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15.VS.インフェルノ(2/2)

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2/2

 ジュッ。
 インフェルノが浴びた返り血はすぐに蒸発し、赤い霧となった。

「ぐっ……」

 呻いて数歩下がったリップショットの背中に、何かがどんとぶつかった。鉄塔だ。それを見上げたリップショットは目を見開いた。

(あれは!)

「焼却してくれる!」

 インフェルノはリップショットに片手を向けた。その掌に炎が収束し、小さな火球が生まれる。

 それが急速に膨張してリップショットに放たれようとしたとき、リップショットは背後に白骨の刃を振るった!
 ジャキッ!

 鉄塔の土台脚部が切断され、軋みながら傾いだ。それは給水塔であった。塔が倒れ、てっぺんのタンクがインフェルノに向かって落ちてくる!

「うおおお!?」

 ガシャア! ブシュウウウ!
 タンクが潰れて中の水が噴き出した。焼けた鉄をバケツの水に入れたようなすさまじい水蒸気が発生し、周辺を白く翳らせる。

 リップショットはその中へ飛び込んだ。千載一遇のチャンス!

「ヤーッ!」

 ドゴォ!
 インフェルノが給水タンクを押し退けてその下から現れた。

 リップショットは眼を見開いた。相手が全身にまとった炎の勢いはまったく衰えていない!

 リップショットとインフェルノの目が合った。インフェルノはにやりとし、自分自身の体を両手で抱いてうずくまるような仕草をした。

(まずい!)

 リップショットの第六感が危機を告げた。

 カッ!
 インフェルノが一気に体を広げると同時に、その体は大爆発を起こした!
 ボォ――――ン!!

「うわああああ!」

 リップショットは相手に近付き過ぎていた。相手の罠にまんまとはまって誘い込まれたのだ。

 ドォォ――――ン……
 爆発音の木霊が遠退き、キノコ雲めいた爆炎が消えると、その爆心地にはインフェルノただ一人が立っていた。地面がクレーター状にえぐれ、活火山の火口めいた溶岩だまりと化している。

 燃え盛る狐、インフェルノは風呂上りのように頭を振って溶岩を振り払った。腕組みし、眉根を寄せる。

「驚いた」

「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

 リップショットは片膝を突いて地面にうずくまっていた。白骨の右腕を大きな盾に変形させて身を覆っている。それがカタカタと音を立てて元の形状に戻った。

 焼け焦げたスーツとマスクはすぐに血族の力によって元通りになったが、この短時間でダメージまでは回復できない。

 インフェルノは苛立ったように言った。

「今のは全力だったんだがな」

「お前なんかに……負ける……もんか!」

 リップショットはふらふらと立ち上がった。脳裏をあの工業高校生たちの姿がよぎる。その眼には怒りが燃えたぎっている!

 リップショットは叫んだ。

「穢れた血に魂を売ったクズめ! お前らなんかに負けない!」

「ほざけ! 苦しむ時間が延びただけだ!」

 インフェルノが小さな火球を掌から連射する!
 ゴウ! ゴウ! ゴウ!

 リップショットはおぼつかない足取りでそれを回避! よろけながら線路脇へと走る。

 その背中に小さな火球が命中し、炸裂した。
 ボムッ!

「ああああ!」

 リップショットは線路沿いの道路へと地面を転がった。背中からブスブスと黒煙を上げながら、リップショットは必死で道路端へと這った。

 インフェルノは超高温の炎の鎧に包まれている。どこを攻撃しても炎に阻まれて届かない。だがリップショットには勝算があった!

(あそこだ! 一か所だけ鎧に穴がある! あそこを狙えれば……)

 インフェルノの手から炎の鞭が伸びてくる! リップショットはとっさにその場から転がって飛び退いた。炎の鞭がジュッと音を立ててアスファルトを溶かす。

 インフェルノは悠々とあとを追ってきた。

「まったく。アンボーンも相当にしぶとい奴だったそうだが……」

「ハァーッ、ハァーッ……」

 相手の方を向いたままリップショットは更に地面を這って後退する。インフェルノはのんびりと歩いて追い、アスファルトへと降り立った。

(あと一歩、二歩、三歩……)

 インフェルノが右腕を振りかぶった。その手が炎の鞭と化し、リップショットの首を跳ねようとしたその時!
 ドスッ!

