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Interview by KUVIZM #10 小森雅仁(レコーディング・ミキシングエンジニア)

ビートメイカーのKUVIZMが、アーティスト、ビートメイカー、エンジニア、ライター、MV監督、カメラマン、デザイナー、レーベル関係者にインタビューをする"Interview by KUVIZM"。

第10回は、ミキシング/レコーディングエンジニア小森雅仁氏にインタビューをおこないました。

【小森雅仁 プロフィール】
1985年2月生まれ。バーディハウスを経てフリーランスのレコーディングエンジニアに。
米津玄師、Yaffle、小袋成彬、Official髭男dism、藤井風、TENDRE、iri、AAAMYYY、KIRINJIといったアーティストのミックスを手がけるほか、宇多田ヒカルの作品ではボーカルレコーディングを担当している。
公式Twitterアカウント:https://twitter.com/mkmix4
公式サイト:https://masahitokomori.com/

ミキシングとは:歌や楽器などの録音された複数の音を、音量や音色、バランスなどを調整する作業。

KUVIZM:
今回のインタビューでは、普段小森さんが手掛けていらっしゃる音楽のリスナーさんや、これからレコーディング・ミキシング(音響)エンジニアを目指す人に小森さんのお仕事やエンジニアの役割、人となりを知っていただけるような内容にできたらと思います。

文章量の多いインタビューのため、目次をご活用ください。

-学生時代

KUVIZM:
ご出身はどちらですか?

小森:
愛知県です。

KUVIZM:
どんなご家庭でしたか?親御さんも音楽のお仕事をなさっていたのでしょうか?

小森:
本当に一般的な家庭です。両親の仕事は音楽とは全く関係がありませんが、父親が音楽を聴くのが好きで、家でビートルズ、カーペンターズ、エルトン・ジョンやイーグルス、あとはJ-popも流れていました。

KUVIZM:
なるほど。小森少年はどのようにして音楽に興味を持っていったのでしょうか?

小森:
何か決定的なきっかけがあったっという風には記憶していないのですが、小学校3年ぐらいから自分で選んで音楽を聴くようになりました。
当時はレンタルCDでしたね。
その前は親が流している音楽を受動的に聴いているだけだったのですが。
中学校に入ってから、友達がギターやドラム、ベースを初めて、僕もギターを始めました。

KUVIZM:
ギターを始めて、バンドもやられたのですか?

小森:
ちゃんと自分たちで曲を作ってライブやるとかそういうのではありませんが、友達とリハーサルスタジオに入って演奏するような感じですね。
ただ、本当に田舎で町内にリハーサルスタジオが無かったので、普段は家で練習するか友達のところ行って一緒に弾くかでしたね。

KUVIZM:
高校進学後もそのような感じでしょうか?

小森:
高校に入ってからは部活でやっていたサッカーの比重が大きくなってしまったのですが、ギターも続けていました。
MTR(マルチトラックレコーダー)も手に入れたので、自分の演奏を録音して遊んだり。
所有していたギターのマルチエフェクターにリズムボックスがついていたので、リズムのパターンを選んで録音して、その上にベースやギターを重ねて、みたいな感じです。
あとは友達の影響でレコードプレーヤーも手に入れたので少しずつレコード買ったりしていました。

KUVIZM:
高校はサッカーの強豪校だったのでしょうか?

小森:
全国大会常連とかではなかったのですが、授業の前に朝練があって、授業後にも練習があるので自然と部活の比重が大きくなってしまいましたね。

KUVIZM:
そのあと専門学校にご進学なさりますが、専門学校は音響系ですよね。

小森:
そうですね。

-音響の専門学校時代

KUVIZM:
どうしてその進路を選んだのですか?

小森:
一応進学校だったので、周りの友達はみんな大学に進学したのですが、僕は大学を出たところで何がやりたいか全然決まっていなかったですし、音楽を聴くのも弾くのも好きでMTRなどで録音もしていたのでこの仕事に興味が湧いたんだと思います。
なんか他人事みたいなんですが、この道を志した瞬間とかきっかけをはっきり覚えていないんですよね。

KUVIZM:
なるほど。専門学校も愛知県だったのでしょうか?

