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コミュニケーション詐欺にダマされるな?

松澤和光
情報学部 システム数理学科・新世代数理教養教育、
コミュニケーション工学、ことば工学

 入学早々の皆さんに卒業後の話をするのも気が早過ぎというものだが、いや就職は大事ですよ。働く必要がないなら誰も大学なんか来ないよね、家で遊んでますワ。で、入学準備に手一杯で、さらに将来のことなんか考えてるヒマなかったろうけど、皆さんの先輩四年生たちの就職活動「就活」がよくテレビや新聞で話題になってるの、知ってたぁ?そこで連日出てくるキーワードが「コミュニケーション」なんデス。

 「社会人として一番必要なのはコミュニケーション能力」、「コミュニケーション力こそ就活でアピールすべき」の大合唱。「コミュニケーション第一、大学での勉強はさておき……」って、大学にケンカ売っとるのか? というのはさておき。はぃはぃ、確かに私は工学部(2016年執筆当時:現在は情報学部所属)で「コミュニケーション工学」とか研究してますよ。人と人との意思疎通を支援する工学システムの実現、とかね。おかげでコミュニケーションに長けた学生、に関心ある者、に問題ある人(おぃっ!)等々多彩な人材が集まって参ります。研究者としては自分の研究対象に社会の関心が高まるのは大変に結構。

 でもさぁ、なぁーんかみんなコミュニケーションって言い過ぎじゃない? そりゃあ円滑な意思疎通は社会にとって大事ですよ。でもそのための能力を社会の構成員に一方的に要求するのって、ちょっと違う気がするんだけど。そんなの本当に望ましい社会なのかしら? 「御社はコミュニケーション第一とのことですので、私のようなコミュニケーションが苦手な人間でもきっと温かく受け入れていただけると信じ、御社を志望しました」くらい、誰か採用面接で言い放ってやれよ! 落ちても知らんけど。

 そもそもさぁ、人間なんてみーんな違うもんなんだからさぁ、そーんな簡単に意思疎通が図れるわけないじゃん。コミュニケーションできてる、なんて所詮は幻想なんじゃないかって思うわけ。それでも人が寄り集まってうまく暮らしていくためには、お互いが相手を十分には理解できてないことを思いやりあって、なんとかより良い関係を見つけ出していくべきじゃん。それが「温かい/暮らしやすい社会」なんじゃないのかなぁ。

 それがアナタ、やれコミュニケーション能力を備えろだの、空気を読め、みんなの意見に揃えろだの、そんなに画一的な人間が欲しいのかしらねぇ。「あんな話は許せない」とか「こいつは絶対に悪いヤツだ」とか日本中がバッシングの嵐に包まれちゃったりする最近のニュースを見ると、少し怖くなってくるんだよね。本当に全員が同じふうに感じ考えているの?皆と違う意見を言ったら叩かれるのかな。無理して他の人に合わせて、言いたいことも言わず、それどころか自分の考えも持とうとしないなら、そんなのコミュニケーションする以前の問題だよねぇ。

 あぁ、でもコレひょっとして教育のせいだったりして。小学校~中学~高校と全国同じ教科書、同じ授業、同じ問題には同じ答え、同じ入試を目指して同じような勉強をさせられてきたんだったね。いや同じ知識を共有することは大切だよ。その共有がなきゃコミュニケーションなんか成立しようがないからね。でもさー、そうやって基礎知識を固めてきた(んだよね?)君たちも、もう大学生!これからはみんなと一緒の勉強だけじゃなく、自分の意見を確立するための、自分の興味あることを知るための、自分だけの学びを始める年齢になったんだ。やぁ楽しいじゃないか!

 私なんかさー、大学に入った時だぁれもそんなふうに教えてくれなかったから、ついウッカリ高校までの延長みたいな学び方をしちゃって、やれ授業がツマラないだの、先生の言ってることが訳わかんないだの、しょーもない文句を言ってたっけなぁ。ただぼんやり授業を聞いてたって面白いことが見つかるハズないじゃん。話が難しかったら聞きに行くなり自分で調べりゃいいじゃん。って、まぁ今だから言えるんだけどね。

 そんなダメ学生だった私も運だけは良かったようで、まだ黎明期だったコンピュータに出会い、それを魅力的に教える先生にも巡り会えた。その興味を追求したおかげで曲がりなりにも研究者の道に進み、こうしてまた大学に来て若い学生さんにお話しする機会を得たんだ。自分のズボラは棚に上げ、つい皆さんにも早く大学の学びの楽しさに気付いてほしくなっちゃうわけ。説教臭くてゴメンね。

 えっと何の話だっけ? そうそうコミュニケーションだった。だからコミュニケーションのスキルやテクニックとか心配する前に、人に伝えたいと思う自分なりの意見を育てること、他人の様々な考え方を受け入れられる幅広い見識を身に付けること。大学で学ぶってのは結局そーゆーことなんじゃないのかなぁ。で、実際の意思疎通に問題が生じたら、そこはほら私の研究する「コミュニケーション工学」にお任せください。ってこれは営業トークでした。

松澤和光
情報学部 システム数理学科・新世代数理教養教育、
コミュニケーション工学、ことば工学

『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。

この文章は2016年度版『学問への誘い—大学で何を学ぶか―』の冊子にて掲載したものをNOTE版にて再掲載したものです。