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ヨーロッパの街角から考える事|久宗周二

久宗周二
工学部教授・社会行動工学

人は旅に憧れる。旅では、いろいろな新しい発見や体験ができる。そればかりか、日常から離れることによって、普段の自分の生活や考え方を見直す機会になる。

ましてや、海外に行くと普段当たり前と思っている習慣や、考え方を見直す機会になる。物事を測る時には、外から物差しを当てないとわからない。海外に行って、少しだけ日本を外から見るだけでも、そのような機会になると思う。学生時代はひと月単位でヨーロッパやアメリカを回った。その時のいろいろな体験や出会いが、今の自分に生きていると思う。さすがに、仕事につくと長期間旅行に行く時間は無くなったが、学会や調査などで少しでも時間があれば街歩きをしながら、その国の人々の行動を観察している。

2019年6月に2年に1度のInternational Maritime Health Symposium(国際海上
医学会)が、ドイツ、ハンブルグ市で四日間開催された。私は学会で2つの研究発表と、2つの座長を務めた。世界中から船医や研究者が300人参加して、140題の発表があった。ホテルから学会への行き帰りなどで人々の行動を観察した。硬い話はさておき、ハンブルグの街角で気がついたものを綴っていく。ドイツは真面目な国民性から日本人と似ているといわれるが、やはり大きな違いもあった。いろいろな場面で、大人としての自覚と責任が問われている気がした。

まず、街の玄関口はハンブルグ中央駅である。そのプラットホームを歩いていると、何台も自転車を押した人とすれ違った。そう、ここでは郊外電車には日本のように分解しなくても、気軽に自転車を乗せることができる。混んだホームで自転車は歩きづらいと思ったが、自転車を押す方も、よける方も気を付けていて慣れていた。

また、日本と違い改札機がない。ヨーロッパや世界の国々で導入されている信用乗車方式であった。自分で切符を買って乗車して、使ったら自分で破棄する。自己責任で電車に乗る。時々車内を検札チームが回ってきて、無賃乗車や不正乗車があった場合は、高額な罰金を取られる、切符を買うかどうかは自己判断で、高額な罰金をとられても自分の責任である。

市内の地下鉄の一部区間が工事のために運行停止になっていた。ハンブルグでは入り口以外に案内掲示はないし、それも路線図の該当部分に×がついているだけ。駅員の誘導はない。代行するバスは普通の路線バスで、自分でバス停を探して乗らなければならない。日本ではあちらこちらに掲示があり、駅の構内放送や駅員の誘導もある。聞けば教えてくれると思うが、係員による案内はない。

ハンブルグの市営バスにも乗った。私が乗っていたバスに、ハンブルグ中央駅からおばあさん、車いすのおじいさん、子ども夫婦とベビーカーの赤ちゃんの五人家族が乗ってきた。車いすのスペースに車いすとベビーカーが乗ったが、日本のように固定せずにおじいさんは手すりを握っていて、おばあさんが支えていた。バス停に着いた時に折り畳み式スロープを出して、ベビーカーと車椅子を降ろしたが、スロープを出したのは運転手ではなく、おばあさんであった。使ったスロープをおばあさんが畳んで、畳み終わったら運転手さんに手を挙げて合図をした。

1人で乗る時は運転手さんが出すと思うが、介助者が自分でスロープを出せるならば、そちらの方がスムーズに、短時間できる。日本のように運転者が必ずやらなくてもよいようである。できることは自分でやる、自己判断を重視しているようである。

ハンブルグではダイアログ・イン・ザ・ダークという博物館のイベントに参加した。真っ暗なホールの何も見えない中で、道を歩いたり、階段を上ったり、飲み物を飲んだり視覚障がい者の体験をするイベントである。東京でも開催されているが、ここハンブルグが発祥である。数人のグループで体験するが、案内役は視覚障がい者の方だった。真っ暗な中でも的確に指示し、案内をした。暗闇の中では心強いパートナーに感じた。また、これが視覚障がい者の就業と自立にもつながっている。一方日本では、現在の世論は国が何とかしてくれないのかということが強く、他力本願的な感じがする。

1週間ドイツでの国際学会に行き、デンマーク、ノルウェー、フィンランド研究者がそれぞれ10人以上参加していろいろ議論をした。日本からの参加者は私一人だった。船員の労働安全衛生というマニアな分野であったが「我々はこうしなければならない」、「私はこうしたい」と自力でやる意識を感じた。デンマークにある世界最大級の船会社マークスラインの船長はすべてデンマーク人とも話を聞いた。自分で考えることの意識の違いを感じた。
デンマーク、ノルウェー、フィンランドは人口が500万人程度の国で、日本で比べると東京都の人口の半分以下、横浜市+川崎市のくらいである。それでも産業を作り、国を維持している。日本の人口減についても、単に働き手が少なくなると考えるよりも、一人一人が何ができるかと自立への意識の変化が必要と感じた。

ハンブルグまでヘルシンキ経由のフィンエアーを使ったが、どの便もフィンランド人乗組員がきびきび働いていた。自分たちの技術や生活を維持するために、自分はどうしたらよいだろうか。自分で考えて、自分で責任を持って行動する。帰国して、日本の街中を見ると、歩行者は道に並んで歩いて、車が来てもどかない。歩きながらスマートフォンをいじって、人にぶつかっていたりするなど、自分がしっかりと考えて行動をしているのか疑問を感じる。2018年の流行語の「ボーっと生きてんじゃねえよ!」と、誰かに怒られそうである。グローバルの社会では、自分で考え、判断していくことが必要かもしれない。

久宗周二
工学部教授・社会行動工学

『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。

この文章は2020年度版『学問への誘い—大学で何を学ぶか―』の冊子にて掲載したものをNOTE版にて再掲載したものです。