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トーク@ジョージア映画祭

 先月末に東京・渋谷のユーロスペースで始まったジョージア映画祭2024もいよいよ大詰めとなっているが、2024年9月29日(日)にティムラズ・レジャバ駐日ジョージア大使、俳優の山口智子さん、同映画祭主宰のはらだたけひでさんによるトークイベントが行われた。
 山口さんは、ジョージアでスプラ(宴会)、ポリフォニー(多声音楽)を取材し、映像作品「LISTEN、ジョージア版”UNITY結束”」を制作した。
 はらださんは絵本作家だが、岩波ホール勤務時代に映画「ピロスマニ」に出会ってジョージア映画に心を奪われるようになった。著書に「ジョージア映画全史」や「グルジア映画への旅」がある。
 まずは、その映像作品「LISTEN」の上映があった。
 映画の冒頭にこんな言葉が英語で出てくるー「千年後の未来へのタイムカプセルにあなたは何を入れますか」と。
 そう、答えはその作品なのだ。
 映画はスプラと呼ばれるジョージア風宴会と多声音楽ポリフォニーから成る。冒頭と最後は教会内での美しいポリフォニーだ。

スプラで歌う男たちの様子(「LISTEN」より)


 トークイベントはまず、はらださんの話から始まった。
 「昨日客席でLISTENを観たのですが、とてもぜいたくで至福のひとときを過ごしました。本当に素敵な作品を作っていただいた」。
 はらださんによると、ジョージアは歴史がある国ですが、コーカサスの南に位置して面積は北海道の8割くらい、そこに370万人が暮らしている。
 「歴史的にだいたい20ぐらいの地方に分かれていて、それぞれに特徴がある民謡が生まれました。それらは結婚、労働などありとあらゆるものに関して作られたのです。それによってジョージアの古代からの知恵が伝承されてきました」とはらださんはいう。
 「ジョージアワールドに恋に落ちちゃった」やまぐちさんは「宴会で男たちが歌を歌いながら自然に肩を組んでゆく、それを見る度に涙がちょちょぎれちゃうんです」と話す。
 山口さんは映画祭が始まってから知って、それからは一日4本観ることもあるくらいで、一日中いるのでカートに座布団などを入れて通っているというくらいだ。

地球外生命体に届けたいLISTEN
 なぜLISTENという作品を制作したのか?
 山口さんは「世界を体感しようということなんです。そして本当の目的とは(世界各地に残る歌は)地球の宝だと思ったから地球外生命体に届けたいと思ったことなんです」という。
 「この映像自体が宇宙の果てまで届けたいタイムカプセルなのです。地球の輝きや命の輝きを聞く、つまりLISTENという思いのもとにこのプロジェクトを立ち上げました」。
 山口さんは「ジョージアを知りたいならスプラ(宴会)を知れ」と言われたという。そこでまず首都トビリシの小さなスプラに参加したら「それにメロメロですよ」と回想する。

首都トビリシのルスタヴェリ通り(昨年10月に筆者撮影)


 ここではらださんと山口さんにレジャバ駐日ジョージア大使が加わった。
 レジャバ大使は5年間外交官をやっているが、うち約3年、大使を務めている。「私はジョージアの合唱と宴会を特に誇りに思っています」。

ワインとともに発展した多声合唱
 ジョージアのワインは8000年の歴史がありますが、合唱もワインと対になって発展してきたという。「無形文化である合唱はワインから1000年ほど遅れての発展だったようです」。
 ギリシアの記録によると、紀元前5世紀には村同士が戦争する前に合唱で闘っていたといいいますとレジャバ大使。
 ここではらださんは初めてジョージアを訪れた時の話をした。初めて行ったのは1981年のことで、はらださんが一番感動したのはポリフォニーと呼ばれる合唱だった。
 「前もって(誰がどう歌うか)決めているわけではないのに、一人が声を出すとみんなが音を重ねてゆく。多声合唱です」。

首都トビリシのメテヒ教会(昨年10月に筆者撮影)


 LISTENが撮影されたのは黒海沿岸のグリアという所だが、「グリアでは小さい時から自分のパートをしっかり歌うことがまず一つ、もう一つは人の声をよく聞くということが大切なのだそうです」とはらださん。
 「ポリフォニーはジョージア人の精神のベースであり、ジョージアの生活すべての基本なのです」。
 山口さんはいう「社会の一員として歌えるということは大人として認められるということではないでしょうか。いろいろと世界を回って来て、だいたい男のたしなみって歌を歌えることで、キーポイントは人の声を聞くってこと。社会を成り立たせるには大事らしいんですよ」。

ジョージアのスプラと日本の茶道
 はらださんが解説するには、グリア地方のスプラの途中で必ず行われる「平和のための乾杯」というのは、ソビエト時代に宗教が基本的に禁止されていたので、本当は神への乾杯だったのでしょうが、そこを平和への乾杯として、それがグリアから全国に広がったという。
 レジャバ大使は「ジョージア人は普段は個人主義でも、危機的な状況に対してチームプレーが上手くなる。苛酷な歴史があったことによって自分たちのアイデンティティ―が出来たのではないかと思います」と話す。

スプラの様子(イメージ写真)


 ポリフォニーで歌われているのはだいたいが労働歌だったり恋愛だったりで「日本の短歌と似ています」とレジャバ大使。
 また、スプラという宴会は「日本の茶道と通ずるものがある」という。
 「茶道もスプラもこだわった儀式がある。茶道はお偉いさんがやるものですが、そうでない人にも互いに敬意を示すというように同じ身分だという精神があるのです」。
 「スプラも一旦席につけば平等という価値観があります。席に出ている人の調和そして一期一会という気持ちなのです」。
 スプラにはタマダという進行役がいて、宴の時々で挨拶および乾杯の音頭を繰り返して座を進めていく大切な役割だ。
 レジャバ大使は「スプラもいろいろな文化の結晶で、茶道もいろいろな要素が集まっている。そしていずれも、何よりもおもてなしの気持ちがこもっていることなのです」という。
 はらださんは「本当に客人を大事にしてくれます」と話す。

死者も未来の人も同席するスプラ
 そしてとりわけ感動したのは「スプラでは途中、必ず死者や先祖に対しての乾杯があること」だそうだ。
 「ジョージアでは必ずタマダが乾杯を亡くなった人や先祖に対してするんです。その後にはこれから生まれる命に対する乾杯が必ずあります。スプラでは時間の壁を取っ払って、そこには永遠の時間があって、死者も未来の人も同席している。ただの宴会ではないのです」。
 山口さんはスプラを「かけがえのない今を慈しむ祝宴」と表現する。
 レジャバ大使は「ツティソペリ」という言葉を紹介。これは直訳すると「一分の村」という意味だが、人生のことを言っているのだという。
 「このはかない世の中を表現している言葉で、そういう思いがジョージアの社会の中で、またスプラの中で感じられると思うのです」。
 「はかないからこそ、巡り合う人を大切にしようとか、愛情をもって接しようとか、そういうフィロソフィーが皆で共有されているのです」。
 最後に質疑応答があった。
 その中で山口さんが映画祭でこれまでに観た作品で特に気に入っているのはとの質問があった。それに対して山口さんは「青い山」「奇人たち」「奇妙な展覧会」「ピロスマニ」「祈り」「希望の樹」を挙げた。

 
 
 

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