小森:
いえ、東京の学校です。

KUVIZM:
専門学校は、行ってよかったですか?

小森:
僕は今こうしてエンジニアの仕事が出来ているので結果的に行ってよかったという事になりますが、人に勧めるかと言われたらどうでしょうね…(笑)
こんなことを言うと母校とか進学させてくれた両親に怒られそうですが…(笑)
エンジニアを目指している若い子から連絡を貰ったりするんですよ。
どうやったらエンジニアになれるかとか、専門学校に行った方がいいのかとか。
「絶対に専門学校に行きたい!」という子に反対はしませんが、自分があの頃に戻れるなら大学に行きたいですね。レコーディングエンジニアになるにしても。

-スタジオでのアルバイト

小森:
2年制の専門学校に入ったのですが、1年生が終わったときにスタジオでアルバイトする事になりました。どっちか受かればと思って2件面接を受けたら2件とも通って掛け持ちでスタジオのアルバイトをすることになったんです。

KUVIZM:
それはレコーディングスタジオですか?

小森:
そうです。1年生のころは居酒屋のバイトと、ライブハウスでステージ周りのバイトをやっていましたが、スタジオのバイトが決まった時にライブハウスは辞めました。
で、2つのスタジオに相談したらどちらも「掛け持ちでいいよ」って言ってくれたのですが、そうすると学校に行く時間がなくなっちゃったんです。
スタジオのバイトは片方は日当が出たんですが、もう片方は交通費のみ支給で日当無しの「勉強させてあげる」みたいな感じだったので、生活費を稼ぐために居酒屋のバイトも続けなきゃいけなくて…
でも学校としては「学校に来るより現場に行っていた方が絶対勉強になるからスタジオ行ってこい」ってことで、2年生になってからはほとんど学校に行かず、2年生の丸1年間公欠みたいな感じになってしまいました。
バイトとはいえ、レコーディングスタジオの営業終了時間なんてその日のお客さん次第なので、よくスタジオに泊まっていましたね。

KUVIZM:
専門学校としては、来なくても単位はあげるよということですよね?

小森:
一応卒業は出来ましたね…。

KUVIZM:
例えば学校に行く意義って色々ありますが、就職先を紹介してもらえる場合もあるっていう部分もあると思うのですが、スタジオのアルバイト先はどのように見つけたのですか?

小森:
学校に来た求人です。
自分で色々調べて他のスタジオにも手あたり次第履歴書を送ってはいたのですが、ほとんど無視されていて、学校に来た求人に応募したら通りました。
そういう意味で僕は結果的に学校に行って良かったです。

KUVIZM:
知識的な部分ではどうですか?専門学校に行って良かったと思いますか?

小森:
もちろん行かないよりは行った方が勉強になりますし、真面目に授業を受けていれば後々役に立つはずです。
ただ、学校でどれだけ学んでいても現場に出てみないと分からない事が沢山あって、結局は「スタジオに入って1から」という感じになりがちなのも現実です。

KUVIZM:
小森さんみたいに活躍しているエンジニアになれるのはきっと本当に一握りですよね?

小森:
どうなんですかね。
ただ、専門学校を卒業してレコーディングスタジオに入る人自体がかなり少ないですね。
僕が行っていた学校に限って言えば同級生でこの仕事をしているのは僕を含めて3人ぐらいですし、途中で学校をやめちゃう人もいましたね。

KUVIZM:
エンジニアではない進路に進んだ人は今何をしているのでしょうかね。

小森:
分からないですね。当時の同級生で今も連絡を取り合うのはエンジニアになった人だけなので。でも音響機器のメーカーに就職した人はいましたね。

KUVIZM:
話は戻りましてスタジオのアルバイトが2つも受かるというのはやはり優秀だからでしょうか?

小森:
たまたまだと思います。
アシスタントエンジニアの募集ではなくて、本当にただの雑用アルバイトの募集だったので。
掃除、電話番やコーヒーを淹れたり出前の片付けしをたりとか。
なので、そんなに面接が厳しかったわけではないです。

KUVIZM:
有名なスタジオだったのでしょうか?

