落語日記 女性落語家の挑戦
代官山落語年末スペシャル 昼席「こみち・粋歌 二人会」produced by 広瀬和生
12月12日収録 12月14日視聴 会場 代官山「晴れたら空に豆撒いて」
落語評論家の広瀬和生氏が、代官山のライブハウスを会場にして開催している落語会。今回は、年末スペシャルとして、昼席は柳亭こみち師匠と三遊亭粋歌さんの二人会、夜席は三遊亭白鳥師匠と林家彦いち師匠の二人会、という昼夜興行。会場での鑑賞には時間が合わなかったので、昼席のみを配信で視聴した。
この日の会は、広瀬氏好みの新作落語の人気者が勢ぞろいという印象がある。そんななか、こみち師匠は古典の改作に挑戦されているので、まったくの新作派ではないが、オリジナリティあふれる落語の演者ということで選ばれたのだろう。
広瀬氏のコメントにもあるが、最近のこみち師匠は古典に女性を積極的に登場させる改作に取り組まれ、その成果は落語ファンにも高く評価され、こみち流改作が落語界に新風を吹き込んでいる。
もう一方の粋歌さんも、女性目線の新作落語のパイオニアとして評価されていて、来春の真打昇進が決まっている。そして、昇進を機に自ら考案した芸名、弁財亭和泉と改名する。そんな独自の道を切り開いている女性落語家の二人会を広瀬氏は企画された。
先日、浅草演芸ホールで主任興行を終えたこみち師匠。その主任の高座でも、古典の改作を披露されている。そんな勢いのあるこみち師匠が改作をネタ出しされていて、広瀬氏とのトークコーナーもあるというので、今回視聴を申し込んだ。
挨拶 広瀬和生 柳亭こみち 三遊亭粋歌
まずは、お三人が高座前に並んでご挨拶と意気込みを語る。広瀬氏は赤色の長髪のお姿なので目立ち、何度も客席でお見かけしているが、お声を聴くのは初めて。なかなかに渋いお声で、理路整然とした語り口。また、好きな落語家に対する熱い想いがストレートに伝わり、挨拶の段階から期待が高まる。マエセツとしてもグッドジョブ。
三遊亭粋歌「女の鞄」
先鋒は粋歌さんの一席から。ライブハウスだからか、高座のみに照明が当たっていて、客席は真っ暗。高座が照明で浮かび上がるという演出。客席がこれだけ暗い落語会も珍しい。
本編は、女性は鞄に何でも詰め込み持ち歩くので重くなってしまうという女性アルアルを題材とした噺。いつ使うか分らないものでも、必要なときに手元にないと不安になってしまうという極端な強迫観念にとらわれている女性が主人公。その夫との会話で噺は進行する。
日々の疲れは仕事からの疲労だけでなく、重い鞄を担いでの通勤が原因であることは、夫のみならず観客全員から何で分らないの、と突っ込みたくなるところ。鞄の中身を取り出し、なぜ必要かをひとつひとつ説明する場面は、その会話のリアルさに共感させられる。ここは粋歌さんの表現力の素晴らしさを感じるところ。この主人公の偏狂的なコダワリが、不思議な可笑しさを生んでいくのだ。粋歌さんの人間観察力とリアルな会話の表現力が、不可思議な女性心理を上手く強調して笑いに変えた。
アフタートークでのお話しで、粋歌さんご自身の実話もかなり反映されているとのこと。と言うことは、女性のご主人は、小八師匠がモデルなのか。落語家夫妻の日常を想像させるというおまけの楽しみもある一席だった。
柳亭こみち「寝床~おかみさん編」
この配信を最後まで聴いてみて思ったのは、こみち師匠は芸談を語るのが非常に好きな落語家だということ。こみち師匠が現在取り組んでいるのは、女性ならではの視点によって、女性の登場人物を活躍させるとの手法による古典落語の改作。真打昇進されたころから、こみち流落語の独自性を模索し続けて、この方向性を見つけられたようなのだ。そんな試行錯誤の苦闘の様子、その理由などを、この一席のマクラやアフタートークの場で色々と熱く語ってくれた。
