リベレーター:アウェイクン2

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**4**
 

 翌日。

 夕方七時の夜休憩直前、場内放送が隷層労働者監督官の視察があることを告げた。

 恐怖におののいた労働者がひそひそと言葉を交わすと、たちまち隷層保安員が飛んできた。
 

「私語厳禁!!」
 

 スタン警棒を押し付けて電気ショックを浴びせる。
バチバチという無慈悲な音と悲鳴が上がった。

 朱梨は動揺のあまり手が震えた。
あの男が来る。

 保安員長が叫んだ。
 

「手を止めずに聞け! ただ今より弦谷《ゲンヤ》監督官が視察なさる!」
 

 灰色の制服に身を包んだ男がじろりと場内を見回した。
地獄の軍団長めいた足取りでゆっくりと歩き回る。

 脳内に支配機を持つ者、ルーラーであることを示す腕章が、隷層労働者たちを震え上がらせた。

 弦谷は歩きながら叫んだ。
 

「隷層労働者にルーラーより厳命するゥゥウ! 自殺禁止ィィイ!!」
 

 労働者が復唱する。
 

「「「「自殺禁止!!」」」」

「貴様らは細胞の一片までも社の所有物であり、よって勝手に死ぬことは許さん。
死ぬなら過労死するまで働いて死ね!」

「「「「はい、監督官様!! 我々は社のため喜んで過労死します!」」」」
 

 昼食の薬効はすでに消え、朱梨は体の重さが二倍にもなったような疲労感に押し潰されそうになっている。

 ガキンという嫌な音ではっとした。
手元を見ると部品がズレた状態で釘を打っている。

 別の労働者が異常に気付き、緊急停止ボタンを押した。
 

 ビーッ! ビーッ! ビーッ!
 

 赤色灯が警報を放って回転し、コンベアが停止する。
保安員たちが血相を変えて走って来た。
浄水器を見、怒号を上げる。
 

「S1044号! この担当はお前だな!!」

「はい……」
 

 保安員を押し退け、弦谷がぬっと現れた。
無機質な赤い光を宿す右の高性能義眼が、虫でも見るような目で彼を見下ろした。
 

「S1044号、右手をそこに置け」
 

 彼は浄水器の骨組みの上に顎をしゃくった。
 

「え?」

「右手をそこに置けと言っている! ルーラーとしての命令だ」
 

 朱梨はびくっと体を震わせ、見えない力に強制されているように命令通り動いた。

 脳に埋め込まれた服従機に洗脳支配されている隷層は、所有者のルーラーに絶対に逆らえない。
弦谷はこの棟の隷層労働者全員の所有者なのだ。

 弦谷はレバーに手をかけた。
上から何百キロもある部品が降りてくる。
その下には朱梨の指があった。
 

「動くな……動くなよ……」
 

 そう命令されたのなら、朱梨はぴくりとも動けない。

 隣の日陰が口を開きかけて必死に言葉を探しているが、とうとう止めに入ることはできなかった。
同じ隷層労働者の彼に何ができるというのだろう。
 

「貴様は古鉄重工の貴重な資産を減耗させ、損害を与えた。よってその手に罰を与える」

「ああああああ!」
 

 レバーを下げ切るとき、弦谷の目元は間違いなく笑っていた。
 

 ドスン!

**5**
 

 治療後、工場の隷層医師は朱梨に書類を一枚押し付けた。

 背負った罰金に治療費が加算されたことが書かれている。
病棟のベッドに横たわった朱梨は、真新しい高性能《スマート》義指でその用紙にサインした。
 

「それ、とんでもねえ金額だろ?
オレたちを永遠に隷層にしておくつもりなのさ」
 

 隣のベッドにいた、右腕を義肢と換装された男が彼に言った。

 朱梨の両親は兄を溺愛し、女々しい朱梨を毛嫌いしていた。
朱梨は兄に追いつこうと努力したが、勉強も運動もまるで歯が立たなかった。

 15才になったある日、朱梨は学校の先輩に小遣いを稼がないかと持ちかけられた。
先輩はギャングの一員で、ミカジメ(上納金)を払わないレストランに火を着けて来いと言う。

 朱梨はそれを引き受けた。
ギャングの仲間になれば両親が心配してくれると思ったし、もしかしたら彼にも男らしいところがあるのだと見直すかも知れない。

 店の裏手にあるゴミ箱を焼くだけでいいと言われていたが、朱梨がそこにマッチの火を投げ入れた瞬間、たちまち店全体が炎に包まれた。

 裁判所は朱梨の放火と断定した。
保険金の詐取をもくろむ店主と先輩がグルになって自分をハメたのだと朱梨が気付いたのは、ずっと後のことだった。

 両親が賠償金の支払いを拒んだので、朱梨は法に従って人権を剥奪され、脳に服従機を埋め込まれた。
ほかの隷層数人とまとめて公営競売にかけられ、落札した古鉄重工の隷層労働者となった。

 課せられた天文学的罰金の支払いは100歳まで働き続けても終わらないだろう。
 

(もううんざりだ)
 

 その夜、朱梨は五階建ての病棟の屋上に上がった。
そこから飛び降りようとしたが、どうやっても柵を握った手が離れない。

 ルーラーに自殺禁止と言われたら隷層は自殺できないのだ。
屋上に突っ伏した朱梨は、夜が明けるまでずっとその場で泣いていた。

 隷層は死にすら逃げられない。


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ほんの5000兆円でいいんです。