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苦界寺門前町地下迷宮(6/6)

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6/6

「酸は金を溶かさないんだよ。化学の授業でやったでしょ」

 リップショットが得意げに言った。

 ドゥードゥラーが毛筆を手の中で拳銃のようにくるくる回す。

「そして僕は物質を金に換えられる」

 リップショットと捉人はドゥードゥラーの能力によって一時的にその肉体を金塊に変えられ、酸をしのいでいたのだ。

「おのれェエ! 虫ケラどもがァ!」

 ミノタウロスは怒り狂い、血走った眼で吠えた。

「まあいい、その少女はペットに欲しかったのだ! 男どもは挽肉にしてコテングどもにくれてやろう!」

 ミノタウロスが己の髪を一本引き抜くと、それがギュルギュルと音を立てて巨大な槍斧へと変わった。大きく振りかぶり、槍斧を振り下ろす! 巨体に見合わず速い!
 ドゴォ!

 ブロイラーマンとリップショットはそれぞれ左右に分かれてかわした。槍斧が床にぶつかり岩を砕く。

 ブロイラーマンとリップショットは果敢にも両側からミノタウロスを攻めようとした。だがミノタウロスはすさまじい速度で槍斧を振るい、両者を近づけない。

 背後からドゥードゥラーが毛筆を手に忍び寄ったが、こちらも阻止された。

 想像以上の使い手であった。ミノタウロスは鼻息荒く笑った。

「雁首を揃えてその程度か」

「お人形さん遊びが卒業できねえ割りにはなかなかやるな」

 ブロイラーマンは首をぐるりと回して関節をほぐすと、構えを変えた。床を跳ねるようにフットワークを踏む。

「ま、ここに来るまでの苦労に比べりゃハエを潰すようなもんだけどな」

「抜かせ!」

 ミノタウロスは一瞬で間合いを詰め、ブロイラーマンに槍斧を一閃!
 ブォン!

 ブロイラーマンは身を低く屈めてそれをやり過ごした。続く突き、振り下ろし、更にまた横薙ぎの連撃に対し、ステップと上半身を振る動きのみで次々にかわして行く。

 それを可能にしているのが血羽の超人的動体視力である。数度のやり取りですぐに相手の動きを見切ったのだ。

「ウオオオ!」

 苛立ったミノタウロスは渾身の突きを放つ!

「オラアア!」

 ブロイラーマンはそれに合わせてストレートパンチを放った!
 ガキャッ!
 鋼鉄よりも硬いブロイラーマンの鉄拳が槍斧の穂先を潰し、ミノタウロスを押し返す!

 相手がバランスを崩した瞬間、ブロイラーマンは槍斧に飛び乗った。柄上を走って間合いを詰め、ミノタウロスの顔面に靴底を揃えた両足蹴りを見舞う。ドロップキックだ!
 ドゴォ!

「ぐお!?」

 膝を突いたミノタウロスの隙をついてドゥードゥラーが忍び寄った。だがそれを見逃すミノタウロスではない。素早く腕を伸ばし、ドゥードゥラーの喉首を掴んだ。

「まず一人!」

 ゴキャッ。
 ひと息でドゥードゥラーの首をへし折る! だがその瞬間、ドゥードゥラーの姿はぱっと上着に変わった。その背の部分には「擬態」と書かれている。字神の能力で作った囮だ。

「!?」

「今だ!」

 ドゥードゥラーの本体が叫ぶと、ミノタウロスの伸びた腕にリップショットが飛びつき、鉄棒選手のようにぐるりと一回転した。

 ドッ。
 ミノタウロスの腕が切断されて床に落ちる。リップショットが白骨の刃を相手の腕に突き入れ、回転しながら切断したのだ。

「ああああ!!」

「オオオオオオ!」

 絶叫するミノタウロスにブロイラーマンが馬乗りになった。その顔面を殴る! 殴る! 殴る!
 ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!

「……ラアアアアアアアア――――ッ!!」

 ブロイラーマンのすさまじい鉄拳連打がミノタウロスを追い詰める!

「グワアアアアア!! やめろ! やめろォオ!」

「〝NO〟だ!」

「ウオオオ……!」

 ミノタウロスは槍斧を捨て、リモコンを取り出した。赤いボタンを押し込む。
 ピッ!