小森:
そうですね、2つとももうクローズしてしまいましたが。

KUVIZM:
専門学校卒業後も2つのスタジオでのアルバイトを続けていくのですか?

小森:
さすがに両方続けていくのは無理だなと思っていました。
両方ともSSLやNeve(レコーディングおよびミキシングで使用される当時業界基準の機材、ミキシングコンソール)があるような大きなスタジオだったのですが、時両方のスタジオに入っていた仕事を比べると、一方はボーカルダビングやミックスダウンの仕事が多く、もう一方はバンドのレコーディングやストリングス等生楽器の仕事が多かったんです。
僕もゆくゆくは生楽器をちゃんと録るれるようになりたかったので、やっぱりそういう仕事がたくさんあるスタジオに入るべきだろうと思って、片方のスタジオを辞めさせてもらって、当時新宿御苑にあったスタジオグリーンバード1本に絞りました。

-アシスタントエンジニア、そしてメインエンジニアへ

小森:
当初グリーンバードではあくまで雑用アルバイトで、アシスタントエンジニアとしての採用はないと言われていたのですが、自分のシフトが入っていない日も自主的にしつこく出勤して(笑)
それを続けているうちにスタジオのエンジニアさん達も少し気にかけてくれるようになって、事務所で何か勉強できるようにと機材のマニュアルを持ってきてくれたり、機材のメンテナンスを見学させてもらえるようになりました。
それからしばらくして1人アシスタントエンジニアが辞めたんです。
ちなみにアシスタントの前にアシアシ(アシスタントのアシスタント)っていう見習いの期間があるのですが、当時アシアシだった先輩がアシスタントに昇格して、アルバイトだった僕がアシアシになることが出来ました。
それまではセッション中のスタジオには絶対に入れなかったのですが、アシアシになってようやくレコーディング現場に立ち合わせてもらえるようになりました。
それが20歳になる直前ですかね。まだ専門学校に在学していました。
アシアシは先輩アシスタントに張り付いて見学、あとはひたすらセッティングと片付けをやる感じですね。
それをしばらく続けていくうちに、比較的易しい仕事からアシスタントを任せてもらえるようになっていきました。
そんな感じで1年ぐらいグリーンバードでやらせていただいて、フルアルバム1枚まるまるアシスタントさせてもらったり、テープレコーディングしたりと貴重な経験をさせてもらいました。
僕としてはそのままグリーンバードで続けて行きたかったのですが、当時3つあったスタジオのうちの1つを映像系の会社に年間貸しすることになったんです。
スタジオが1つ減るので当然アシスタントが一人余りますよね。
マネージャーさんから、申し訳ないけどこのままうちでは雇い続けられないと言われて、代わりに人手不足の他のスタジオを紹介してもらいました。
それがバーディハウスという会社で、当時深刻な人手不足で即戦力のアシスタントを募集していたのですが、僕はまだシビアなお客さんの仕事は任せてもらえない半人前アシスタントだったので面接以外に実地試験を受けることになりました。
スタジオの馴染みのお客さんに「新人のテストの為にスタジオ代無料でいいから何かレコーディングで使ってくれませんか」ってお願いして、ミュージシャンを呼んでレコーディングを実施して、そこで実際にアシスタントをしている様子をハウスエンジニア全員で採点するっていう試験でした(笑)
なんとかそれに受かって、バーディハウスが運営するABS Recordingと文化村スタジオで働くことになりました。
それが専門学校を卒業した少し後なので20歳から21歳になる頃ですね。

KUVIZM:
バーディハウスさんでは、最終的にはメインのエンジニアにもなられるんですよね。

小森:
そうですね。
8年くらい在籍して最初の数年はアシスタントの仕事のみでした。
しばらくして、アシスタントでご一緒していたお客さんから少しずつメインエンジニアの仕事をもらえるようになっていき、そのうちメインとアシスタントの仕事が半々になって、更にメインの仕事の比率が大きくなった時に会社を辞めて独立したという感じです。
POPSの仕事が多かったのですが、映画音楽、CM音楽、音楽の教科書の音源、ライブ録音、ホールからのクラシック生中継など色々な経験をさせてもらいました。

KUVIZM:
アシスタントエンジニアをやられる中で、エンジニアとして必要なテクニックを身につけられたという感じでしょうか?

