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5.アンデッドワーカー(4/4)

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4/4

 学校のプールほどもある薬液槽がいくつもあり、その中で老若男女の死体が緩慢に手足を動かしているのだ。

 市《まち》中から買われて来た冷凍死体はベルトコンベアによって運ばれ、プールの中に放り込まれると、ほかの死体と同じく眼を覚まして動き出した。
 あれが血族の秘術によって作られた、死体を甦らせる秘薬か。

 冷凍死体をコンベアに乗せている者も、バラバラの死体を継ぎ合わせて一つにしている作業者も、プールのゾンビに合成肉の餌を与えている飼育員も、すべてみな同じゾンビである。

 ゾンビがゾンビを生産しているのだ! 地獄のオートメーションとでも呼ぶべき光景!

「オエッ! 永久さん、名推理だよ」

「血族がいるはず。気をつけて」

 日与は影も残さず素早く中二階から地階に降り、事務所に入った。
 事務員たちが事務作業をしている。ゾンビ同然の顔色だが、彼らは正真正銘の生きた人間であった。

 過労死寸前の血走ったその眼がこちらに向くと、日与は口元に人差し指を立てた。

「シーッ! 騒ぐな。助けてやる」

 みるみる彼らの目に光が戻った。

「し、借金を返せなかったらここに連れて来られて! 過労死した人たちはみんなあのプールに放り込まれて、奴らの仲間に……」

 日与は彼らを繋いでいるチェーンに手をかけ、ひと息に引きちぎった。
 バキッ!

「行け! 逃げろ」

 日与は彼らを行かせたあと、工場長室のドアをノックした。

 返事がない。
 それでも激しくノックを続けると、ドアが乱暴に開かれた。
 全裸に白衣を羽織っただけの中年男が飛び出してくる。

「なんだなんだ! 休憩中だぞ! 邪魔するなと言っ……」

 その目の前にいたのはニワトリ頭に黒い背広姿の怪人!
 ブロイラーマンである! 大きく右拳を引き、野球投手じみて振りかぶっている!

「オラアア!」

 出会い頭の対物《アンチマテリアル》ストレート!
 ドゴォォオ!!

「グエエエーッ?!」

 男は室内に吹っ飛び、マホガニーの社長机に叩きつけられた。
 机周囲にはメイド服を着せられた女のゾンビが六人いた。男とブロイラーマンの交互にどんより白濁した死者の眼を向ける。

 ブロイラーマンは高々と名乗りを上げた。

「血羽家のブロイラーマンだ! 探したぜ、ツバサの犬野郎!」

「ふ、腐痴家の……エンバーマー……」

 顔面が半分潰れたエンバーマーは息も絶え絶えに答えた。
 フランケンシュタインじみた容姿の血族で、顔を含む全身をツギハギにしている。白衣の胸に血盟会メンバーであることを示す、翼を意匠化した銀色のバッヂを着けていた。

「パイルドライバーを殺した奴か!? 何でここに……」

「地獄で他の奴に聞け。質問はこっちがする」

 ブロイラーマンはエンバーマーをデスクに押し上げて仰向けにすると、その上に馬乗りになった。

「ゾンビどもを死体に戻す方法は?」

「ゾンビではない、アンデッドワーカーと呼べ! 俺は貴様の言いなりにはならんぞ!」

「お前が死んだらみんな戻るんだろ。試してみるか」

 ブロイラーマンはエンバーマーを机に押し上げ、容赦なくパンチを連打!
 ドガッ! ドガッ! ドガッ!

「や、やめ! やめグワッ! グワアアーッ!」

 ドローンのカメラが、ぼんやりと成り行きを見守るメイドゾンビたちを映す。

「!!」

 それを横から見ていた仁郎は突然アクセルを踏み込み、路肩から飛び出した。

「ちょっと!? 彼が片付けるのを待つって言ったでしょ!」

 仁郎は無視し、猛スピードで車を工場敷地内へ入れた。
 守衛のゾンビ、もといアンデッドワーカーを轢き殺し、バンを工場入り口前に乱暴に横付けする。

 仁郎が密造ライフルを手に飛び降りると、永久も仕方なくそれに続いた。

 ズダーン!
 バルコニーの見張りアンデッドワーカーが身を乗り出し、真下に撃ってくる! 仁郎をかすめて地面が弾けた!

「うおお!」

 仁郎が撃ち返す!
 ズドン!

