井のヒップホップシンガーによってレコーディングされ、大ヒットするところに瞠目すべき「フィリピンらしさ」があるように思う。

ここで音楽とは少し違う点からフィリピンを見てみると・・・

フィリピンは日本と比べ平均寿命が短い。これは、フィリピンの人が大人になってから長生きできていないのではなく、医療機関に適切にアクセスできない貧困層がたくさんいて、ウイルスや病気に対する抵抗力が十分に備わっていない乳幼児が犠牲となるケースが多く、それが全体の平均を押し下げているからだ。

父親の誕生日を祝う娘たち(ミンダナオ島)

ところで私は以前、フィリピン人女性を妻に持つ日本人男性のブログ?SNS投稿?をみたことがある。
それはフィリピン人が盛大に誕生日を祝う姿を見ての投稿だ。
その文章には、最初と最後に誕生日を祝うフィリピン人の賑やかさを愛でる短い文章が添えられているが、真ん中の「本文・本論・本音」の部分では延々と、
いい歳をして借金までして誕生日を祝うなど異常
ただの見栄っ張り
計画性がない
だから後で苦労するんだ
だからフィリピンはいつまでたっても貧しさから抜け出せないんだ
このために金をせびられる俺はたまったもんじゃない
云々云々。。。
これでもか、というくらいフィリピンの誕生日を祝う姿をこき下ろしている。

前後に「いい感じ」のexcuseをちょこっと入れて、真ん中でネチネチとこき下ろす。。。この手の体裁になっているフィリピン関連の日本人の記事はテーマにかかわらず時々見かける。

この書き込みにつく大量の「いいね」やコメントを見ていると、読んで暗澹たる気持ちになる私の方が少数派のようだ。
私はこう思う。
それは私たちが、何も考えなくても明日も生きられる社会、生きていることが当然と思える社会で暮らしているからだ、と。
だから、誕生日というったった1日を有り金をはたいてまで祝うフィリピン人が大げさでバカバカしく思えてしまうのだ。
生きていられることは当たり前で、どう生きるかを考えることに集中できる段階・社会にいられるということは確かに幸せなことだと思う。望ましいこと、と言ってもいいかもしれない。
しかし「生きていられることが当たり前」となり、そのことを身近に考えたりすることなく生きられるようになった社会で起こっていること、それは皮肉なことにあまりにも生きること自体を蔑ろにした事件が多いのではないか?

準備万端!の子供の誕生パーティ(メトロマニラ)

閑話休題

日本人(経済先進国の人間)から見ると、Lagiのような曲は、その後すぐにやってくるであろういろんな問題に備えずただその場の嬉しいという感情に身をやつしている、刹那的な生き方を賛美する作品ということになるのかもしれない。
こんな曲をレコーディングするなんて資源や時間の無駄遣い、ということになるのかもしれない。
音楽的(歌詞の内容)に「深みがない」と言われるかもしれないし、Skusta Clee自体が考えの浅い若者、と言われるかもしれない。

しかし私はこんなふうに感じる。
フィリピンの人たちは、我々よりはるかに生きるということや死ぬということに近いところで生きているのではないか。
人が生きていること、人はいずれ死ぬ、何かの機会(ハプニング)で簡単に死んでしまうんだ、ということを(日本人と比べて)リアリティを感じながら今日を生きているのではないか。

だからこそ何歳になっても誕生日のその日、「今生きている!」「今まで生きてこられた!」 ということを手放しで喜べるのだろう。
彼らは人が生きること、人が死ぬこと、という生き物にとって最も基本的なことにいつでも気持ちを立ち帰えらせることができる、そういうことを含んで生きている、ということだと思う。

Lagiはそんなフィリピンという社会だからこそレコーディングされヒットしたのだと思う。

もちろん、フィリピンのポップチャートを見渡しても、恋愛、ファッション、ライフスタイルなどがテーマになっている楽曲が圧倒的だ。さらに若者の生き方を作品に投影するヒップホップに至ってはドラッグというテーマも大きい。特にフィリピンでは身近な問題で、直接・間接問わずドラッグ(やそれに起因する暴力)がテーマになっている曲は多い。
Lagiのようなテーマの曲は極少数だ。
けれどもLagiのようなタイプの曲がそれらと同じチャートで大ヒットするところに老若男女にかかわらず時代を超えて多くのフィリピンの人に通底しているものを感じる。

AnakやLagiのような曲がヒットする社会が望ましいものであるかどうかはわからない。
けれどもフィリピンを訪れた日本人がフィリピンの国や街を魅力的と感じるのは、それが、AnakやLagiを「われわれの」歌として両手を上げて受け入れるフィリピンの人たちの生き方によって支えられているからではないか?そこにいると日本とは比べ物にならないほどの「濃密な生」を体感できるからではないか?と思うのだ。

こういう記事を読むとバイアスがかかってしまうかもしれないが、この辺のことを汲んだ上でSkusta CleeのLagiを聴くと、また違ったサウンドとして耳に届くのでは。。。


最新のフィリピンポップス、その中でもオシャレでいい曲ばかりを集めたSpotifyのプレイリスト Contemporary OPM。
Skusta CleeのLagiも収録されています!





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