 ブロイラーマンはパンチを止めた。

「何だ? 何をした!」

「ハハハ! すべての檻に水が流れ込む! 女たちは数分で溺死するぞ!」

 ブロイラーマンはあたりを見回した。すべての水槽の天井からドボドボと音を立てて水が流れ込んでいる。

「テメエ……!」

「俺を殺すのを諦めて女を助ける、それが得策だろう! さあ、行け!」

 リップショットが腕組みして言った。

「女たちってどこにいるの?」

「寝ボケてるのか?! そこにいるだろう! 俺のペットたちが……」

 ミノタウロスは血を吐きながら喚き、はっとした。床を伝った水が自分の方に流れてきたのだ。あたりを見回すとガラスケースのドアが残らず開けられており、空になっている。水はそこからあふれ出ていた。

 呆気に取られたミノタウロスの視界の隅に捉人の姿が映った。ミノタウロスの視線に気付いた捉人は鼻で笑い、手の中でピッキングツールを振って見せた。

 ブロイラーマンが笑いをこぼした。

「やるな、ジジイ! オオオオオオ!」

 ブロイラーマンはミノタウロスの胸板を踏んで真上にジャンプした。落下しながら野球投手めいて大きく右腕を引いて振り被る。必殺技、対物《アンチマテリアル》ストレートパンチだ!

「……ッラアアアアア――ッ!」

「うおおおお! 会長、申し訳ありません!」

 ミノタウロスの頭がスイカめいて粉砕!
 グシャアア!


* * *


「よっ」

 のれんを兼ねたビニールシートの覆いを除け、日与はおでん屋に入った。

 昴とドゥードゥラーがそれに続く。熱燗を飲んでいた捉人は不満なのか歓迎なのかわからない唸り声で三人を出迎えた。

 日与と昴は女店主におでんを注文し、ドゥードゥラーはそれに加えて自分も熱燗を頼んだ。

 捉人がフンと鼻を鳴らした。

「まったく! 救出するのはお前らのボスと懸賞金のかかった女だけだと思ってたんだぞ。先に言え」

 十人以上の女たちを無事地上へ引率するのは大変だったのだ。彼女たちは天外市警に引き取られ、身元を保護された。

「で、お前らのボスは来ないのか」

「ちょっとな。仕事の関係で素性を明かせねえんだ。だがあんたに礼を言っといてくれって頼まれたよ」

「しかし、ちょっと惜しかったですね」

 ドゥードゥラーが残念そうに言った。

「ミノタウロスに金の在り処を吐かせておけばなあ。今ごろみんな大金持ちになっていたのに」

 捉人は酒が回った赤ら顔で笑った。

「ミノタウロスの財宝の噂はすぐに広まるさ。そしてマヌケどもがまたぞろぞろダンジョンにやってくる。そいつらは腕のいいエクスプローラーが必要になる。商売繁盛待ったなしだ」

 日与はドゥードゥラーに聞いた。

「漫画の方は?」

「今回の経験を元にネタをまとめています。連載が取れるといいんですがね」

 日与とドゥードゥラーが漫画のことで雑談を始めると、捉人は隣の昴に声を潜めるように言った。

「娘は医者だった。勉強ができるやつだった」

 唐突に切り出した話に、昴ははんぺんを食べる手を止めた。

 捉人はコップの酒を見下ろしながら静かに続けた。

「娘の務めていた救急病院に、撃たれたギャングのメンバーが運び込まれた。すぐにそいつと敵対してたギャングから脅しの電話が入った。そいつを助けたら殺すってな。よくあることだ。他の医者は尻込みしたが、娘はギャングを治した。それで殺された」

「……気の毒に」

「ずっとわからなかった。何で娘はそんなヤツを助けたのか。だがお前を見ていたら何となくわかった」

「私を?」

「娘には考えなんかなかった。ただ……娘は、そういうヤツだった。助けなきゃいられなかったんだ。それだけだ」

 昴はちょっと戸惑って頷いた。

「そっか。娘さんのことが理解できたんですね」

「そうだな、少しはな。まあ、そういうヤツもいるってこたあわかったさ」

 捉人は女店主に声をかけた。

「例のもんを出してくれ」

 女店主は店の奥から酒瓶を取り出し、やけに緊張した様子で封を切った。栓を抜き、震える手で人数分のグラスに酒を注ぐ。捉人が「あんたの分もだ」と言うと、女店主は驚いた顔をし、自分の分も注いだ。

「ホントにいいの、ダンナ? こりゃあ未開封なら家が建つ値が付くよ」

 その酒は捉人がダンジョンから持ち帰った例の米焼酎であった。

 捉人は一同にコップを掲げた。

「飲め」

 ドゥードゥラーと女店主は酒を含むと、官能的な味わいに恍惚と目を細めた。一度の生涯でそう何度も飲める値段の酒ではない。

 日与と昴は顔を見合わせ、囁きあった。

「永久さんと兄貴には内緒な」

「うん。天国のパパとママにもね」

 二人は酒を口に入れ、同時に咳き込んで吐き出した。その様子を見て大人たちが笑う。


(続く……)


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