小森:
はい、色んなエンジニアさんがスタジオにいらっしゃるので、そういう人の仕事を見ながら覚えたりって言う感じですかね。
スタジオのアシスタントエンジニアが実際に何をするのかって想像しづらいと思うので少し説明しますね。
まずお客さんからスタジオに「◯月◯日にドラムとベースとギターとピアノを録ります。録音開始は◯時です。」っていう予約が入って、メインエンジニアさんから「マイクや機材はこれを用意しておいてほしい」というリストが送られてくるので、まずはその通りにマイクや回線を準備しておきます。
ボーカルレコーディングなら準備はすぐに終わりますが、バンドレコーディングや大きい編成のストリングスや管楽器を録る時は回線数もかなり多いので準備に3,4時間かかったりします。
レコーディングが始まったらPro Toolsを操作して、テイクを沢山録るときはテイクの管理をしたり、そのテイクをつなぎ合わせたり、そういうのを全部アシスタントがやります。
あとはレコーディングが終わったら片付けですね。
他にも色々あるのですが大体そんな感じです。

KUVIZM:
メインエンジニアさんは外部の方なのですね。

小森:
社内の先輩がメインエンジニアという場合もあるのですが、基本的には外部の方が多かったです。

KUVIZM:
アシスタントからメインエンジニアに移行していく節目は、「小森さんにお願いしたいな」という感じで増えていくのでしょうか?

小森:
例えばアシスタントとして暫くご一緒させてもらった現場で、いつものメインエンジニアさんのスケジュールが合わない日が出てきた時に「その日だけ代わりに小森くんがメインやってくれない?」みたいな事が多いですね。
あとはデモ音源の録音などで若手に機会が巡ってくることが多いですかね。
一概には言えないのですが、比較的大きなスタジオを使うようなプロジェクトに関しては、「誰かスタジオのハウスエンジニアさんでお願いします」っていう事はあまりなくて、アーティストやプロデューサーから指名して貰えるようになる必要があります。

KUVIZM:
積極的にご自身から営業をかけたというよりも、アシスタントとして徐々に信頼を積み重ねていって、メインエンジニアの仕事を増やしていったという感じでしょうか?

小森:
営業しようにも最初は実績が全くありませんからね。
いくらエンジニア側から「僕めっちゃ良いですよ」って売り込んだって、「じゃあ手がけた作品聴かせてよ」って話じゃないですか。
最初はそこで提出出来る実績がないので、アシスタントの仕事を頑張って、そこからメインエンジニアの仕事をいただくようになって行ったという感じです。

-フリーランスエンジニアとして独立

KUVIZM:
今はフリーランスでご活躍中ですが、フリーランスになる前からお仕事を一緒にしていたアーティストはいますか?

小森:
沢山います。アーティストもそうですし、ディレクター、プロデューサー、アレンジャーなど色んな方にお世話になっています。
スタジオを辞める際はそれをあてに(人間関係を築いた上で)、独立する人が多いと思います。

KUVIZM:
フリーランスになったきっかけは何でしょうか?

小森:
そもそもスタジオに入った時からなるべく早くフリーランスになりたいと思っていました。
音楽のエンジニアに関して言えば、仕事がそれなりにあればフリーの方が実入りが良いですし、自由に動けますしね。
独立する少し前からメインエンジニアの仕事でスケジュールが埋まるようになっていたので「もうそろそろ大丈夫かな」と。
ちょうどその頃、結婚したばかりで新婚旅行に行きたかったので、会社員最後の1ヶ月は、ずっと使わずに貯まっていた有給休暇を全部使って新婚旅行に行き、旅行から戻ってきた日がフリーランスの1日目という感じでした。

KUVIZM:
業界によっては会社を辞めると以前取引していたお客さんから仕事を受けにくくなることもあると聞きますが、エンジニアさんの場合はそういったことはないのでしょうか?

