リベレーター:アウェイクン1

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**1**

 ベルトコンベアが休むことなく浄水器の骨組みを運んでくる。

 朱梨《アカリ》はレバーを引いてクレーンを下ろし、別の部品を設置すると、釘打ち銃で固定した。
すぐに次の骨組みが運ばれてくる。
彼は部品の一部になったように無心で同じ作業を繰り返した。

 十五才で隷層に落ちて以来二年、朱梨は来る日も来る日もこの仕事をさせられている。
華奢な体つきをした柔らかい顔立ちの少年で、一見すると少女と見間違うような容姿だが、全身にまとった重い疲弊感が美しさを翳らせていた。

 釘打ち銃のスロットに釘を補充しようとしたとき、手が滑ってケースを落としてしまった。
床を滑っていき、隣の隷層労働者の安全靴にぶつかる。
 

「おっと……」
 

 その男、日陰《ヒカゲ》はあたりを見回し、誰にも見られていないことを確認すると、ケースを拾って朱梨に差し出した。

 優しげな眼をした40間近の男で、たくましい体つきをしている。
彼は人差し指を唇の前に立て、「しーっ」とやって笑った。

 熊のような体格に似合わないその仕草に、朱梨はほっとして笑い返した。
隷層保安員に見つかっていたら容赦なくスタン警棒で電撃を食らわされていたところだ。
 

「ありがとう、日陰さん」
 

 ケースを受け取るときに手と手が触れ、朱梨はどきっとした。
赤くなったことを悟られまいと目をそらし、作業に戻る。
 

「あああああああ!!」
 

 逆隣で悲鳴が上がり、コンベアが停止した。
労働者が機械に手を挟まれている。

 珍しくもない事故だった。
一日18時間労働を週に六日と半日させられる上、作業ペースアップのため安全装置を外してあるのだ。

 保安員長が労働者を呼び集め、その男を医療棟に運んで行った。

**2**

 ここは財音《ザイオン》シティの工業地帯、巨大企業・古鉄《コテツ》重工が有する浄水器製造工場だ。
強制収容所といったほうがいいような施設で、朱梨ほか多くの隷層労働者が日々過酷な労働に従事している。

 サイレンが鳴り、30分間の昼休憩となった。

 労働者たちは食堂で列に並び、昼食の栄養ドリンクと錠剤を受け取った。
錠剤には麻薬成分が含まれているらしく、彼らはにわかに元気を取り戻し、活発に動き出した。

 食事を終えた朱梨は同年代の友人たちと食堂のテレビに張り付いた。
古鉄重工がスポンサードする美少女アイドル、朱鷺子《トキコ》のプロモーション映像が流れている。
 

『今日も一日安全確認! 働けることにいっぱい感謝! 罰金完済目指してみんなニコニコ労働中!』
 

「トキにゃんいいよね!」

「トキにゃんすごくいい!」
 

 日常を機械、作業服、コンクリートといった灰色に塗り潰されている彼らにとって彼女の姿は何よりも眩しく見える。

 通りかかった日陰が話しかけてきた。
 

「また見てんのか? よく飽きねえもんだな」
 

 朱梨は頭を下げた。
 

「日陰さん。さっきは……」

「いいってことよ」
 

 彼が眼を細めて笑うと、朱梨はじんわりと頬が熱くなるのを感じた。
誰にも明かせない思いで胸がどきどきする。

 日陰はテレビに視線をやった。
 

「このコも隷層ってホントか?」

「はい。元は古鉄の労働者だったけど、アイドル事務所のスカウトが偶然見つけて……」
 

 ほかの若い隷層労働者たちと共に、熱っぽい口調で言った。
 

「ほかにも10人くらい候補がいたんですよ、でも朱鷺子以外は自由民で……」

「ただひとり隷層だった朱鷺子は、作業服を自分で仕立て直したコスチュームを着てオーディションに挑んだんです!
それで見事受かった! ファンの間では伝説ですよ!」
 

 朱梨たちの熱意に押された日陰は、戸惑ったように笑った。
10代の息子を理解しようと苦心する父親のようだ。
 

「まあ、男の子だもんな」

「ええ……」
 

 彼のその一言は朱梨の胸に小さく刺さった。
 

**3**

 夜11時、作業終了後。

 朱梨は工場の裏手にある廃棄物置き場に向かった。
人気がないことを確かめると、山積みになっている鉄の箱のひとつを開けた。

 きちんと畳まれた女子高の制服風衣装、ニーソックス、そしてパンプスが入っている。
それに着替え、割れた姿見に映った自身にうっとりと見とれた。

 これらは古い作業服を仕立て直し、自分で作ったものだ。
ほつれだらけでお世辞にも上出来とは言えないが、一糸に至るまで情熱が込められていた。
  

「今日も一日安全確認♪」
 

 朱鷺子になった自分を想像し、歌いながら踊った。
観客席を埋め尽くしたファンが熱狂的な声援を送り、サイリウムをうねらせる。
今この瞬間だけ朱梨は悲惨な境遇を忘れられた。
 

――男の子だもんな。
 

 不意に日陰の言葉が頭をよぎり、朱梨を現実に引き戻した。
視線を地面に落とし、ため息をつく。
 

(ぼくは男の子なんだ……)


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