本編は、素人義太夫に凝っているのは、商家の大旦那ではなく、その女房である女将という設定。しかし、単に大旦那と女将を入れ替えただけではない。女将という女性だからこその、笑いどころと説得力のある物語となっているのだ。
商家の旦那が、女将の義太夫に困っていることを伝えるセリフが冒頭に登場する。このセリフによって一気にこの改作の設定が観客に伝わるという、絶妙な工夫。
この改作による人物設定が素晴らしい。登場人物のキャラ設定がしっかりしているので、物語に説得力を生み、活き活きと動き出すのだ。特に、女将や女中頭のお清などの女性陣の人物設定が見事。主人公の女将は、商家の主人の女房としては、大変優秀な人物。亭主のみならず奉公人のことも思いやる優しさがあり、商家の屋台骨を支える逞しさや厳しさを併せ持つスーパー女将。また、笑いを呼ぶほどの気位の高さもみせる。ただ唯一の欠点が、酷い義太夫を聴かせたがるという趣味だけだ。
その女将を慕うお清も、しっかり者で頭の回転の良い女中頭。この二人の女性が見せる主従関係も、観客を心熱くさせる。また、脇役になってしまったが、大旦那と繁蔵も良い味を出している。
この演目の見どころも、この人物設定によって新たな視点での笑いを呼ぶ場面に生まれ変わっている。
義太夫の会のお知らせに走り回る使者は繁蔵、その報告を聞くのは大旦那と、ここは元の設定と同じ。女房の機嫌を損ねたくない大旦那は何とか来て欲しいと願っていて、それを分かっている繁蔵が言い訳ばかりするのも元と同じ。しかし、この会に招待する客は、長屋の店子ではなく、取引先のような商家の方々。なので、この繁蔵の言い訳が商人らしいものだが、かなり馬鹿馬鹿しいもの。ここは、こみち流の聴かせどころ。
どなたが来られるのか、その結果を聞いたときの女将の反応も聴かせどころ。女将の気の強さが現れる場面だ。繁蔵も女将の素晴らしさを分かったうえで、義太夫さえ語らなければと、思わず本音を漏らし、ここで女将がブチ切れる。お馴染みの場面も、女性版になると迫力が増したような気がする。
もう一つの見どころは、一度は会を止めると言った女将が機嫌を直す場面。この説得役をお清が買って出る。このお清がなかなかの策士。女将の性格を分ったうえで、巧く機嫌を直させる。この女将に義太夫の会を再開させるという説得も、お清という女性が行うから面白い場面となった。
これら様々な工夫によって、単に男性を女性に入れ替えただけではない、女性だからこその面白さを伝えてくれた噺になった。
仲入り
トークコーナー
広瀬和生 柳亭こみち 三遊亭粋歌
広瀬氏の問いかけに、堰を切ったように、芸談を繰り出すこみち師匠。その先輩の話を静かに聞きながらも、ご自身の新作のことを尋ねられると、ご自身の信念と経験談を熱く語る粋歌さん。
お二人とも、かなり赤裸々に正直に芸談を語ってくれていたと思う。ある意味、それは舞台裏を見せることであり、演者の手の内をさらすことでもある。こみち師匠の師匠との稽古の話などは、メイキングビデオのようでもあり、苦闘の様子をドキュメンタリーのように聞かせてくれた。ここに、こみち流落語の起源があることがよく解かった。
広瀬氏の問い掛けの巧みさと、広瀬氏がこみち師匠と粋歌さんの落語を高く評価していることが、この熱いトークを生んだと思う。落語本編よりも長い時間であったが、貴重な芸談が聞けて充実の時間だった。
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