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【空間論4】ライプニッツ「相対空間」

ライプニッツは、17世紀ドイツの哲学者です。幅広い分野で活躍し「微積分法」や「二進法」など現代につながる多くの発明・発見をしています。われわれが使う微積分記号はライプニッツが考案したもので、二進法は、250年後にコンピュータ演算で威力を発揮します。

同時代を生きたニュートンは、空間を物体に先立つ均質無限な「絶対空間」と考えましたが、ライプニッツは、空間は物体の相対関係にすぎない「相対空間」と反論します。この裏付けとなったのが「モナドロジー」です。おとぎ話といわれるモナドロジーは、一方で現代の物理理論を先取りしているとも評価されています。

絶対空間と相対空間

ニュートンは、運動の第1法則(慣性の法則)を成立させる条件として慣性系、つまり慣性の法則が成立する「均質で無限の広がりを持つ座標系」が必要と考えました。これが「絶対空間」で、空間を絶対的なもの、つまり実体を持つものと捉えています。

これに対してライプニッツは「相対空間」を提唱します。空間は物体の相関的な関係にすぎず、諸事物の秩序そのものであると主張しました。ライプニッツとニュートン(代弁者であるS・クラーク)との間には、激しい論争が闘わされ、何度も書簡のやりとりがなされています。

モナドロジー

ニュートンに対するライプニッツの批判の根拠となったのが「モナドロジー(単子論)」です。

モナドとは、それ以上分割できない、形も拡がりも大きさもない実体のことで、この宇宙はモナドという原子(基本構成要素)が無数に集まってできていると考えました。原子といっても、モナドは「表象」と「欲求」を持つ非物質的・精神的な存在であり、物理的な原子とは異なります。

背景には、神即世界という確信があります。モナドは神そのものであり、世界の極細部に浸透し、世界は神で満たされることになります。
ニュートンは空間を「神の感覚中枢」としましたが、それでは神の被造物であるはずの空間と神は同一視され、神が矮小化されるとライプニッツは反論します。そして、神と世界の関わり方の答えがモナドロジーです。

モナドロジーの世界観

モナドは、「現実世界を表象」します。モナドが持つ性質や可能性を外部へ投影したものが現実世界となり、モナドの表象と物体の運動には完全な調和があります。

また、一つのモナドは、他のすべてのモナドの状態、つまり現実世界全体を表出します。パチンコ玉の鏡面が他の多くのパチンコ玉を映し出すように、一つのモナドはその視点から世界全体を反映します。これを「モナドは鏡である」といいます。

それぞれのモナドは、すべて異なる状態を持つ変化する存在です。しかし、それは外部からの影響でなく、モナドに備わる欲求能力により、内部の原理のみで変化します。このように、モナド同士は相互に影響を与えることなく独立しており、これを「モナドには窓がない」といいます。

それではなぜ、相互作用がないにも関わらず、モナド同士は調和しているのでしょうか。それは、精密な時計に例えて説明されます。あらかじめ時刻を合わせた二つの精巧な時計は、相互に独立しているのに、まるで同期しているかのように同じ時刻を刻み続けます。
モナドも精巧な時計のように、神の創造の時点でその振る舞いが決められていて、あたかも同期しているかのように考えます。これを「予定調和」といいます。

ただし、「表象」能力には、明晰か否かの判明度があります。対応する世界を明晰に反映しない「微小表象」であっても、雑然とした形で影響を与えています。
人間を例にとると、中心には判明性の高い中心的なモナドがあり、精神を形成し、他の無数のモナドが固有の身体を構成します。また、人間に限らず、物質、植物、動物などすべてのものにはそれぞれの判明度に応じて精神や生命があると考えられます。

このようにモナドは、単一ながら全体であり、かつ予定調和するものです。神即世界の世界観において、世界の多様性を見事に説明しています。

相対空間

モナドロジーは、モナドが存在する形而上的な実体界の説明が中心になって、現実世界(現象界)にある物質、そして「空間」や「場所」について説明が薄く感じられます。現象界の「空間」や「場所」の規定はどのようなものでしょうか。

空間を規定するため、例えば、空間を幾何学で表現するとすると、まず、AとBが「同じ形・大きさ」、あるいは「同じ位置」であることを証明する必要があります。先に紹介したクラークに宛てた第五書簡には、「同じ場所」に関する概念が示されています。

以下の図は、そこに示された「場所」の概念です。Aが持っているC~Fそれぞれの関係と、Bが同じ関係を持つ場合、AとBは「同じ場所」にあると考えます。ライプニッツは、共存する対象間の相対関係、対象間に成立している状況に基づいて「場所」を定義しました。

これを「状況分析」といい、形而上学的な実体界と現象界を橋渡します。幾何学的空間を状況分析から規定したユニークなものでこれが「相対空間」です。

音楽とモナドロジー

『ライプニッツの情報物理学』(内井惣七)には、モナドを、クラシック音楽と対比して説明しているので紹介します。

神がモナドを創造したように、クラシック音楽では、作曲家がスコア(楽譜)を作成します。スコアは書き上げられると、スコアの上で音が流れるわけではなく、時間も空間も存在しないただの情報にすぎません。

ところが、スコアは演奏によって姿を変えます。演奏することでスコアは空間の中で鳴り響き、時間の中で流れていきます。モナドが表象によって事物を生み出すように、スコアは演奏によって音楽(実演)になります。そして、それぞれの実演は、演奏者による解釈の違いはあるものの、スコアを忠実に表現したものです。

また、フルスコアには数多くのパート(声部)があり、パート同士はまったく異なる旋律を奏でながら、全体として実に美しいハーモニーを奏でます。それは上位モナドが下位モナドを統合しながら「予定調和」している姿と似ています。モナドの予定調和は、すべてのモナドに適用されますが、ここではある楽曲の中で適用されます。

モナドとの類似性は、建築における設計図にも当てはまります。音楽における作曲家、建築における建築家(設計者)が「神」と呼ばれるのも頷けます。

モナドと静的データ

ところでこのクラシック音楽のアナロジーで興味深いのは、モナドをスコアという階層的で静的なデータに置き換えているところです。静的データとは、記録後にどんなリクエストにかかわらず常に同じ結果を返す無時間的、無空間的なデータのことです。
さらに、スコアが楽器の種類や演奏のスピードや強弱を細部にわたり指示していることを考えると、スコアはデータのみならずデータベース構造にまで踏み込んでいます。

モナドとデータとの類似性から考えられるのは、デジタル空間におけるデータ活用の可能性です。
デジタルツインが実現する世界で、世界はデータで記述されています。それらのデータは動的で、相互関連するグラフ的なものです。データを単一でなく全体を、予定調和を表すものと考えてみるのはムダではないと思います。

書きおえて

モナドロジーは神との調和がテーマになっていたとしても、今なお影響力は健在です。ハイデガーは、モナドを世界=内=存在として理解したといわれており、最近でも映画『マトリックス』で描かれた人間は、モナドそのものといえます。
モナドロジーを空間は時間とともに事物の併存する秩序といった程度にしか扱われていません。空間や時間を相対的なものと捉えることで、相対性理論の先鞭をつけたともいわれています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました(この論考は編集長が書きました)。

(丸田一如)

〈参考〉
『モナドロジー』ライプニッツ著、谷川多佳子・岡部英男訳、岩波書店
『トポス 空間 時間アリストテレス全集 第3巻 自然学』新・岩波講座 哲学7、岩波書店
「ライプニッツの空間論」藪木 栄夫/人文研究 34(7)
『ライプニッツの情報物理学』内井惣七、中央公論社