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『彦星誘拐』

 私の勤める保育園では、夏休み前に学芸会の行事がある。内容は七夕伝説だ。それぞれ役が決まり、練習を始める。
 一瞬の余所見の隙に、突如子ども達から悲鳴が上がった。白鳥役の子が馬乗りになって、織姫役の子の襟を掴み叫んでいた。
「貴方でしょ、貴方が連れて行ったのでしょう!」
 織姫役の子は大泣きだ。すぐに引き剥がし、幸い双方とも怪我はなかった。その場は副担任に任せ、白鳥役の子を別室に呼び出した。

「どうしてあんなことをしたの?」
「わたしは織女しゅくじょなのです」
「織姫役がやりたかったの?」
「違う。牽牛けんぎゅうを探している」
「彦星役の子はちゃんといるでしょう」
かささぎの一羽がその年の乞巧節きっこうせつに地上に攫った」
「これはお芝居なのよ?」
「……先生、先ほどから幼女が中国神話の用語を出しているのに、疑問に思わないのですね」

 私は思わず笑みが溢れた。連れてきたはいいが地上で見失ってしまった。
 どちらが先に見つけられるかしら。
「私が先に見つけたら、また誘拐しちゃうかも」


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