小森:
ほとんどないと思いますね。
大体の場合はアーティスト本人かアレンジャーやプロデューサーが作品の方向性に合わせてエンジニアを選ぶだけなので、所属などは関係ありません。
ちゃんと後任を育てて会社に迷惑がかからない辞め方をすることは大事ですけどね。

-仕事の進め方

KUVIZM:
今現在もレコーディングをやられていますか?

小森:
もちろんです。
自分がミックスする曲はなるべく全部自分で録りたいと思っています。
レコーディングって楽しいですからね。
ただ、今はミックスの割合の方が大きいです。
レコーディングからミックスまでという依頼以外に、ミックスのみの依頼も多いですし、そもそも録りは宅録完結というアーティストもいるのでどうしてもミックスの割合が大きくなってきます。

KUVIZM:
スケジュールが合わなかったり、先方の事情がない限りはなるべくレコーディングからやりたいという感じでしょうか。

小森:
そうですね。
ただ、アーティストの方もレコーディングに関しては気心が知れたエンジニアさんとやりたかったりするので、相手が希望するレコーディングエンジニアがいる場合はそれで問題ないです。

KUVIZM:
小森さんのお仕事は大規模な印象がありますが、どなたを窓口にしてコミュニケーションをとって仕事を進めていくのでしょうか?

小森:
案件によるのですが、依頼の段階で最初に連絡をくださるのはレーベルのディレクターさんや事務所の方ですね。
アーティスト本人が直接連絡をくれることもありますが。
仕事の窓口になっているマネージャーがいるのでお金のことなどはマネージャーにやってもらっています。
レコーディングやミックスが始まってからはアーティストやプロデューサーと直接メールやLINE でやりとりしながら進めることも多いです。

KUVIZM:
ミックスの確認はデータのやりとりが多いのでしょうか?

小森:
スタジオにアーティストが来て立ち合うことも多いです。半々ぐらいですね。

KUVIZM:
(立ち会いの場合は)その場で、ここをこうしてほしい、ああしてほしいみたいなのがあれば、そこで調整するという感じでしょうか。

小森:
そうですね、例えばここのコーラスをもっと上げて欲しいとか。
僕はオンラインでもスタジオ立ち合いでもどちらでもいいのでお客さんに選んでもらっています。

KUVIZM:
オンラインの時はデータだけではなく、Zoom等のオンラインミーティングツールも使用しますか?

小森:
相手が希望するならそれでやりますが、ほとんどの場合はメールですね。
街を歩きながらとか車を運転しながらミックスを確認する人も多いので、よっぽど急ぎでなければオンラインの場合はメールで送ってくださいと言われる事が多いです。

KUVIZM:
小森さんのような方でもミックス確認で修正依頼はあるのでしょうか?

小森:
もちろんあります。
この音を上げて欲しい、下げて欲しい、ここにこういうエフェクトかけて欲しい等々。
あとはこのトラックを別の音色に差し替えたいとか、この音を抜いて代わりにこれを足してほしいみたいなアレンジの変更があったり。

KUVIZM:
修正が多い場合は追加料金でしょうか?

小森:
程度によりますね。
曲の構成が大幅に変わるとか、ビートのパターンや音色自体が丸々差し替えになったり、ボーカルのテイクが気に入らないので全部録り直して送りますみたいな事もあるので、そういう場合は流石に追加料金とか納期を相談しますね。

KUVIZM:
やり直しですからね。

小森:
でも思いついちゃったんだからしょうがないです。
そういうのには極力応えるようにしています。そのためのエンジニアですからね。
ただそれに必要な時間はかけさせてほしいです。

KUVIZM:
ミックスは1日で完成させないそうですが、どのぐらいの日数をかけて完成させますか?