 頭が吹っ飛んだアンデッドワーカーはそのまま地面に落ち、ぐしゃりと潰れた。

「仁郎!」

 永久の制止を無視して仁郎は工場内へと飛び込んだ。
 中のアンデッドワーカーたちはふたりに振り返りはしたものの、すぐに自分の仕事に戻った。仕事以外の命令はプログラムされていないようだ。

 永久は仁郎を追って事務所を抜け、工場長室に入った。
 仁郎はメイドのひとりに眼を奪われていた。

「燐音……」

 かつて立風燐音という名だったアンデッドワーカーは、ぼんやりと仁郎を見返した。
 白濁した瞳には何の意思も見受けられず、半開きの口から涎を垂らしてうめき声を上げた。

「ア゛ー」

「死んでるわ!」

 バン! バン! バン!
 ドアの横に隠れ、集まってくる警備アンデッドワーカーたちに拳銃で応戦しながら永久が叫ぶ。

「諦めなさい!」

 だが仁郎の耳にはもう何も届いていない。

「燐音! 俺だ! わかるか!」

「ア゛ー」

「おい、日与! やめろ!」

 ブロイラーマンは振り返って無関心に仁郎のほうを見たあと、もはや瀕死のエンバーマーの胸倉を掴んだ。

「もう一度聞くぞ。アンデッドワーカーを人間に戻す方法は?」

「ゴフッ……そんなものはない!」

「だろうな。全部まとめて死体に戻せ! さもなきゃ殺す!」

 仁郎は泣きそうな顔で銃口をブロイラーマンに向けた。

「ダメだ! やめろーッ!」

 その仁郎の背に燐音のアンデッドワーカーが抱きついた。
 もはや活ける死体でしかない彼女は、彼の首筋に齧りついた!

「ア゛ー!」

「ぐあああ!」

 ブチブチと肉がちぎれ、仁朗の首筋から大量の血が噴き出した。

 振り返ってそれを見ていたブロイラーマンは、エンバーマーの胸倉を掴んで引き上げた。

「アンデッドワーカーを! 停めろ!」

「ヒイイ!」

 エンバーマーが悲鳴を上げ、ぶつぶつと呪文めいたものを唱えた。

 突然、燐音たちメイドアンデッドワーカーが雷に打たれたようにビクンと跳ね上がり、体を硬直させて倒れた。
 同じく警備、作業用のものたちもばたばたと動かぬ死体に戻っていく。

 仁郎は燐音の死体を抱き締めた。

「燐音ェェエ……」

 断末魔のように彼女の名を呼び、事切れた。

 ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ!
 そのあいだブロイラーマンはずっとエンバーマーを殴り続けていた。狂ったように笑いながら。

「ハハハハハハ!」

「やめろーッ! 言う通りにしただろ!」

「〝NO〟だ! テメエも死体に戻れ! ハハハハ! ハハハ! ハハハハハハハハァーッ!」


* * *


 その日の夜。

 永久はガラス張りのベランダから市《まち》の夜景を見下ろしていた。

 部屋着姿で椅子に座っている。
 天外北東の郊外、高台の中腹あたりの一軒家だ。ひとりでは広すぎるが、ふたりならちょうどいいくらいの大きさがある。
 この家で一緒に暮らすはずだった恋人はもうこの世にいない。

 スマートフォンに眼をやり、あの後の日与との電話を思い出す。

(((エンバーマーは大したことは知らなかった。滅却課って言う血盟会の証拠隠滅部門に、アンデッドワーカーを五体貸したってことしか)))

(((日与くん。あのとき、なぜ仁郎を助けなかったの)))

(((そこまで面倒見てられるか。俺が始末するまで入るなって言ったはずだろ)))

 永久はスマートフォンをサイドテーブルに置き、向かいの椅子を見た。
 花切は永久より年上で有能な刑事だったが、そそっかしくていつも何かこぼしていた。椅子の下には落とし切れなかったコーヒーの染みがいくつもある。

 永久は突然込み上げてきた涙をこらえ、ひとりつぶやいた。

「花切さん。あの子は本当に人間?」

(((う~ん……永久は人間の証拠って何だと思う?)))

 花切がそう言ったとしても、永久には答えられない。

 永久は夜景に眼を戻した。

 毎夜、緊急車両のサイレンが鳴り止むことはない。
 街頭テレビは例によって遺族・被害者団体が起こした霧雨病公害裁判が棄却されたことを伝え、その合間に消費を煽る企業CMが洪水のように流れる。

 合法麻薬《エル》試供品配布に人々は長蛇の列を成し、それをハイエナじみて失業者たちが遠巻きに見つめている。
 過剰摂取《オーバードーズ》で死ぬ者が現れるのを待っているのだ。

 混沌と退廃と欲望が渦巻く市《まち》の上空で、終末思想に染まったカルト教団は辻説法を繰り返す。

「地獄が製造される市《まち》よ! 終末は来たれり! 衆生よ、悔い改めよ!」


(続く……)


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