見出し画像

落語日記 圓朝の連続物に寄席で挑戦した遊馬師匠

池袋演芸場9月上席後半(5日間)昼の部 三遊亭遊馬主任興行
9月10日
遊馬師匠の主任興行の楽日になんとか間に合った。ネタ出しはしていないが、SNSでの書き込みを拝見すると、牡丹燈籠を連続物として掛けているとのことなので、楽しみに出掛ける。
日記を読み返すと、遊馬師匠を拝見するのは昨年の末廣亭3月上席の遊雀師匠主任興行以来の1年半ぶりとなり、そのときの演目は「近日息子」だった。今回は主任の高座なので、じっくり聴ける。
 
桂空治「寿限無」
前座さんは、本日出演される文治師匠の弟子の空治さん。文治師匠の弟子だけあって、声が大きく明瞭で好感が持てる。お祖母さんの「寿限無が・・」と名前を省略して呼ぶことに対するツッコミが、妙に可笑しかった。
 
三遊亭遊子「道灌」
マクラで、この後の出番の南楽さんの二ツ目昇進の話題に触れる。後輩想いの優しい先輩かと思わせて「これを言うと、南楽さんから500円貰える」と落とす。小南師匠の二人のお弟子さんが同時に昇進、芸協もちょっとした祝賀ムード。
遊子さんは、昨年の宮治師匠の真打昇進披露興行で初めて拝見してからの二度目。当時の日記にも、勢いのある芸風と書いてあったとおり、この日も元気な高座。また終始落ち着いていて、達者な印象もある。将来が楽しみな一人。
 
林家喜之輔 紙切り
騎馬武者(鋏試し)・四匹の仔猫・池袋(演芸場)・男性客の似顔絵
初めて拝見。ヘアスタイルが、長髪を後ろで束ねたシニヨンで、なかなかに個性的な風貌。自虐的な芸風も個性的。
鋏試しの作品を誰も取りに行かない。これは、喜之輔さんイジリという芸協の常連さんならではのお約束なのか、はたまた、喜之輔さんの不思議な芸風に観客が気後れしてしまったのか。途中で入場してきた男性客に、騎馬武者を引き取ってくださいと頼むと、頼みたいものがあると「四匹の仔猫」をリクエストされる。これには客席爆笑。喜之輔さんも、では、騎馬武者を引き取ってくれたら切りますと条件を出す。
最後に指名した似顔絵のモデルの男性客に、おまけですと、切り抜きの残骸を全部渡す。
客席イジリが楽しい芸人さんだ。芸協の色物さんは、落語協会よりバラエティーに富んでいるという気がする。
 
桂南楽「茄子娘」
二ツ目に昇進して、南太郎を改め南楽という小南師匠の二ツ目時代の芸名を引き継いだ。この日も新二ツ目の披露目の高座で、私は初めて拝見。
うつむき加減で恥ずかしそうに話す。一人で話す落語家という職業は、人と話すのが苦手な自分にピッタリ。でも、初高座で気付いたのが、人前で話すのも苦手だということ。そんな自分の性格を物語るエピソードが可笑しい。こんなに内気で恥ずかしがり屋な雰囲気を醸し出す芸風の落語家さんは初めて観る。
そんな芸風なのに、選んだ演目が艶笑噺というギャップ。肝心な場面が省略されるのは宮戸川と同様のお約束だが、寝所での茄子の精のセリフ「なすがまま」には思わず吹いてしまった。「自分は未成年なんで、よく分かりません」そんなカマトトぶったことを仰る。この演目を掛けたことをみても、内気キャラを活かす南楽さんの意図的な戦略かも。 
 
瀧川鯉橋「粗忽の釘」
落ち着いた雰囲気で、声質も良い。入門時のエピソードを語るとき、師匠である鯉昇師匠のお言葉が物真似のようにそっくり。おそらく、声色が鯉昇師匠に似ているのだろう。そんな声音を活かした滑稽噺の一席。粗忽者の亭主の粗忽度合いが、丁度良い按排。
 
東京ボーイズ ボーイズ
和妻のきょうこ先生の代演。いつものように、謎かけ問答が楽しい。後半は三味線の菅六郎先生が「有楽町で逢いましょう」を歌おうとするのを、ウクレレの仲八郎先生が山の手線の駅名を並べて邪魔をする司会ぶりが楽しい。
 
春風亭笑好「ぜんざい公社」
おそらく、初めて拝見。私にとって芸協の芝居は、初見の方が多くて楽しい。丸っこくてホンワカしていて、どこか熊のぬいぐるみのような印象。マクラで語られた前座名「小あら」の由来が面白い。先輩の名人と呼ばれる落語家のエピソードが楽しい。文治師匠が次の出番ということもあってか、先代の文治師匠の伝説を語ってくれた。
上方落語の印象がある演目だか、芸協の寄席ではたまに聴けるようだ。演目の違いや意外性もあって、芸協の寄席も楽しい。
 