小森:
何日もずっと同じ曲をミックスしていることはないのですが、
ある程度仕上げた後に一回寝てから冷静に聴いたりしたいので必ず日を跨いで作業しています。
数時間で終わる曲もありますが、ボーカルの人数が多かったりトラック数が膨大な曲は作業時間の合計で丸2日くらいかかったりします。
あとはセクションごとにビートやベースの音色がガラリと変わる曲や、生ドラム、生のストリングスや管楽器と打ち込みが共存する曲は時間がかかりますね。
映画音楽などの場合は歌がなかったり曲自体が短かったりするので、1日に何曲もやります。

KUVIZM:
1日で完結させないのは、作業ボリュームというよりも頭をリセットさせる等の面が大きいですか?

小森:
そうですね。
もちろん時間をかければいいというわけではないのですが、少しでも曲の魅力を引き出すために考えたりトライアンドエラー出来る時間の余裕が欲しいんです。
「限られた時間の中でも結果を出すのがプロだろ」という意見もあると思いますが、時間の余裕がないとどうしても短時間で効率よくクライアントOKを貰おうとしちゃったり、クライアントOKがゴールになってしまいがちなんです。
早くOKを貰って次の仕事に取り掛からないといけませんからね。
僕はそういう事はしたくなくて、もちろん完璧ではないけど少なくとも今の自分に出来る事はやり切ったと思える状態でミックスを提出するために時間には余裕を持っていたいですね。
なるべく最初に曲を聴いてからミックスを終えるまで、その曲のことが頭の片隅にある状態で数日間は過ごすようにしています。

KUVIZM:
エフェクトの処理なども、ふとした日常でひらめく瞬間があるのでしょうか?

小森:
ひらめくって言うと大袈裟ですが、たしかに何かアイデアが浮かんだりすることはあります。

KUVIZM:
その意味では今もミックスにおいて新たな発見というか、仕事をする度に「ああこれこういう手もあるか」みたいな引き出しが増えていくような感覚ってありますか?

小森:
それは毎回ありますね。
やってる最中にもありますし、その時はベストを尽くしたと思っていても、リリースされてから聴き直したらやり直したい部分が出てきて、、というのもしょっちゅうあります。
まあ、それを反省点としてまた次に生かそうという感じです。

KUVIZM:
小森さんのお仕事は、米津玄師さん、Official髭男dismさん、藤井風さんなど様々なジャンルの要素を取り入れたり、実験的な要素を多く含んだ音楽が多い印象です。それでいて、音が聞きやすいというか、音が立体的であったりとか、凄いと思うのですが、コツや工夫していることはございますか?

小森:
コツ、、色んなケースがありますが、僕がご一緒しているアーティストやプロデューサーは作品の最終的な音像に明確なビジョンを持っている事が多いので、まずはそれを具現化することですね。
ただ技術面に限って言えば結局は小さな判断の積み重ねだと思うんです。
ちょっとしたフェーダーバランスだったり僅かなイコライジングだったり、一つ一つは大勢に影響がなくてもそれが積み重なって、最終的な質感や仕上がりに大きな影響を与えます。

先程言った通り、時間をかければ良いというわけではありませんが、時間をかけてコツコツやるしかない部分があるのも事実です。
あとは、ある程度進めてみたけど何か上手くいかないという時に、それまでやった作業を全部放棄するという選択肢を常に持つ事も大事だと思います。
もちろんそうなったらキツいですけどね(笑)

KUVIZM:
今のお仕事はアルバム単位でやられる仕事の方が多いですか?

小森:
いえ、アルバムの中の1曲や2曲だけの場合も多いです。

KUVIZM:
オファーから納期ってどのぐらいの期間が多いですか?

小森:
それは本当にまちまちですね。 納期の半年前からオファーをもらえたり、来週やって欲しいと言われたり。

KUVIZM:
早いですね

小森:
平均で言えばミックスの依頼をもらえるのは納期の2~3か月前が多いですね。
それを受けて、いつまでにデータを貰えればいつまでに仕上げますってお返しして進めています。

KUVIZM:
レコーディングをする際は、それこそオーケストラとかもやられるんですか?

