見出し画像

映画「ちょっと北朝鮮まで」

 「近くて遠い国」と長いこと言われてきた。確かに隣国だが、その国の建国から75年経ったものの日本とは国交がない。そして最近は「憎むべき国」、もっといえば「仮想敵国」になってしまっているようだ。
 そう、その国とは北朝鮮である。「地上の楽園」だと信じて、日本から北朝鮮へと向かった人たちがいた。1959年から84年にかけて行われた在日朝鮮人とその家族による北朝鮮への集団移住、通称「帰国事業」である。

北朝鮮の躍進ぶりを伝える日本の新聞
歓迎される帰国者たち


 日朝両政府のそれぞれの思惑から始められて、9万3000人以上が参加した。送り出された「帰国者」の中には日本人の妻、約1800人が含まれていた。子どもを含めると日本国籍保有者はおよそ6600人だった。
 当時、韓国が独裁国家として批判される一方で、北朝鮮は社会主義経済のもとで重工業化路線が成功し躍進していると信じられていた。しかし、「帰国者」たちを待ち受けていた現実は違っていた。
 97年から2001年に行われた、北朝鮮に渡った人たちの「里帰り事業」も、日本国内での北朝鮮への反発が高まり、実施が困難になった。その後、両政府間の対立が続き、そうした人々は忘れ去られてしまった。
 特に2002年の日朝首脳会談で最高指導者の金正日氏が日本人拉致を認めると、日本国内で北朝鮮への反発が高まった。さらに北朝鮮がミサイル発射を繰り返し、核実験を強行すると敵対感情さえ生まれていった。

カメラを制する北朝鮮のキャビンアテンダント

 北朝鮮に渡った日本人妻と家族を取り上げたドキュメンタリー映画「ちょっと北朝鮮まで行ってくるけん。」(2021年/日本/115分)が2023年9月2日(土)から8日(金)までポレポレ東中野でリバイバル上映される。
 自主上映会の申し込みも受け付け中だ。問い合わせは日本電波ニュース社まで。メールアドレスは info@ndn-news.co.jp。電話は 03-5765-6810(代表)、ファックスは 03-5765-0540。
 この世界一取材制限の厳しい国を舞台にした異色のドキュメンタリーの監督は島田陽磨(しまだ・ようま)。助監督・ビジュアル作成を担当したのは鈴木響(すずき・ひびき)。企画協力・撮影は伊藤孝司(いとう・たかし)。
 熊本県で訪問介護の仕事をしている林恵子(はやし・けいこ)、67歳。一見平穏な日々を送っている彼女には、家族や親しい友人にも話せなかった秘密があった。それは実の姉が北朝鮮で暮らしているということだった。

林恵子さん(右)
姉・愛子さん(左)

 20歳上の姉、愛子(あいこ)は1960年に、在日朝鮮j人の夫とともに北朝鮮に渡っていった。愛子の渡航後、北朝鮮から山のように送られて来た手紙に書かれていたのは送金や物品送付の催促ばかりだった。
 憧れの存在だった姉の変貌ぶりに恵子はやがて落胆し、反発した。その後、日朝関係が悪化し、姉妹は一度も会うことがないまま、音信不通の状態に。別れてから58年の歳月が流れていた。
 そんなある時、姉の消息が知らされる。人生の残り時間が少なくなる中、姉への思いが再び頭をもたげてきた恵子。「拉致されたらどうするんだ」という子どもたちの反対を押し切って、恵子は北朝鮮行きを決意した。

北朝鮮の街中の様子


 「謎の隣国」で目にした未知の世界。58年ぶりの再会を遂げる。ほかの日本人妻たちにも会い、恵子は今後の交流を約束した。しかし、日本に帰国後、直面したのは「どうせ全部やらせ」「だまされたのでは」という周囲の反応だった。自分の見てきたものはいったい何だったのか?
 わずかな情報を頼りに北朝鮮で会った日本人妻の日本の親族たちを恵子は訪ね歩いた。そこで見たのは予想外の厳しい現実だった。圧倒的な国内世論に押されて北朝鮮へ行った彼女たちに、今SNS上で投げかけられているのは「自己責任」という言葉だ。半世紀以上にわたり、政治や時代の空気に翻弄されてきた家族たちの姿を描いたのが映画だ。
 ジャーナリストの金平茂紀さんはコメントした「「あの国」への憎悪の原点を考えるためにー 「あんな連中、帰ってくれた方がありがたい」。右も左もなく国策として遂行された「あの国」への帰国事業は一体何だったのか。運命に翻弄された日本人女性のその顔には深い皺が刻まれていた」。
 「家族の再会を阻む国と国との敵対関係を超えるヒューマニズムの視点を、僕らはいつから放りだしたのだろうか」。

既存のイメージに基づいた報道ばかり
 島田監督は1975年埼玉県生まれ。早稲田大学の探検部在籍時にペルーのアマゾン河で起きた部員殺人事件の足跡調査を行った際、取材を受けたことをきっかけに日本電波ニュース社に入社した。テレビディレクターとして2003年のイラク戦争でのレポートなど国内外の報道のほか、NHKなどのドキュメンタリー作品を数多く手掛ける。
 「一つの戦争・翻弄された日本兵と家族たち」(2015年朝日放送)で坂田記念ジャーナリズム賞。「ベトナム戦争 40年目の真実」(同)でニューヨークフェスティバル ワールドベストテレビ&フィルム入賞などがある。
 島田監督はいう。「ミサイル発射と軍事パレード、それを眺めながら笑みを浮かべる金正恩総書記。日本のストレートニュースでは、ほぼこの3つしかない。しかし、この3点セットばかりに、われわれの北朝鮮観は大きく縛られすぎていたのではないか。次第にそう感じるようになった」。
 島田監督は2003年に開戦前夜を取材したイラクと北朝鮮との共通項を見る。「そこで暮らす人間の顔が見えないまま、既存のイメージに基づいた報道ばかりが先行し、気がついた時には「危ない国だからやっちまえ」といった空気が醸成されていった点だ」。
 「もちろん北朝鮮で取材できることなどほんの一部にすぎない。毎回、向こうが「見せたいもの」とこちらが「見たいもの」の隔たりに戸惑い、現場で突っ込んだ質問やリクエストをしてはその都度、注意される。特殊な国であることは確かだ」。
 「日本人妻への関心は、決して高くない。しかし、みんなで揚々と神輿を担いでおきながら、いつの間にか、いったい何を担いでいたのすら忘れてしまう、そんなことばかり繰り返していれば、いつか自分自身もあっさりと切り捨てられてしまうのではないか、そんな考えがしばしば頭をよぎる」。
 「個々の人生が政治や時代状況によって翻弄される。それは今まさに起きていることだ。そうした意味でも、日本人妻の問題は普遍的なテーマではないだろうか」。
 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?