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9兄弟の願い

※こちらはWEBマガジン「She is」公募エッセイ用に書いた小説です。テーマは「お金と幸せの話」。投稿は10回目。

わたしたちは消えることを望まれている。
 そう知ったのはいつだっただろう。

多分、そんなにむかしのことではない。

長子が威厳のある口調で言った。「我々は今は生きながらえているけど、他の国の仲間はどんどん消えているらしいぞ」

第2子が高い声で驚く。「ええ!必要なくなっちゃうの?今まであんなに望まれてきたのに」
「新しい世の中になってるんだなあ、仕方ないかも」と寂しそうに頬杖をついて笑う第3子。

第4子は未成年だけど精一杯大人ぶる。「まあ、確かに荷物が減るよね。僕らもぶちまけられずに済む」

第5子は「ロッカーとか、ガチャガチャとかの仕組みも変わるんだね」
第6子は胃に穴が空いていて、子供ながらキリキリしていた。「もう苦しまずに済むならいっそいいかもしれない」

第7子は、褐色の肌を見せつけながらおどけた声を出した。「意外と役に立ってると思うんだけどな。チョコ買えるんだよ?投げるだけで占いもできるし」

輝く第8子は何も語らなかった。ただ、そっと心の中で「もしかすると、自分はお守りとして残るかもしれない」と思った。

そして末っ子。
「なにかたいへんなことが起こったとき、ぼくらがいなかったら、どうするんだろう」と素朴な疑問を口にした。体格そのものの、か細い声だったがその一言はいやに耳に響いた、
そこにいる全員があー、と息をもらした。

わたしたち兄弟は、造幣局の工場で生まれ、日本銀行で育ち、さらにそこから全国に送られ、人間の友として生きてきた。
暮らしを豊かにするために、他人に価値を示すために、人はわたしたちを欲した。

自動販売機の下の隙間を熱心に探したり、時に狂ったようにかき集めたりした。
わたしたちのために何度も血が流れたし、たくさんの人生が左右された。

今はデジタル通貨という、見たことがない遠い親戚が生まれて勢力を拡大しているという。
いずれ彼らが人間に望まれるようになるだろう。実存しているわたしたちはやがて用済みになる。

博物館に収蔵されたり、一部の愛好家のコレクションになったりして生き延びるものが少数、いるかもしれない。

人間がいなければわたしたちは存在しなかった。誠に勝手だとも思うが、生まれてしまった以上仕方がない。人が望まない限り、わたしたちは消えない。
 
この文を読んでいるありふれていて善良な人たちへ。

どうかわたしたちが消えるまで、あなたたちが悔いなく生きられますように。不公平はどうしたってなくならないけれど、楽しく過ごせますように。どうか、周りのひとに優しく。わたしたちを有意義に使って。

それだけを祈っている。

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