「……?!」

 インフェルノは目をしばたたかせた。自分の右の首筋から、背骨めいて連結した骨のチェーンの先端が飛び出している。

 チェーンは彼の体内を貫いている。インフェルノの右の足裏から入って脚を伝い、内臓を貫き、首筋から飛び出しているのだ。鏃のように尖った先端は、すぐに彼がまとった炎に焼かれて黒炭化し、崩れ落ちた。

 彼は唖然として自分の足元を見下ろした。踏んでいる側溝の蓋の隙間を。

 リップショットはインフェルノに見えないよう自分の体で隠し、右腕を側溝の中に突っ込んでいる。その腕を骨のチェーンに変形させ、コンクリートの蓋が被さった側溝の中を通しているのだ。

「足の裏」

 リップショットは息も絶え絶えに言った。

「お前は線路の枕木の上を歩いていた。それからアスファルトの上。全身銃弾を溶かすくらい高熱なら、溶けてズブズブ沈んじゃうはずなのに。足の裏だけ温度を低く調節しているんでしょう?」

「……!」

 ジャラジャラジャラ。
 リップショットはチェーン状の右腕を引き戻した。

 インフェルノが全身にまとった炎が強風に煽られたように揺らめいて薄れ、本体をさらす。そして首筋から激しく血が噴き出した。地面に膝を突いて血を吐く。

「ゴボッ……」

「ヤーッ!」

 ドゴォ!
 リップショットは駆け寄り、容赦なくその顔を蹴り上げた。

「グワアア!」

 仰向けに倒れたインフェルノの襟首を掴み、路線のほうへ引きずって行く。

「ゴボッ……ゴボボッ……」

 インフェルノは両手足をばたつかせ、どうにか再び炎の鎧を作り出そうとしたが、ダメージは致命的であった。能力を使えるだけの余力が残っていない。

 リップショットは先ほどインフェルノが作った溶岩のプールまで来た。彼女が何をしようとしているか察したインフェルノは顔色を変え、必死で相手の手にすがりついた。

「待て! それは……それはあんまりだろう!? 殺すなら普通に殺せ!」

「ううん。ふさわしい報いだと思うよ」

 リップショットは溶岩も凍りつかせる声色で言い、インフェルノを溶岩のプールに蹴落とした。
 ドボン。

「ああああああああああああああああ!!!」

 熱を遮る炎の鎧はない。絶叫とともにインフェルノの生身の体は燃え上がり、溶岩の中へと沈んで行った。

 インフェルノがすっかり見えなくなると、リップショットはその場に座り込んでしまった。ダメージは大きい。懐からカルシウム錠剤の容器を取り出し、口の中に流し込む。

(まだ終わりじゃない! 生き残ってる人たちを助けなきゃ)

 小休止を挟んで立ち上がったリップショットは、電車を見た。コンテナ車とともになおも黒煙を上げて燃え続けている。

 やりきれない思いを抱えて走り出そうとしたとき、路線脇に倒れている人影に気付いた。そちらに向かうと、工業高校生が一人倒れていた。息がある。爆発のときにコンテナ車から投げ出されて一命を取り留めたのだ。

 リップショットは彼を抱き起こした。

「大丈夫!?」

「ああ……ええ?」

 例の気の弱そうな少年だ。目を覚まし、虚ろにリップショットを見返した。

 リップショットは涙を堪えて笑った。あのときコンテナの扉を閉じておかなかったおかげで助かったとは、何という運命の巡り合わせだろう。

 彼を抱き上げ、リップショットは走り出した。

「生きていて。例えこんな世界でも……」


(続く……)


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