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水底の民

福井県大野郡和泉村

古くから河童に縁のある村で、いまでも河童から製法を教わった傷薬を作る家があるという。

ある夜のこと、10人以上の村人が河童の声を聞いた。

「川の水を替えてくれ、水がおとろしい」

河童はこう訴えた。
村人は村に流れる九頭竜川の様子を見に行った。
いつもと変わらず青く澄んで流れている。
ところが河童はその後も

「たのむたのむ」
「もう住んで居れん」
「あの川の水はお前さんらにもようないはずじゃ」

と訴える。
しばらくのち、大雨の日に河童たちはよろよろとよろけながら山の奥に立ち去ったという。

それから2年後、和泉村の村長が県から呼び出され、九頭竜川のカドミウム汚染を告知された。
県は川の上流の鉱山の汚水処理が故障しており、この数年鉱毒が流れ出していたと説明し、汚染された作物を補償すると申し出た。

村人は今更ながらに河童に申し訳なく思い、山に登った。

「お前らのおかげで助かった。ありがとうなあ」

すると霧の奥からかすかに聞こえる声が答えた。

「百年もしたら戻っていくさかい、それまで川をきれいにしておいてくれえ」

それ以来、村人は村をあげて水質改善に取り組み続けている。

「現代民話考 1」松谷みよ子著 より

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