小森:
はい、ストリングスとか管楽器とかも。

KUVIZM:
じゃあもうなんでもっていう感じなのですね。

小森:
そうですね。

-インプットについて

KUVIZM:
レコーディングやミックスは日々技術が進歩する業界でもあるかと思うのですが、普段、どのようにして研究や技術の吸収をなさっているのでしょうか?

小森:
日常生活の中でぼーっと音楽を聴いててこういう音いいなって思う時もありますし、スタジオで研究、勉強している時間もありますが、人と一緒に仕事をする中で得るものも大きいですね。
アーティストやプロデューサーからミックスに対するディレクションを受けて、
「なるほど」とか「たしかにこっちの方が良いな」って思ったり。
そういう人たちの感性とかセンスを共有してもらって、ミキサーとして教育してもらってるみたいなところがあります。

なので自分より若い人達と沢山仕事出来ているのはありがたいです。

KUVIZM:
お話を聞いていると、姿勢が謙虚でいらっしゃいますよね。

小森:
アーティストの人はゼロから作品を作りますが、
僕は既にある程度形になっている作品の仕上げの部分で携わっているだけですからね。

KUVIZM:
ちなみに近年のHIP HOPでは決してきれいとは言えない音に意図的に仕上げている作品も散見されますが、そういった作品はどのように思われますか?

小森:
普通にリスナーとして楽しませてもらいつつ、エンジニアとしても刺激をもらっています。
自分も真似したいとかそういうことではなくて、気持ちがこもった作品、気合が入ったモノづくりって伝わるものがあるじゃないですか。
そういう作品を聴くとモチベーションが上がりますね。
例えそれが自分が普段仕事で受けている音楽とかけ離れたサウンドであっても、「自分も頑張ろう」っていう気持ちになります。

-休み、息抜きについて

KUVIZM:
ご多忙そうに見えるのですが、お休みはございますか?

小森:
ちゃんと休むつもりでスケジュールを組んでいるのですが、自分の時間の使い方がヘタクソだったりして、結局休む予定だった日にも仕事してしまうという感じですかね…。
ただ、ちゃんと寝るようにはしています。
ミックスの前日は7時間くらい寝るようにしているのですが、ほぼ毎日ミックスなので毎日たっぷり寝ていることになりますね(笑)
気合いで寝不足を乗り切るみたいな事は自分はやりたくないですね。
自分がアーティストだったら寝不足でフラフラのミキサーに自分の曲を託したくないですから。

KUVIZM:
まとまった休みをとったりということもないですか?

小森:
今は出来ていないんですけど、今後そういう働き方に変えていきたいです。

KUVIZM: 
ご家族が寂しがったりとか。

小森:
そうですね。
アーティストから頼ってもらえるのが嬉しいですし、当然お金も稼がなければいけないので、つい仕事を入れてしまいがちなのですが、今後はもう少し上手に時間を使って土日はちゃんと休むとか、お盆休み、正月休みもとるとかして行きたいです。

KUVIZM:
お休みはなかなかないということですが、息抜きってどのようにとってますか?

小森:
息抜きは結構色々あって、自転車に乗るのが好きなのでスタジオへの移動もいい息抜きになっています。
あとは筋トレしたり、昨年(2022年)から泳ぎに行くようになったり。
それからサッカー観戦、映画、ドラマ、本、漫画などですね。
あとは今は時間がなくて出来ていないんですけど料理とゲームも好きです。
料理が好きで調理のバイトをしていましたし、ゲームは子供の頃から大好きで今もやりたくてしょうがないのですが、時間の溶け方が凄くて仕事に支障が出そうなので手を出さないようにしています(笑)
昔から何かにハマると他の事が考えられなくなるくらい熱中してしまう癖があって。

KUVIZM:
今うかがっただけでもすごくいっぱいあって多趣味でいらっしゃいますよね。

小森:
気持ち的にも寝ている時以外ずっと仕事というのは無理なので、努めてリフレッシュするようにしています。
フリーになって2、3年たったときに思いっきり体を壊しちゃったこともあったので尚更。

KUVIZM:
それは仕事のしすぎによるものですか?

