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良い子は真似しないでね

平山 昇
国際日本学部 日本近代史

今から書くことは、良い子は決して真似してはいけません。もし万が一真似しても、私は責任をとれませんからね。
貧乏ではないけど裕福でもない母子家庭に育った私は、「良い大学に入って良い仕事に就いて安定した生活をする」という模範的な目標を胸に中高六年間を真面目に過ごしました。高校では吹奏楽部に没頭した時期もありましたが、勉強はずっと真面目にやっていました。大学受験では滑り止めなしで第一志望に現役合格。ここまでは文句なしで「良い子」でした。

ところが、大学に入ってから……はじけちゃいました!大学の寮で出会ったMという鬼才が私を「魔界」へと引きずり込んでしまったのです。私はクラシック音楽が大好きだったのですが、Mの知識と経験は私とは比べものにならない。ピアノ、チェンバロ、オルガンを弾きこなし、高校では指揮のレッスンも受けていたというのです。Mに誘われて室内楽サークルに入ってみたら、そこがまたすごい「魔界」!私はクラリネットの腕前にはそれなりに自信があったのですが、ここに集う猛者たちの技量が半端ないのです。田舎者の私には言葉ではあらわせないほどの衝撃でした。

それからというもの、私はとりつかれたようにこのサークルでの音楽活動に没頭しました。授業なんかそっちのけで練習に打ちこんで(真似しちゃダメですよ)、欠席ばかりの授業のノートを友人たちから借りて(真似しちゃダメですよ)、テスト一発勝負でなんとか単位をかき集めて(真似しちゃダメですよ)、いったい何の大学に通っているのかわからないほど音楽三昧の大学生活となりました。
もっとも、どれほどサークルにのめりこんでも、まわりが就活モードになってきたらそれにあわせるのがまともな学生ですよね。ところが私はそうしませんでした。ここでまたあの「魔界への伝道師」が登場します。

三年生になって大学の寮を出たあともMと私は家が近かったので、暇さえあれば一緒に「とある液体」を飲みながら縦横無尽に語りあいました。クラシック音楽は西洋文化の一部ですから、二人の話題は自然と西洋の哲学や美術へと広がっていきます。私は受験勉強の知識しかなかったのですが、Mは恐ろしいほどの読書家で、広くないワンルームに所せましとヘーゲルだのカントだのと難しい本が並んでいます。オーケストラ音楽をスピーカーでガンガン鳴らしてとめどもなく「とある液体」をくみかわしながら、「時間は実在するのか?」「私は本当に私なのか?」などとまるで社会の役に立たないことばかり議論しているうちに夜がふけていく……。音楽を入口として、私はいつのまにか「学問」にも魅力を感じるようになっていきました。Mは私を「音楽の魔界」だけでなく「学問の魔界」にも引きずり込んでしまったわけです。

こんな日々をすごすうちに、私は「大学院に入って何か学問をしながら、大好きな音楽も続けたい!」と虫のいいことを考えるようになりました。高校生のころは、長崎県警につとめていた祖父と母の影響で「警察官僚になって日本の警察を変える!」と立派な夢を語っていたのですが……。でも、自分の人生ですからね。母親もまったく反対しませんでした。余談となりますが、東京(といっても立川)でホストをしていた私の弟が、その後なぜか故郷の長崎県警の採用試験を受けて、今では警部補として警察学校の教官をしています。わが家のご先祖さまがうまくつじつまをあわせてくれたのかもしれません。

そんなわけで、不勉強ながらもなんとか大学院に「入院」した私は、日本近代史を専攻しながら相変わらず音楽活動に没頭し続けました。所属している学会をさぼってコンサートに出演するというけしからん院生だったことは、ここだけの秘密です。もっとも、いい歳して親のすねをかじるのは嫌だったので、S台予備学校の英語講師として稼ぐようになりました。この仕事がこれまためちゃくちゃ楽しくて、おかげで本業であるはずの研究はなかなか進まず、指導教員にはずいぶん心配をかけてしまいました……。でも、音楽活動と予備校の仕事を楽しみながら駆け抜けた20代の日々は、学部時代にもひけをとらない最高の「青春」でした。ちなみに、私は神奈川大学に昨年(2020年)着任したのですが、なんと教務課にS台予備学校でご一緒したOさんを発見してびっくり仰天!「まさかこんなところで再会できるなんて!」とお互い喜びもひとしおでした。

というわけで、私は大学に入ってから人生が180度かわってしまいました。好き放題やったぶんリスクも苦労もありましたが、素晴らしい仲間とともに刺激に満ちた日々を過ごすことができたので、我が青春に一片の悔いなしです。もっとも、神大での仕事もめちゃくちゃやりがいがあって、今でもワクワクが止まらない日々ですから、私の「青春」はまだ終わっていないのかもしれません。いつまでたっても精神年齢が幼いままなのでしょうね(笑)。ついでに言うと、私の人生を狂わせたMも、いまは別の大学で哲学科の教授をしています。
さて、最初に「良い子は決して真似してはいけません」と書きました。あなたは、「良い子」になりたいですか?
私はあなたの人生に責任はとれません。でも、もし「平山先生の文章を読んでしまったせいで人生が狂って……面白くなっちゃいました!」という人がいたら、卒業後に私の研究室に遊びにきてください。野毛の居酒屋で一杯おごりますよ。ただし、先着10名様まで。(※こちらは既に終了しております。)

それでは、あとはどうぞあなたのお好きなように!Bon voyage

『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。

この文章は2021年度版『学問への誘い—大学で何を学ぶか―』の冊子にて掲載したものをNOTE版にて再掲載したものです。