7.借金のカタでとんでもないことに……(3)

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 薄れかける意識の中、芥の冷笑する声がぼんやりと響いた。

「お前も宵人と同じだ。虫のように無力なクズ」

 そのひと言が俺を現実に引き戻した。
怒りが爆発し、藤堂を渾身の前蹴りで突き放す。

「ざっけんな……!! フザケんじゃねえぞ芥ァァアア!!」

 ガラス越しの芥に腹の底から絶叫した。

「テメエに何がわかるんだ!! あいつはな、宵人はスゲーいい奴なんだよ!! 芥ァ、テメエが見捨てようが、どこの誰が、世界の全部が見捨てようがな、俺だけは絶対に見捨てねえ!!」

 シリンダーを蹴って飛び上がり、三角飛びの要領で金網のトップを乗り越えた。
反対側に飛び降りると、観客の驚いた顔を横切って走り、葉蔵に飛びかかって捕まえた。

「水を止めろ! テメエの眼を潰すぞ!!」

 葉蔵は唾を吐き捨て、落ち着き払って言った。

「俺にそんな権限はねーんだよなあ」

 駆けつけた警備の黒服たちに引き剥がされ、靴底や警棒をありったけ食らった。
ボロ雑巾のようにされたあと、改めてリングに放り込まれた。

「う……」

 うめきながら立ち上がろうとしたが、苦痛が限界を通り越して全身が痺れている。
藤堂がゆっくりこっちに歩み寄ってきた。
眼に決然とした光をたたえている。

「悪ィな、小僧。負けられねえんだ」

(見捨てない……俺だけは……絶対に……)

 必死にシリンダーに向かって這った。
もう六割まで水が入っている。
観客は最後の瞬間を待ち焦がれ、残酷な期待にそわそわしていた。
俺は泣きながら叫んだ。

「宵人……! ちくしょう!! ちくしょおおおお!!」

 そのとき、シリンダーが内側から炸裂した。
流れ出す水とともにそこを出た芥が、髪をかき上げて水気を拭うと、水滴が光の粒となって美貌を彩った。
ため息混じりに俺を見下ろす。

「クソほども使えん弟子だ」

 葉蔵がリング外から叫んだ。

「藤堂さん、そいつを殺してください! 金は言い値で払います!」

 その言葉を受け、藤堂は迷わず芥に突っ込んでいった。
次の瞬間、芥の右腕がムチのようにしなったかと思うと、藤堂はドッと地響きを上げてリングに倒れていた。

 リングに警備が雪崩れ込んでくるが、芥はそれをボーリングのピンか何かのように易々と薙ぎ倒していく。
誰も彼を止められない。
まるで嵐の通り道のようだ。

「あいつ、嵐道《ランドウ》……嵐道芥か!?」

 藤堂が苦しげに呻きながら漏らした。

「ピットの元王者じゃねーか! 死んだんじゃなかったのかよ?!」

(あいつが?!)

 黒服をすべて叩きのめしたあと、芥はふうと息を吐いて伸びをした。
かすり傷すらない。
ほとんど現実離れした強さを夢うつつで目の当たりにしていた俺は、はっとして彼に声をかけた。

「芥、その人たちを!」

 藤堂側の人質シリンダーを指差す。
芥は面倒臭そうな顔でそちらに行き、拳を突き立てた。
ガラスにぱっとヒビが走って砕け散り、母子が水と一緒に流れ出た。

 観客が金を返せと騒ぎ始めた。
芥は俺を軽々と抱き上げ、混乱に乗じて会場の出口に向かって走り出した。

「面倒をかけやがる」

 その腕の中で意識を失う寸前、俺はぽつりと言い返した。

「もっと白馬の王子さまっぽいこと言えよ……」

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ほんの5000兆円でいいんです。