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鳳上赫(4/6)

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4/6

* * *


 稲日ははっと顔を上げた。

 ベッドに腰かけ、ベースを抱いていた。あたりには自分で書いた楽譜や歌詞のメモが散乱している。

 ベースの表面にはラミネート加工された花びらが貼られている。日与からもらった花束の一部を残しておきたくて、楽器屋に無理を言って頼んだ。稲日はそれを指で撫でた。

 今、日与はどこで何をしているのだろう。誰と戦っているのだろう。今も炎の血を流しているのだろうか。


* * *


 破滅の光が引いて行く。

 聖骨の盾の球体内に残っているのは宙に浮いたエヴァーフレイムと、核戦争後めいた光景だった。ほかは何もかも灰塵となり、砂時計の底のようになっている。

「……ハァッ」

 エヴァーフレイムは息を吐き、地上に降り立った。灰がふわりと舞い上がる。さすがに血氣の消耗は大きかった。

「灰になりおったか」

 エヴァーフレイムは壁に向かった。聖骨の盾に打撃を浴びせる。
 ドゴ! ドゴ! ドゴ!

 分厚く、頑丈だ。相当の無理をして大量の血氣を練り込んだのだろう。だが物理攻撃を繰り返すことで、卵の殻のように少しずつ亀裂が入った。

 エヴァーフレイムの頭の中にはすでに血盟会再編のプランが出来上がっている。部下はまた使い捨てを集めればいい。ツバサ重工がいずれ世界を支配し、それを裏から操る鳳上赫が世界を牛耳る。その計画にはいささかの変更もなし。

 背後で灰が落ちるどさりという音がした。エヴァーフレイムが振り返ると、灰の下から這い出してきた男がいた。エヴァーフレイムは呆気に取られ、目を見開いた。

「オエッ、ゲホッ! クソッ、埃っぽい!」

 ブロイラーマンは咳き込み、体を振って灰を撒き散らした。彼は手にしていた折り畳み傘を捨てた。

 折り畳み傘の表面は聖骨の盾でコーティングされている。別れる前にリップショットから託されたものだ。折り畳み傘を広げてその影にうずくまり、破滅の光を逃れていたのだ。

 今度こそは一杯食わされたエヴァーフレイムは鬼の形相となった。

「貴様……」

「ずっと待ってたんだよ。テメエが血氣を大量消費する技を使ってくるのをな!」

 ブロイラーマンは笑い、両手の指の関節をボキボキと鳴らした。

「自分が有利だと思ってるヤツをハメるのは簡単ってワケさ。お前の部下のセリフだぞ」

「それで今度は貴様が有利になったと思っているわけか。とんだ勘違いだぞ」

 エヴァーフレイムの着物が変化し、赤い鎧となる。接近戦主体の武装に変化させたのだ。

 ブロイラーマンはボクシングスタイルで構えた。あとは殴り合いでエヴァーフレイムの血氣残量を削り、トドメを刺す! すべてに決着を着ける!

 エヴァーフレイムも似たような構えだが、より両腕の位置は高く、片足を一歩前に出している。

「「オオオオオ!!」」

 両者は咆哮し、ぶつかった!

 一手! ブロイラーマンのジャブ! エヴァーフレイムは顔を傾けてかわし、パンチを返す!
 二手! ブロイラーマンはパリングで弾き、逆の手でストレート! エヴァーフレイムは後ろに仰け反ってかわし、上段蹴りを放つ!
 三手! ブロイラーマンは相手の懐に入り、蹴りの威力が減衰する太腿あたりを脇腹で受けた。ダメージ無し! 密着状態でボディブロー!
 四手! エヴァーフレイムは身を引き締めてボディブローのダメージを軽減させつつ、肘打ちでブロイラーマンの横顔を打つ……

 五手、六手、七手、八手、九手、十手、十一手、十ニ手! ここまで双方一歩足りとも引かず!
 ドドドドドドドドド!

