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事例を通じてマーケティング「論」を学ぶ

藤井誠
経済学部・マーケティング論

 大学教員という仕事柄、入試で高校生に面接を行う、あるいはゼミ選考の一環として面接を行うことがあります。その際、よく聞かれるのは、「マーケティングは身近な学問なので、楽しい」、「マーケティングは社会に出て役に立つので、大学で(ゼミで)実践的に学びたい」といった言葉です(忖度している?)。皆さんが興味を持ってくれていることは嬉しく思いますし、私も大学入学時に皆さんと同じような思いを持ち、それが今に続いているのかもしれません。ただ、1人の教員として若干気になってしまうのは、皆さんはマーケティングを学ぶ、ひいては大学で学ぶということをどのように考えているのだろうか、ということです。

 冒頭の発言から察するに、もしかすると皆さんは、「理論=抽象的で役に立たない」、「事例=わかりやすくて役に立つ」、といった考えを心のどこかで抱いているのではないでしょうか(仮にこれが正しければ、大学では理論を中心に学ぶ以上、皆さんは役に立たないことを学びに大学に入学することになってしまいます)。しかしながら、このような考えは誤っています。理論は抽象化されているからこそ、個別具体的な業界や企業に留まらず、一般的に適用できるため、役に立つのです。また、一橋大学の楠木建氏は、抽象と具体の往復運動を繰り返すという思考様式を身につけることが実践的で役に立つということであり、「地アタマの良い」ということだと述べています(あー、頭良くなりたい笑)。


 もちろん、私は皆さんに理論だけの頭でっかちになってほしいと主張している訳ではありません。また、抽象的な概念や理論をそのまま理解することは困難です。そこで各教員は、理論に即した具体的な事例を適宜挙げることで、皆さんの理解を促そうと試みます。とはいえ、限られた講義時間の中でどれほど事例に触れたとしても、それはマーケティングを「わかった」ことにはなりません。「わかった」と「わかったつもり」の間には、大きな隔たりがあります。しかし、とりわけマーケティングという講義は、上述したように、皆さんにとって身近な例が出てくることから、「わかったつもり」に陥りやすいことに注意が必要です。ここで皆さんにお伝えしたいのは、マーケティングを学ぶということは、事例自体を学ぶことではなく、事例を通じてマーケティング「理論」を学ぶということだということです(もちろん、試験で良い点数を取ることでもありません)。


 では、どうすれば「わかったつもり」に陥っていないかを判断できるのでしょうか。ここでは、1つの簡便な判断方法として、別の何かに例えてみるという方法を紹介しておきます。例えば、ある先生は、「マーケティングは恋愛や!」と講義で学生に語ったという逸話を伺ったことがあります(注:私ではありません笑)。マーケティングは企業と市場の関係性について扱う学問である一方、恋愛はパートナー同士の関係性についての出来事なので、一見すると何の関係があるのか?と思ってしまうかもしれません。しかし、実は、マーケティングも恋愛も「自分の意のままにならない他者」を相手にしているという点で共通点を見出すことができます(いくら好きだとしても、悲しいかな、自分の好きな芸能人と付き合えないのはよくわかるはずです)。


 以上の例からわかるように、別の何かに例えるためには、物事の本質を的確に捉え、一見すると無関係なものの中に共通点を見出すことが必要となります。したがって、別の何かに例えられるかどうかは、講義内容を理解しているかどうかの指標となりえます。また、ご家族や友人に対し、今日学んだ内容や理論について、「要するに、〜」と一言で説明できるかどうかというのも、講義内容を理解しているかどうかの有効な指標と言えます(ただし、教員の説明をそのまま喋るのではなく、自分の言葉で伝えられるかどうかが重要です)。自分が説明できないマーケティング理論を、実践において使える(役立てられる)とは考えにくいですよね。


 ここまで読んで、マーケティングを学ぶのは大変なことなのだろうか?と思ってしまった方がいるかもしれません。このような疑問に対し、マーケティングの世界的権威であるフィリップ・コトラーは、次のように述べています。「良い知らせは、(マーケティングは)1日あれば学ぶことができるということ。悪い知らせは、(マーケティングを)使いこなすには一生かかるということだ」(()は筆者による補足)。しかし、それと同時に、コトラーは続けてこうも述べています。「新しいことを学ぶことほど、喜びをもたらしてくれるものはない」。


 90歳を超えたコトラーですら、未だに学び続けています。私も皆さんも「わかったつもり」に陥らないよう、共にマーケティングを学び続けていきましょう。

藤井誠
経済学部・マーケティング論

『学問への誘い』は神奈川大学に入学された新入生に向けて、大学と学問の魅力を伝えるために各学部の先生方に執筆して頂いています。