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労働生産性を支える技術(Technology supporting Labour Productivity)

日本は戦後の廃虚の中から驚異的な高度成長を遂げ、先進諸国に追いついて並ぶまでになりました。成長の原動力は重厚長大や軽薄短小の「モノつくり」産業にみんなで一緒に携わってきたからです。
「モノつくり」のモノは形のあるものばかりではありません。モノに形があろうがなかろうが、個人で作ろうが団体で作ろうが、製品を製作したり、作品を制作したり、創作したりする仕事は何かモノを作りますからすべて「モノつくり」といえます。
製品や作品の「モノつくり」に携わる人は、対象と会話する技術が必要です。製作、制作や創作で成長を支えてきた人たちは「モノつくり」の対象と会話する優れた技術を持っています。生産者はより良い製品や野菜を作ろうと対象と会話してきたのです。建築家は設計書と、小説家は文章と、音楽家は演奏と、画家は絵と、演劇家は舞台と会話しながら優れて独自の世界をめざして作り続けているのです。
日本が誇る「モノつくり」では次から次へと新しい技術が開発されています。最近ではAIに関する技術をいろいろな分野に持ち込むことで、労働力不足に対応したり業務の効率化を図ったりすることが進んでいます。業務に新しい技術を導入したり組み合わたりすることで効率化を図って労働生産性の向上を目指しているのです。
 コンピュータが普及し始めたころ、コンピュータが普及すると業務が合理化されて仕事がなくなるといわれたものです。しかし、コンピュータの導入はかえって仕事量を増やして人員の増加につながりました。最近のAIの技術は一部の職業の仕事が不要になってくるかもしれないといわれています。近い将来にAIが人の仕事を奪ってしまうほど進化するかわかりませんが、定例業務がAIに置き換わり余剰人員がでるようになるかもしれません。あるいは、コンピュータが普及したころと同じように、AIの発展は人の仕事量を増やすようになるのかもしれません。
新技術によって日々の生活が便利になることは少なくありません。しかし、新技術の導入によって日本の労働生産性が改善されたという話は聞きません。労働生産性の改善は、新しい技術を導入して業務の効率化を図るだけはできないのです。日本の労働生産性が低い本当の理由は、新技術の導入とは違うところにあるからです。
日本の労働生産性が低いのは「モノつくり」のハードの技術は最先端ですが、「コトの営み」のソフトの技術が拙いからです。高いレベルのハードの技術の進歩に較べて、社会や組織を運営するソフトの技術の歩みが伴っていないのです。社会や組織の運営に課題があって信頼されていないことが、日本の労働生産性が上がらない理由です。労働生産性はハードの技術が同等とすれば、ソフトの技術の巧拙で決まるからです。
「モノつくり」という目に見えるモノ(ハード)をつくる技術に対して、組織の運営という目に見えない「コトの営み」の業務(ソフト)にも対話する技術が必要です。「モノつくり」のモノを対象とするハードの技術に対して、組織を運営する「コトの営み」は社会や人との対話や交渉(ソフト)を基本とする技術です。
日本の経済が好調なころ後続国は「モノつくり」の技術を日本から習得した後、競争相手として台頭してきた歴史があります。彼らが日本の「コトの営み」の技術を導入したという話は聞きません。彼らは日本の組織の運営が合理的な手法とは見えなかったので魅力を感じなかったようです。日本の発展を支えていた社会は「民は依らしむべし、知らしむべからず」の方針と「力」による組織の運営でした。
新しい技術の導入は、経済が成長していた時代から絶えず行われてきたことです。 日本の「モノつくり」の技術はどの分野においても世界のトップレベルにあることは疑いがありません。今後もますます新技術の開発は進んでいくだろうといえます。次々と新しい技術が私たちの生活に入り込んできて、シニア世代には使いこなすことが難しい技術も少なくありません。
社会や組織の運営という「コトの営み」は、長い歴史と慣習に培われた技術です。伝統的な技術だからといって、地域の伝統的な祭りや風俗習慣のカタチだけを守り続けることが保守ではありません。現状が時代とずれてきていることを無視して、昔ながらの伝統的な手法だけを守り続けるのは組織の保身でしかありません。伝統は時代に合わせて、絶えずカタチを変化させながら守り続ける必要があります。前進するためには「コトの営み」の技術を改善し続けなければならないのです。
経済を立て直すためには、労働生産性の改善が不可欠です。労働生産性をあげるためには、痛みを伴うかもしれませんが、社会の運営手法の改善が必要です。組織のあり方や個別の作業手順、作業の進め方などの組織の運営を見直さなくてはいけません。現在の停滞した経済の立て直しは、新技術を開発して導入するというハードの技術に頼る施策だけでは十分ではありません。ハードの技術と両輪をなすソフトの技術を進化させて、二つの技術をシンクロさせて進まなければ、日本の立て直しはできません。

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