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鳳上赫(1/6)

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1/6

 黄泉峠、比良坂市街地跡。

「ブロ!」

 バス停のベンチで待っていたブロイラーマンは、リップショットの声に立ち上がった。

「リップ」

 樹海に没した道路の中からリップショットと竜骨が現れた。どちらもボロボロだ。リップショットは口元のマスクに指を引っかけて下ろし、素顔を見せた。

「良かった! 無事だったんだね」

「ああ。スケープゴートは殺した」

「こっちもヒッチコックをやっつけたよ」

 二人は笑い合い、拳をぶつけあった。

 竜骨は複雑そうだ。流渡といるとき、昴の表情はいつもどこか強張っている。だがブロイラーマン――石音日与と共にあるときは、以前と同じ笑顔を見せる。それはかつて流渡だけが知っていたはずの昴の素顔だった。

 ブロイラーマンは竜骨のほうを見た。重々しく頷き、彼のほうにも拳を差し出した。

「お前にも礼を言っとく。助かったぜ」

 竜骨は相手の拳を見下ろしたが、それだけだった。

 ブロイラーマンは「何だよ」という顔をし、手をふるふると振った。懐から銀色のパックに入ったカルシウム錠剤を二つ取り出し、リップショットと竜骨に渡した。

「永久さんがドローンで届けてくれた。俺はもう食べた」

 三人はバス停に座ってエネルギーを補給し、ペットボトルの水を飲んだ。

 カルシウム錠剤を水で飲み干したリップショットは、大きくため息をついて前のめりになった。

「あー、キツかった……疵女は?」

「さあな。生きてはいたが、どっか行っちまった」

「あの人、何考えてんのかよくわかんないんだよね。ちょっと話した感じだと普通の人っぽかったけど」

 ブロイラーマンは眉根を寄せた。あれが普通?

「ま、ともかく次会ったときは敵だな」

「でも助けになってくれたんでしょ」

「まあな。でもあいつが改心するとは思えねえ」

 それまで黙っていた竜骨がブロイラーマンに言った。

「僕も殺すのか?」

 ブロイラーマンは竜骨を睨んだ。

「お前が何をしたか忘れたと思ってんか? あ?」

 竜骨は相手を睨み返す。

「お前は誰一人巻き込まなかったとでも言うのか? 罪のない人たちを」

 ブロイラーマンは苦い記憶が甦り、それはやり場の無い怒りに変わった。

 ブロイラーマンと竜骨はしばし睨み合いを続けた。

 リップショットは膝の上に頬杖をつきながら呟いた。

「ケンカしたいなら私は止めないからね。そんなヒロインみたいなことしない。元気もないし」

 ブロイラーマンはふんと鼻を鳴らした。

「お前のことは相棒に委ねてる。リップが決めることだ」

 しばらく沈黙が落ちた。

 ブロイラーマンが立ち上がり、伸びをしてぐるりと首を回すと、ピクニックでも行くような口調で言った。

「んじゃ、そろそろ行くか。終わらせようぜ」

「うん? うん……そうだね」

 リップショットは無理に笑みを作った。

 あらゆる家系の中でも血羽は特に優れた身体能力を持ち、短時間で体力を回復できるが、他家はそうはいかない。リップショットの体は震え、顔色は青ざめたままだ。ヒッチコック戦のダメージが残っている。

 リップショットは立ち上がろうとしてよろめいた。

「おっと……」

 竜骨があわてて支え、気遣わしげに言った。

「大丈夫?」

「平気。行かなきゃ!」

 リップショットが相当な無理をしていることは明らかだった。元気そうな声と態度を取り繕っているが、立っているのもやっとだ。

 竜骨は立ち上がり、ブロイラーマンとリップショットのあいだに割って入った。

「昴は行かせない」

「あ?」

 ブロイラーマンがいぶかしんだ。

「おい、何のためにここまで来たと思ってんだ」

「行かせない!」

 竜骨は繰り返した。

「そんな体で鳳上赫と戦えるもんか! もう一度能力を使ってみろ。本当に死ぬぞ!」

 リップショットが今度は割って入った。

「大丈夫。私なら全然平気だってば」

「古参の四人は殺したんだ。日を改めればいい」

「そのあいだに霧雨病にかかった人がどんどん死んじゃうんだよ! もうこれ以上は引き伸ばせない!」

 ブロイラーマンが頷いた。

「そういうこった」

 竜骨が驚き、ブロイラーマンを咎めた。

「お前、仲間だろ! 何で止めないんだ!」

「〝死に場所を俺自身が決められる。だから俺は戦士になったんだ〟」

 ブロイラーマンの芝居がかったセリフに、リップショットが嬉しそうに笑った。『ライオットボーイ』の劇中のセリフだ。

「へへへ……腥《なまぐさ》蔵次《ぞうじ》! カッコ良かったよね、あのラスト」

 だが竜骨は納得しなかった。応急処置した右腕を庇い、左腕のみでブロイラーマンに立ちはだかった。彼もまたギリギリの状態にも関わらず、徹底抗戦の意思を見せている。

 それを見てブロイラーマンは多少竜骨のことを見直した。フォート出身のお坊ちゃんかと思っていたが、骨のある奴だ。

 ブロイラーマンはリップショットに言った。

「リップ、お前は聖骨の盾で結界を張るだけでいい。作戦通りやってくれ。ただし閉じ込めるのは俺と鳳上だけだ」

「何で!? 私も戦えるよ!」

「血盟会最強のヒッチコックを倒したんだろ。あとの手柄は俺に譲れ」

「でも! だって……もしも! もしもだよ? 鳳上が追い詰められて、結界を抜け出して、霧雨病の人をみんな殺しちゃったらどうするの?」

 ブロイラーマンはしばし彼女を見つめ、そしてその胸中を汲み取った。

「聖代のときのことか」

「そうだよ! 聖代は殺すしかなかった。でもそれは私がやんなきゃいけなかった! だって、日与くんと棄助くんは友達だったんだから! 私が臆病で動けなかったせいで、私は……日与くんに……棄助くんを殺させた。罪を押し付けた」

 リップショットは鼻をすすり、涙を拭った。

 ブロイラーマンは小さく息を吐いた。そして昴と出会えたことと、共に戦えたことを心から嬉しく思った。彼女の優しさと強さに深い尊敬を感じた。

「俺を信じて送り出してくれ、昴。俺がお前を送り出したように」

「……」

 リップショットはブロイラーマンを見つめ、涙を拭った。

「わかった」

「よし。能力を使ったあとリップはたぶんブッ倒れるだろうから、あとは竜骨に任せる。頼めるか」

 竜骨は無言で頷いた。

 三人は比良坂の市街地に入った。


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