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寅さん映画を語る

 寅さん映画として知られる「男はつらいよ」シリーズ。お正月とお盆の時期に公開されて季節の風物詩とまでいわれた国民的映画であった。
 渥美清が演じるテキヤの車寅次郎、妹さくら(倍賞千恵子)、旦那の博(前田吟)、印刷工場のタコ社長(太宰久雄)、御前様(笠智衆)などの面々、旅先で出会い恋に落ちてしまうマドンナたちが繰り広げる、笑いあり涙ありのストーリーが毎回楽しめた。山田洋次監督。
 私は寅さん映画が大好きで、ビデオを買って繰り返し見たものだ。今は、寅さんが持っているようなカバンを模したケースに48作のDVDが収められたセットを大切にしている。再放送を鑑賞することもある。
 私のお気に入りの作品は、何といっても第17作『寅次郎夕焼け小焼け』だ。太地喜和子が兵庫県竜野の芸者を演じている。この作品でカギを握っているのが、有名な絵描きを演じた宇野重吉である。
 寅さんは権威と絡ませると面白い。ルンペンみたいな恰好をして宇野は居酒屋で飲んでいる。宇野は無銭飲食で警察に突き出されそうになるが、寅さんが面倒をみてやるのだ。途中は略するーネタバレになるから。
 そして、宇野の正体が明らかになる。寅さんは旅先の竜野で宇野演じる大物画家と遭遇し、一緒に視察や接待につきあう。有名画家だって普通につきあう自然体の寅さん。それに対し、役人たちはぺこぺこ頭を下げる。


 太地喜和子の気っ風のよさが気持ちいい。他のマドンナでは、浅丘ルリ子が演じる売れない歌手リリーも気が強い自立した女だ。流れ者同士、喧嘩はしても、二人の相性がよくて、どこかで通じ合っている。
 リリーがマドンナを務めた第25作『寅次郎ハイビスカスの花』や第15作『寅次郎相合い傘』もいい。マドンナがいしだあゆみの第29作『寅次郎あじさいの恋』は哀しいけれど、いい作品だと思う。
 第15作だったと思うが、真夜中にリリーが酔っ払って柴又の寅さんの家の戸を叩く場面があった。寅さんは道理を説いたー「ここは堅気の家だ。夜は静かにしないといけないよ」と。リリーは泣いて出ていく。
 そのあとで、リリーが雨が降りしきる中、駅の方にいることを知った寅さんは傘を片手に出ていく。寅さんとリリーの相合い傘の場面にほろりとさせられたのを思い出す。二人は心の底で通じていたのだ。


 いしだあゆみが出ている作品でも寅さんと権威が絡む痛快さがある。この作品では片岡仁左衛門演じる有名陶芸家がその権威である。寅さんは有名な人だろうが乞食だろうとあまり関係ないのだ。国宝級の茶碗をくるくると回す。弟子が大騒ぎするー「割れたらどうするんですか!」。
 寅さん曰く「商売の接着ボンドがあるからくっつければいいよ」。それを聞いて陶芸家はいう「そうそう、焼き物なんていつかは割れるもんだ」。弟子を通り越して、寅さんと大先生の意見は一致(!?)。
 渥美清が病気を患ってからだろうか、博とさくらの息子・満男が準主役を務めるようになった。寅さんは恋をするものの、満男の恋が同時並行で描かれるようになるのだ。満男の恋のお相手は後藤久美子らだった。
 ちょっと残念だったのは、寅さんがかつてのようなハチャメチャぶりを発揮するのでなく、満男に道理を説いたりするところだった。しかし、振り返れば、第1作からしばらくは寅次郎はまるで馬鹿丸出しだった。
 シリーズ中一番ヒットしたのは第30作『花も嵐も寅次郎』だという。沢田研二と田中裕子がこれをきっかけに結婚することになる。結婚といえば、第37作『幸福の青い鳥』で共演した長渕剛と志穂美悦子もそうだった。


 ほとんどの作品で監督を務めたのが山田洋次だ。山田監督は失われつつある日本の自然、お祭りなどを、それこそ手で握った砂が指の間からこぼれ落ちそうになるのを一生懸命握っていようとするかのごとく、寅さん映画にそれらを意図して記録しておこうとしたのではないか。
 寅さん映画はかつて日本航空(JAL)の国際線の機内で上映された。英語の字幕を担当したアメリカ人に話を聞いたことがある。彼が言うには「寅さん映画ってよく日本的だっていわれるけれど、インターナショナルですよ。だって恋愛、家族愛なんてのは万国共通なのですから」。
 ちなみに英語のタイトルは「It's tough being a man」。つまり、「男はつらいよ」。これはネイティブでなければ思いつかない。特にキモは「being」の使い方で、あまりに絶品。  
 
 

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