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140字小説 (全18篇)

これまでツイッターに投稿した「140字小説」の中から好きなやつを選びました。


# 001
死んだ父に手紙を書こうと思った。青年だった彼に届く気がした。文面、ボールペンを持つ手が止る。「僕も、白い運動靴と芝生の匂いと送りバントが好きです」  生家の住所を調べ、余分に切手を貼った。封筒の裏には父の知らない私の住所。投函から二週間がたつ。あの手紙は誰が読んだのだろう。

# 002
三角公園で線香花火をした。二人ともゴム草履。浴衣は持ってなかったし、マックはご馳走だった。「大きいよこれ」「あっ、落ちた」「暗くなったね」「うん、なんか静か」思い出したように蝉が鳴いた。その時間が豊かで二度とやって来ないことに気づいたのは、ずっとあとになってからだった。

# 003
中学に入ったばかりのカイとユキは金がない。全財産はあわせて870円。「防波堤でメロンパンをわけて無敵になろう」「隣町までバスで往復しても120円あまるね」メロンパンをふたりで食べるといつまでも仲良しでいられる。カイもユキそう信じていた。鯨が鳴く。ふたつの背中が小さく揺れた。

# 004
【一角獣の角を磨く仕事です】奇妙な求人広告だった。「募集を見たのですが、一角獣?」「私共はその角で穴を塞いでいます」女の声はAMラジオのようだ。「そこから世界に愛という言葉が流れ込んでいます。多すぎても少なすぎてもいけません」「日銀のようなもの?」「おおよそ合っています」


# 005
僕が注文したのは「放課後」と名付けられたコースメニューだ。木の椅子を引き姿勢を正す。ボーイがオレンジ色の羊の革袋をテーブル置いた。手を入れる。銀玉鉄砲の弾だった。紺の革袋。犬の毛? リクだ! 紫の革袋。がま口。これは祖母。最後に銀の袋。中身は空。腕を抜くと海の匂いが漂った。


# 006
古い天文台に細貝さんは住んでいた。仕事は時の番人だ。僕は窓から首を突っ込み声をかける。「時を早送りして!」「よし、わかった」カチッ。「次は逆再生」「簡単さ」カチッ。「なにも変わらないよ」。細貝さんは、鹿皮で真鍮のスイッチを磨きながらいつもこう呟く。「すべてが変わるからね」


# 007
縁日で僕が掬い上げた、それが金魚のケイコさんだ。それから毎日ひとつずつ言葉を教えている。最近は、ケイコさんの方から訊いてくることも珍しくない。「スパンコールってなに?」「嫉妬のことだよ」 僕は時々、意地悪をする。水槽に西陽があたる。彼女は、自分が踊り子であることを知らない。


# 008
ishi_oto   三茶の路地、小さなアクリル看板が目にとまった。斜視の女が店番をしている。「聴かれていきます?」女は古いキャビネットから石を取り出す。「耳にあてて」ゴッ「それは人を恨んだ時の音、鉛です」サクサク「人を好きになった時、枯葉からサンプリング」 風の音「あっ、それは私」


# 009
嘘つき婆さんが死んだ。「若い頃は売れっ子の詩人だったの」相手にする者はいない。村人は彼女が漢字も満足に書けないことを知っていた。葬儀が終わり縁側に一冊のノート。犬、猫、鼠、兎、蟻、猪、蝶、鹿、雀、椋鳥がノートを覗き込んでいる。風だ。頁が開く。つたないひらがなが一瞬見えた。


# 010
柵に近づき小声で話しかけた。「獏君、夢を食べるのやめたって本当?」獏はあくびをすると面倒くさそうに答える。「うーん、やめたという言い方は正しくない。時代の変化、というやつさ。これを見て」スマホ。「ツイッター始めた。タイムラインにみんなの夢が流れてくるから、これを食べてる」

# 011
「うれし涙には、悲しみの成分が混じってるの知ってる?」「さあ。いくらなんでも餌やりすぎだろ」女は熱帯魚の水槽の前から動こうとしない。「うれしいのと同時にやっぱり泣いている。うれしさがその奥にある悲しみに触れてるんだって」 水槽越しの表情は、歪んで少し泣いてるようにも見えた。


# 012
金がなかった。昼間はペンキ屋で、夜は羽田空港で飛行機を洗った。そのくせアパートには女の子とキジトラの猫が住み着いてた。チキンラーメンをふたりでわけた。「いつか卵を入れような」「チキンラーメン偉い。半分でお腹いっぱい!」花火だ。音が遅れてやってくる。小さな声で猫が鳴いた。


# 013
祖母とふたりで暮らしていた。学芸会も運動会も遠足も、いつも「助六寿司」を持たされた。私は楡の木に、リカちゃん人形を持参して、ピアノを聴かせ、楽しかった旅行の写真を見てもらう。少女が笑うまでそうしよう。少女とは他でもない、今も暗く湿った部屋で立ちすくむ「わたし」のことだ。


# 014
充電ケーブルが臍帯だとしたら、母の名前はヨドバシカメラだ。私はスマホの中で生まれ、スマホの中できっと死ぬ。14歳。大人はウザくない、そう思えるほど大人になったよ。プールは大きなauだ。ここに金魚を放とう。さあ、一緒に泳ぐよ。クロールから背泳。月だ。これ上弦って言うんだっけ?


# 015
岬の突端に住む老犬は全身を銀色の毛で覆われていた。水平線を眺めては呟く。「あのカモメはいつ戻ってくるのだろう」彼は知っていた。ジョナサンは、他のどのカモメより「ただ」速く高く飛びたかったことを。意味をもたないことの美しさを。老犬は死んだ。あとには銀の糸が風に揺れていた。


# 016
非常階段で蝉が白い腹を見せてもがいている。指先ではじくと飛んで行った。帰宅して荷物を置き、非常階段に戻ると今度は死んでいた。いつのまにか二匹になっていた。「ああ、そういうことか」と思い仕事場に戻る。クラクションが短く鳴った。黄色い帽子の子供が駆けていく。夏の後ろ姿だ。


# 017
裁判官は、咳ばらいをひとつすると切り出した。「両被告人は半分に切った玉ねぎを持ち、目隠しをした上で壺に手を入れなさい。赤ん坊の亡霊の歯形が残された側を無罪とします」 女の玉ねぎに乳歯の痕跡があった。彼女は耳元で「腕も噛まれたのよ」と打ち明けた。烏ような笑い声が法廷に響いた。


# 018
【募集】いまからお昼寝をしようと思うのですか、どなたか夢の中に持参できるストップウォッチを作ってくださいませんか? なぜって、実際に1時間きっちり寝たとしても、夢の中では、「確実に」半日は過ごしていることがあるのですから! これって、どう考えてもおかしな話だと思いませんか?  

かまーん!