小森:
それが直接の原因ではありませんが、体質とか今より沢山お酒を飲んでいたとか色んな事が重なって腎臓が破れちゃって(笑)
結構大きな手術を受けて全快しましたが、それ以来体のことを大事にするようになりました。
お酒はわざわざスコットランドまで買いに行くくらいウイスキーが好きで毎日飲んでいましたが今はあまり飲まなくなりましたね。
食べる物も気をつけています。

-これからエンジニアを目指す人に向けて

KUVIZM:
これからミキシングエンジニアを目指す人へのアドバイスをいただけないでしょうか。

小森:
エンジニアになるのってそんなに難しくないと思うんですが、自分が尊敬するアーティスト達から指名されながら長く続けていくとなるとやはりハードワークが必要です。
「こんなに細かいこと頑張ったり拘っても誰も気づいてくれないだろうな」と思うことでも、しっかりやっていれば自分が思っている以上に相手に伝わります。
なので真面目にコツコツやるしかないです。
それからネットに転がっているTIPSなどを鵜呑みにし過ぎないように(笑)

KUVIZM:
ご自身で「エンジニアとしてやっていこう」と決めた瞬間はございますか?

小森:
はっきりこの時っていうのは思い出せないですね。
アシスタントエンジニアの頃にやめたいと思ったこともあるのですが、少しずつメインエンジニアの仕事をもらえるようになってから急に仕事が面白くなってモチベーションも上がっていきました。
あまりカッコいい話じゃなくて申し訳ないですが。

KUVIZM: 
続けていくうちに道が開けていったというか。先が明るくなったというか。

小森:
そうですね、最初って自分が出したい音を全く具現化出来ないので、それが悔しくてもっと上達したいっていう気持ちがモチベーションになって、という感じです。

KUVIZM: 
仕事を覚えるのは大変でしたか?

小森:
まあそうですね。
ただそれは機材の使い方を覚えるのが大変とかではなくて、自分の仕事に責任が発生するとか、いわゆる社会人としてやっていく大変さですね。
なのでこの仕事に限った事ではないと思います。

-エンジニアの立ち位置について

KUVIZM:
ミックス等をアーティストがおこなうことも増えていますが、エンジニア専業の方とのすみわけはどのようにお考えでいらっしゃいますか?

小森:
音楽シーンという視点で考えればとても良い事ですよね。
才能はあるけど予算がないって人でも作品をリリース出来るわけですし。
スタジオやエンジニアを使うとお金がかかりますが、宅録やセルフミックスなら納得いくまで時間をかけられますから。
そもそもDTMで音楽を作ってる以上、アレンジとかトラックメイクを始めた時点でミックスも始まっていると思うんです。
皆こだわって音色を選んでエフェクトもかけていたりするわけじゃないですか。
「ここまでがアレンジ」「ここからがミックス」っていう明確な境目はなくて、今は全部がグラデーションみたいに繋がっている制作スタイルが多くて、その中でミックスまで自分でやりたいと思うアーティストがいるのも自然なことだと思います。
じゃあ僕らみたいなエンジニアリングしかしない人はどうするのかって言ったら、それでも「この人にお願いしたい」って思ってもらえるような技術やセンスを磨くしかないですよね。
実際、アーティストによるセルフミックスが既にあって、本人もその質感を気に入っているけどクオリティだけはもっと上げたいという事で依頼を貰う事もあります。そういう時にもしっかり貢献出来るエンジニアでいたいですね。
アーティストは曲によって自分でミックスしたりエンジニアに依頼したり柔軟に使い分けたらいいと思います。

KUVIZM:
音楽業界というか音楽シーン、アーティストに対して、応援する気持ちは強かったりしますか?単純に仕事をして終わりじゃなくて。

小森:
はい、特に自分が携わったアーティストや曲は広くたくさん聞かれて欲しいなって思っています。
才能のある若いアーティスト、ミュージシャンがたくさんいるので、
盛り上がっていってほしいです!

KUVIZM:
インタビューは以上となります。ありがとうございました。

小森:
ありがとうございました。

記事作成協力:ナナシさん

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