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訪れた国

Episode 37 – India 5W1
 
 ムンバイ国際空港の国際線と国内線は空港の両側に離れていたので、乗り継ぎが大変でした。日本からの到着時間が夕方だったので、すぐそばのホテルを利用しました。 なかなか立派なホテルで食事もおいしく、部屋に戻るとベッドの上にバスタオルで鳥が折って置かれていました。ベッドメイキング担当者のおもてなしの気持ちがとてもうれしかったです。今では同じターミナルで乗り継ぎできるようになったので、残念ながらこのホテルを利用することはなくなりました。
 次の朝起きて外を見てびっくりしました。入る時に見たホテルの表側は整備されていましたが、裏というか横の方はゴチャゴチャの街が見えたのです。後ほどまわった街中でも、洗濯屋さんが無数に集まった街とかスラム街とかがあちこちにありました。 一方で近代的なビルが建っている地域とか、植民地時代の建物が残る整備された地域とかがありました。さすがに街中で牛は見ませんでしたが、ムンバイはものすごくいろいろな顔を持った街という印象です。
 ムンバイの港から船で1時間くらいのところに、洞窟の中に石の彫刻がある遺跡の島があります。島の小さな港から小さな機関車が引く汽車に乗って10分くらいで山の麓に着きます。緩やかな坂を歩いて上ると、山の中腹を削った中にヒンズー的な彫刻の像があります。また、前面は神殿の柱が何本も彫ってあり、柱の後ろは洞窟をくりぬいて中にいろいろな像が彫ってあるアナもありました。彫りかけてやめた穴もあります。遺跡の修復で働いている人もいました。
何年もかかって多くの人がこの島に住んで彫ったと思われます。彫る人がいなくなると住む人もいなくなって、長らく忘れられていたのでしょう。今では観光地化して、店もたくさん出ていました。
 ムンバイは18世紀にイギリス人が上陸してきたところで、そこから植民地支配が始まったと聞きました。要塞が築かれていた地域には植民地時代の建造物が多く残っています。街はよく整備されており、建物は負の歴史的建造物と思われますが現役です。
 ムンバイには古いものと新しいものが、ゴチャゴチャに存在しています。新しいのは高速道路や斜張橋。日本の援助で建設されている地下鉄もあります。まだ開通していないかもしれません。インドには私たちと違う時間軸があるようですから。
 インドはデリーを中心に東、西、南、北と訪れましたが、どこへ行っても違う人種の人が住んでいました。文字は違いましたし、彼らの風俗習慣も少し違いました。ですが、私たちがインド人と聞いて思い浮かべる時のあのインド人でした。どの人も雰囲気がインド人風なのです。みんなカレーを食べているからでしょうか。
 カレーと言えば、どこへ行っても3食カレーがあります。マクドナルドもありましたが、パテが牛肉ではなくて鳥でカレー風味。英国人を日本へ連れて行ったとき「マクドナルドだ。日本食が口に合わなくても大丈夫」と言っていたのを思い出しました。
しかし、マックもカレー味で毎日は困る!困ったときはビリヤーニと教えてもらっていたので生き延びることができました。ドーサ(ジャガイモなどをクレープで包んだ食べ物)も場所によっていろいろですが、どこのドーサもおいしかったです。ビリヤーニとドーサがあれば、誰でもインドは大丈夫です。

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