 人間の胴体視力を超えた打ち合いが展開された。両者の両手両足はかすんで見え、ブロイラーマンの真っ赤な鶏冠とエヴァーフレイムの鎧だけがネオンライトめいた軌跡を残す。

 お互いが踏み込むたびに地面の灰が舞い上がり、攻撃を打ち込むごとにそれが衝撃波で舞い散る。

 エヴァーフレイムは血氣を大量消費してなお恐るべき使い手だ。ブロイラーマンの攻撃をことごとくやり過ごし、鋭利な打撃を繰り出す。

 エヴァーフレイムはブロイラーマンの首を両手で抱え込み、胴体に強烈な膝蹴りを入れた。
 ドゴォ!

「うおおおお!」

 立て続けに連打!
 ドゴゴゴゴゴ!

(((ロープ・ア・ドープ。知ってるか?)))

 ブロイラーマンの脳裏を師匠、佐次郎の言葉がよぎる。

(((ある有名なボクサーの作戦だ。そいつは強豪ボクサーと戦ったとき、最初のほうはひたすら相手に打たせておいて体力を温存した。ロープ際で耐え続けたんだ。そして相手がバテた後半戦、猛反撃に打って出た……)))

 ブロイラーマンは蹴ってきた相手の膝に腕を入れ、足を抱えた。そのまま逆の手でエヴァーフレイムを掴み、その場で百八十度回転し真後ろを向いて床に投げ落とした。柔道で言うところの裏投げに近いが、かなり強引な形だ。
 ドゴォ!

 ブロイラーマンはすかさず馬乗りになろうとしたが、エヴァーフレイムの反応は早かった。背中に翼を作り出し、相手ごと空中に飛び上がった。

 天井に向かって直進し、ブロイラーマンを自分の身ごとぶつける。
 ドゴォ!

 エヴァーフレイムはさらに壁へと突進し、再びブロイラーマンを叩き付ける! だがブロイラーマンは直前で身を翻し、両足で壁に着地する要領で衝撃を消した。

「うおお!」

 ブロイラーマンは抱きついているエヴァーフレイムの顔面をくちばしで突いた。
 ガッ!

 エヴァーフレイムはとっさに顔をそらし、眼球を潰されることを回避した。額に受け、血が噴き出す。

 二人はもつれあって壁から斜面を転がり落ち、離れた。灰が着地の衝撃で舞い上がる。

 エヴァーフレイムは怒りに満ちた表情で額の血を拭った。

「おのれェ……」

 ブロイラーマンは立ち上がり、構え直す。

 エヴァーフレイムは両手を掲げた。

 ブゥン!
 その両手に血氣によって生成された、赤く光るエネルギーの剣が現れた。

「死ぬのは貴様だ、ブロイラーマン!」

 エヴァーフレイムは翼から血氣をジェット噴射し、ブロイラーマンに肉薄した。血氣の剣を舞うように繰り出す。

 ブロイラーマンは紙一重でかわし、かわし切れないものは非致命的な場所をあえて斬らせてギリギリでやり過ごした。たちまち全身を浅く斬られて傷を負い、血を噴き出しながらも、ブロイラーマンは相手を挑発した。

「お前はその程度じゃねえだろう、エヴァーフレイム! もっとだ、もっと血氣を出せ!」

 エヴァーフレイムは二つの刃を組み合わせハサミのような形状にし、ブロイラーマンの首を刈り取ろうとした。

 ブロイラーマンは相手の頭上をムーンサルトジャンプで飛び越えてそれをかわし、背後を取った。

 背後から殴りかかる! だがエヴァーフレイムはすかさず背負った翼から猛烈に血氣を噴射した。
 ドボォ!

「うお!?」

 ブロイラーマンはそれをまともに浴びて吹っ飛ばされた。

 身を翻したエヴァーフレイムが再び翼から血氣噴射しブロイラーマンに接近する。そしてすさまじい斬撃の乱打を浴びせた。

「うおおお!」

 ガガガガガガ!
 対してブロイラーマンはそれを避け、あるいは血氣を集中した拳で弾き返す。攻撃をかいくぐり、顔面へのストレートパンチを放つ!

「オラアア!」

 ドゴォ!
 まともに入った。エヴァーフレイムは大きく仰け反って後ろに下がった。


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