桂文治「鰻の幇間」
マクラは、本日は落語協会の春風亭一蔵師匠、八代目柳亭小燕枝師匠、十代目入船亭扇橋師匠の三人の真打昇進襲名披露パーティーが帝国ホテルで開催されていて、ゲストで出席されていた文治師匠はその会場から池袋へ駆け付けたという話から。この寄席の出番があるので途中退席だったそうで、コースも魚料理までで、メインの肉料理にはたどり着けなかったと悔しそうな表情が可笑しい。そんな悔しさをぶつけるかのように、演目は料理の噺。
明るく声の大きな芸風を活かした文治師匠の幇間は、ヨイショの大袈裟で仰々しい様子が見事すぎて笑ってしまう。あからさまでも可笑しいのは、芸の力。
この噺を聴く際の私的ポイントは、客の前で幇間がどのような表情で鰻を食しているのかという視点。美味しそうに食べるのか、最初から不味そうに食べるのか。演者によって異なる演出、その後の展開と合わせて、その違いを楽しめる場面なのだ。この日の文治師匠は、美味しそうに食べるのだが、「腰のある鰻、強情な鰻」と称して、なかなか嚙み切れない様子も見せる。最初から不味い鰻であることが客席にも伝わるパターンだ。その後の苦情が合わせ技となって、爆笑と幇間イジメの快感を味わえたのだった。
 
仲入り
 
マグナム小林 バイオリン漫談
初めて観る色物さん。バイオリンで聴かせる音真似が楽しい。救急車やコンビニは、のだゆきさんでも題材にしているお約束の音ネタだ。後半、タップシューズに履き替えて、バイオリンを弾きながらのタップダンス。これは、見事という他ない。けっこう、感動ものだった。
 
三遊亭圓丸「ちりとてちん」
圓丸師匠も、おそらく初見。遊馬師匠の兄弟子として前方でアシスト。芸協の層の厚さを感じさせる落語家さんだ。
表情が豊かで、ちりとてちんを食べたときの悶絶の表情は絶品だ。世辞の上手い男が善さん、不愛想でぶっきら棒な男が寅さん。登場人物の設定が演者ごとに違うのも面白い。先の出番の文治師匠の鰻の幇間を受けて、この噺の途中に鰻をぶっ込むのも楽しい。
 
桂小文治「牛ほめ」
先日拝見したばかりで、印象に残っている小文治師匠。今回は、ベテランが聴かせてくれる前座噺。
父親の教える誉め言葉は格調高い印象で、与太郎がボケ倒す前の本来の誉め言葉の役割りを改めて感じさせるもの。また、与太郎の粗忽さも振り切っている。なるほど、前座が聴かせる前座噺とはひと味違う。
 
やなぎ南玉 曲独楽
私の好きな芸協の色物さん。この日拝見できて嬉しい。
南玉先生の高座の特徴として私が感じるのは、披露する芸の演目の紹介というか口上が、七五調で格調高いもの。二階建ての独楽も「開運招福悪疫退散の廻り灯籠」と、時節柄に合わせた演目名。真剣の刃先で独楽を回すのが「切っ先木の葉留め」、そんな風流な命名。
技を見せるだけでなく、古典芸能にとって口上がいかに大切かを伝えてくれる高座なのだ。
 
三遊亭遊馬「牡丹燈籠 お札はがし」
久々に拝見した遊馬師匠は、以前より少しふっくらされたような印象で、前回と同様に大きなお声と明瞭な口跡で安定の一席を聴かせてくれた。
寄席で「お札はがし」を単発で掛けられることがあっても、連続物を毎日掛けることは、企画物以外はなかなか無い。毎日観客が異なる寄席で連続物を掛けることは、かなり大胆な決断だと思う。この主任興行の5日間全部で牡丹燈籠の前半部分を掛ける、そんな勇気ある挑戦に挑んだ遊馬師匠。
この演目は、現代ではホール落語会や独演会で連続物の一部分が掛けられることが多い。しかし、圓朝師が活躍していた当時は落語が寄席でしか聴けない時代なので、圓朝師はこの牡丹燈籠を、寄席の主任の高座で連続物として創作し口演していた。今回、遊馬師匠はそんな当時の圓朝師の姿を現代の寄席で再現したのだ。
連続物なので、前日までの粗筋を紹介するのはお約束。この粗筋を分かり易く伝えて、この日の高座にスムーズに繋げるというのが連続物の難しさだ。この日の遊馬師匠は、前日までの筋書を上手く取捨選択し要約して見事に伝えてくれた。
 
この噺の見どころは多々あるが、この日の高座で強く印象に残ったのが、伴蔵が幽霊と交渉する場面。それまで伴蔵の性格や善悪のどちらかが判然としていなかったのが、この場面を切っ掛けに悪の道へ一歩踏み出す転換点となる。新三郎への忠義と欲望との葛藤、また幽霊に対する恐怖も手伝って、新三郎を死に追いやることを決めた瞬間だ。遊馬師匠は、この伴蔵の微妙な葛藤を見事に見せてくれた。
怪談ではあるが、この演目が真に伝えるのは人間の弱さや欲望に負けることの怖さ。スターウォーズのテーマである人間のダークサイドとの戦いを、圓朝師は百年以上も前から描いていたのだ。そんな圓朝師の凄さも、改めて感じさせてくれた遊馬師匠の高座だった。
 
牡丹燈籠は、このお札はがしの後もまだまだ続く。遊馬師匠から、この続きはもしかすると新宿末廣亭9月下席夜の部の主任興行の後半で掛けるかもしれません、と宣伝を兼ねた告知があった。次の機会を楽しみに引っ張れるのが連続物の利点。これも上手く活かされている。
遊馬師匠はこの寄席の高座だけではなく、圓朝物に取り組んでいる。今年の後半には「鏡ヶ池操松影」を前編後編の二回に別けて挑戦される。また、来年の国立演芸場での独演会では「真景累ヶ淵」を通しで挑まれるそうだ。ますます目が離せない遊馬師匠だ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?