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《短編小説》透明人間

男は人生を捧げた研究の末、遂に透明薬の開発に成功した。たった一人でとうとう成し遂げたのだ。男は恭しく180mlのビンに入った無色の液体を持ち上げ、そのままそれを一気に飲み干した。すぐに身体は透明になった。

「やったぞ!これで僕は自由だ!」

早速効果を試すため、外に出た。人通りの多い交差点まで行くと、僕は両手を振って人々の通行を妨害するフリをした。しかし、人々は僕に気付かず、横を通り過ぎていく。目も合わされないし、僕の手を避けようともしない。

「どうだ!透明人間だぞ!」

その声に誰も気付かない。

「おい!どうだ!おーーーーい!」

女性の耳元に叫んだが、女性は全く気付いていない。成功だ、成功だ。僕は湧き上がる何かの衝動を抑えきれないまま走り出した。その時、ふと視線を感じた。道路の向こうに僕を見ている女がいる。見られている?そんなはずがない。でも確かに女の視線は僕を追っている。そうか。そうだったのか。どうやら透明人間になっても、他の透明人間には僕の姿が見えるらしい。僕は初めて自分以外にも透明人間がいることを知った。僕はまだ自由ではなかったのだ。

一日散歩して分かったことがある。透明人間には何種類かあるらしい。空間が自我を持ってしまった透明人間、いわゆる地縛霊のようなものなどがいるそうだ。私のような人工的な透明人間は、私以外にはいないようだが。

翌日も、調査のため散歩していると、早くも誰にも気付かれない孤独に耐えられなくなってきた。どうしようもなく、悲しくて仕方なくなって、とにかく心が癒される場所に行きたいと思った。そして気づいたら、ビルの屋上にいた。

そこには少年がいた。
少年と目が合うと、「初めて見つけてもらえた!」と、少年は泣き出した。少年がどのタイプの透明人間に当たるのかは分からないが、少年は今まで誰にも見つけてもらえていなかったのだ。長い間、誰からも気づかれず、必要とされず、それでもいつか見つけてもらえる日がくると信じて、この雑居ビルの屋上で待っていたのだ。少年につられて僕も涙を流していた。

それから僕たちは透明人間同盟というのを作り、お互いの存在を認識し合うことにした。真の自由とは何なのだろうか。

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