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落語日記 師匠の穴を見事に埋めた弟子の熱演

入船四景 ― 枯淡の芸 脈々と受け継ぎ ―
10月16日 内幸町ホール
入船亭扇遊・扇蔵師弟と入船亭扇辰・扇橋師弟の四人会「入船四景」が新たに始まった。しかし、その記念すべき第一回に、扇辰師匠が急病により休演という、まさに波乱の幕開けとなった。
扇辰ファンとしても楽しみにしていたので、驚きと残念な思いでいたが、開幕してみると、残りの三景の皆さん、特に弟子の扇橋師匠が師匠の休演をカバーしようという勢いで熱演の高座を見せてくれて、大いに盛り上がった。次回もあるようなので、真の四景が揃うことを楽しみに待ちたいと思う。

入船亭扇ぢろ「狸札」
扇辰門下三番弟子の前座。師匠のアクシデントも物ともせず、淡々と語った一席。強心臓は期待できる。

入船亭扇橋「野ざらし」
出番順は、元々決まっていたとおりで変えていないようだ。なので、まず扇橋師匠が、扇辰師匠の病欠の報告をする役回り。この休演は、入口に貼り紙で告知されていたようだったが、私は扇橋師匠の口から語られるまで気付かなかった。扇辰師匠の高座を楽しみにしていただけに、結構ショック。
何とも言えない表情で、師匠の病状は「ギックリ腰です」と伝えてくれた扇橋師匠。しかし、そこは落語家。事実を伝えながらも、マクラとして笑いを取るように、呆れたような半笑いのような表情で「第一回でいきなり入船三景になってしまいました」と会場を和ませる。次回の扇辰師匠のネタは「ねずみ」で決まりです、「私の腰が立ちました、ねすみの腰が抜けました」そんなセリフを言うと、落語ファンは大受け。
師匠の病欠という緊急事態だが、笑いで事態の深刻さを和ませて、観客のショックを少しでも和らげようという扇橋師匠の気遣いだ。弟子の務めという責任感もあるだろうが、芸人としての観客への心配りを大いに感じた。
では気分が暗いので暗い噺を、そう言って始まった本編は、言葉とは裏腹な、超ハイテンションな一席。まさに、師匠の休演という急なアクシデントによる暗い空気を、大いに吹っ飛ばすかのような熱演。

入船亭扇遊「妾馬」
仲入り前のポジションは、このメンバーの最重鎮。マクラは弟弟子の休演を、明るく笑わせながら伝えてくれる。腰を痛めるのは落語家の悲しい性、みな経験すること。でも、私は腰で休んだことはありませんと宣言、これで会場爆笑。
昔話に、鯉昇師匠や喜多八師匠との旅の仕事で腰の調子が悪かったことがあったが、二人は冷たかった。そんな思い出話。元々が嫌みの無い芸風だし、悪口に聞こえないのは扇遊師匠の高座で感じる人柄からだろう。
今は、落語協会では前座が人手不足。なので、二ツ目に上がるまでに少し時間がかかるようになってきた。弟弟子の扇辰師匠が前座だったころの思い出話。師匠をしくじったとき、扇遊師匠が「そりゃあ、お前、破門だな」と告げたというエピソードで会場を沸かせた。そんな落語家の身分制度の話題から、江戸時代の身分制度の話。という定番のマクラを経て本編へ。
扇遊師匠の芸風が活かされてた、陽気で明るい江戸っ子が大暴れする流石の一席。とにかく裏表のない人物に描かれている八五郎は、思ったことを端から喋ってしまう江戸っ子で、まさに五月の鯉の吹き流しの見本のような人物。私の大好きな江戸っ子が、確かにそこにいた。
その陽気さ明るさが物語全体の根底に流れているので、どんな場面でも湿っぽくない。お袋に見せてやってくれとお鶴に語り掛ける場面も、兄貴としての情はきっちりと伝わるが、お涙頂戴ではない。
お馴染みの噺を聴くことの心地良さを、味わせてもらった扇遊師匠の一席だった。

仲入り

入船亭扇蔵「雨乞いの龍」
マクラのご挨拶から、先ほど扇遊師匠をお見送りしました、残るのは我々若手のみです、とのどこかほっとした様子のご報告に、会場もにこやかな雰囲気に。
本編は、池袋演芸場での独演会でネタ下ろしした新作。江戸時代の街道や四宿の話が始まったのでもしやと思っていたら、やはりこの演目。
前半の板橋宿の路上での左甚五郎と辻占い師が会話する場面。一度聴いているので、主人公の正体は分かっている。そのうえで聴くと、占い師が日本一の面相、手相と絶賛する会話が、より面白く聴ける。二度目の効用だ。
この演目の見せ場の一つが、桶川宿の村の子供の病気を平癒させる場面。甚五郎が得意の技で彫ったカエルの霊験なのか、子供の命が助かる奇跡が描かれる。これは、病欠の扇辰師匠のことが重なって思い起こさせ、奇しくも扇蔵師匠が病気平癒を願っているかのような場面となった。
この左甚五郎の淡々とした様子が、扇蔵師匠の雰囲気にピッタリ。この噺は扇蔵スペシャルとして、これからも磨き込んでいって欲しい。

入船亭扇橋「木乃伊取り」
主任の出番で、扇橋師匠が再登板。本来は、師匠の出番らしく、弟子が代演としてこの主任の役目を担うことになった。演目は、あまり聴けない珍しい噺。結果的に、長講となった大熱演。
見せ場は後半、飯炊きの清蔵が義理堅く男気を見せて、大旦那や番頭相手に説教したうえで若旦那を迎えに吉原に乗り込む場面。清蔵は大旦那には信用されていないが、女将さんの信頼が厚く頼られて吉原に出向く。清蔵は登場するなり、この噺の主役として一人舞台の大活躍。田舎弁の清蔵が上下関係無視の振る舞いをみせ、その傍若無人さが笑いを呼ぶ。
ところが、清蔵の硬い決意が、若旦那の指名で清蔵の敵娼(あいかた)となった花魁の酌を受けて、もろくも崩れ去っていく。大見得を切った清蔵が、結局は皆と同じで木乃伊になってしまうというお約束。堅物の清蔵がじょじょに酔っ払っていき、崩れていく様子を見事に描いてみせた。分かっている結末をどう見せてくれるのだろう、そんな期待に見事に応えた扇橋師匠だった。
師匠の病欠の穴を埋める決意の熱演。扇橋師匠のその決意は熱演により観客には十分に伝わったと思う。図らずも、この日の主役になってしまった扇橋師匠だが、見事にその役目を果たされた落語会だった。


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