秋山 康二郎「自分らしさの発見者」
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秋山 康二郎「自分らしさの発見者」

櫛野展正(くしの・のぶまさ)

1.ストレングス・ファインダーとは?

僕は、障害者福祉の世界に長く身を置いてきた。

障害のある人たち支援においては、いわゆる問題行動ばかりに注目するのではなく、その人たちの強みや魅力、つまりストレングス(Strength)を活かした支援を行っていくことこそが必要だとされている。

いっぽうで、心理学などの分野においてもこのストレングスを活用した関わり方が近年注目を集めている。

そのひとつが、「ストレングス・ファインダー」と呼ばれる診断手法だ。

これは、米国のギャラップ社が開発した人の「強みの元=才能」を見つけ出すツールのひとつで、Webサイト上で177個の質問に答えていくと、自分が気づかなかった34の資質を発見することができる。

このストレングス・ファインダーと出会い、人生を好転させた人がいる。

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それが、今回ご紹介する秋山康二郎さんだ。


2.引っ込み思案だった性格

秋山さんは、1974年に2人兄弟の次男として福岡県で生まれた。

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小さい頃から、引っ込み思案でおとなしい性格だったにも関わらず、小学校3年生から6年生までは知人の紹介で児童劇団に所属。

「人前で何かをすることは苦手だったんですが、劇団では絵本『スイミー』を元にした劇で主役をやっていました。何か役割を与えられるとスイッチを切り替えることができたようですね」と当時を振り返る。

中学・高校は地元の公立中学校と高校に進んだ。

幼稚園から水泳を習っていたこともあり、水泳部に所属。

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福岡は水泳の強豪校が多かったが、新人戦では背泳ぎの部で県大会に進んだこともあった。

その頃といえば、アイドルやヒットチャート番組の衰退と入れ替わるようにして日本中にロックバンドの一大ブームが巻き起こった時代だ。

秋山さんもその流れを受け、友だちと数年ほどバンドを組んで活動をした。

「バンドではボーカルとして歌っていたんですけど、ここでも仲の良い人たちと一緒であれば、恥ずかしさなど感じなかったんですよね。そういえば、高校時代は急に応援団へ入ったこともありました。輪の中心ではないんですけど、覚えた振り付けをみんなに教えていました」

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「ずっと将来の夢を持てずにいた」という秋山さんだったが、読書家だった父親の影響から本を読むことが好きだったこともあり、漠然と「法律を学ぼう」と思いたち、福岡市にある私立の西南学院大学法学部へ進学した。

「法学部で学んでいたけど、やっぱり将来像が描けずにいたんです。大学時代はバイトに熱中しました。特に、百貨店でのギフトセンターのバイトが楽しくって小売業へ興味を持つようになりましたね

倉庫に学生が集まって働いていたギフトセンターのアルバイトでは、学生たちをマネジメントしていくことが好きだったようだ。

自分が前に出ていくのではなく、劇団にしても応援団にしても、みんなで一緒に何かをつくりあげ、まとめていくという経験を楽しんでいた。


3.社会人としての苦悩

大学卒業後は、福岡に本社のある大手ディスカウントストアへ就職した。

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当初は福岡県内の店舗に勤務していたが、数年後には千葉県習志野市で新規開店した店舗へ異動となった。

以後は、2年ごとに関東近郊での転勤を繰り返してきた。

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6年ほど前に15歳年下の妻と結婚したことを機に、話し合いの末、昨年2月からは転勤を繰り返さないエリア職へ配属してもらうことができた。

現在は、千葉県内で暮らす秋山さんだが、過去には仕事での人間関係に悩まされた時期もあったようだ。

「以前は課長職をやっていたんですけど、上司と折り合いが合わず降格になったこともありました。その人の機嫌をとったりすることが苦手だったんですよね」

都内で働いていたときは、そうした人間関係のストレスが原因で現在より10キロほど太っていたという。

「特に趣味など無かった」と語る秋山さんにとって、唯一のストレス解消手段は馴染みのセレクトショップへ通い、大好きな服を購入することだった。

いつしか購入額は増えていき、気づけばカードの支払い額が給料を超えたこともあったという。

「まだ妻と出会う前だったから、なんとか助かりました」と笑みをこぼす。

そして、働き始めてからビジネス書や自己啓発書を中心に本を読むようになった秋山さんにとって、運命の出合いは2018年に訪れた。

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書店で平積みされていた書籍『さあ、才能(じぶん)に目覚めよう 新版 ストレングス・ファインダー2.0』を手に取り、ウェブサイトを通じて診断を行ってみたところ、これまで欠点だと思っていたことが実は自分の強みだったことを認識した。

「例えば、僕は『内省する』のが得意なんですね。会議に出席しても、毎回とっさに上手く発言ができないことが続いていました。社内では『その場で発言しないやつは駄目な人間だ』というような空気が流れていたんですけど、僕はじっくり考えて発言したいタイプだったんです。いつもそのあたりのモヤモヤを抱えて働いていました。でも、ストレングス・ファインダーで実はそれが強みだという診断を受けてから、事前に会議資料などをもらって、しっかり考えて質問することができるようになったんです」

その後、秋山さんは著名なストレングスコーチのひとりとして知られる知識茂雄氏のコーチングを受け、さらに自己分析を深めていった。

そして昨年2月には、ストレングス・ファインダー認定コーチ資格の取得を目指して5日間の講習会を受講。

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「参加者の多くはビジネス関係の人間ばかりで、趣味の延長として参加していたのは僕ぐらいでした」と教えてくれた。


4.人の役に立ちたい

そんな秋山さんは、会社にストレングス・ファインダーを広めるために活動を始めている。

さっそく上司を診断させてもらい、コーチングを行ったようだ。

「コーチングなどの話題を出すと、難しい顔をする人も多くいました。新しいものや知らないものに対しての抵抗が強いんですよね。まずは社内の身近なメンバーから広めていきたいと思っています。多くの人にとって、欠点だと思っていたことが実は長所であることが多いんですよね。自分の特性を知ることによって、僕自身がずいぶんと楽になりましたから、他の人にも教えてあげたいです」

「いままで目標もなく、漠然と生きてきた」とつぶやく秋山さんだが、詳しくお話を伺っていくと、いろいろな場面で「人の役に立ちたい」という思いを抱いて過ごしてきたようだ。

その原点は学生時代の兄との思い出にまで遡る。

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「兄は、自分と違って明るく社交的な存在でした。背も高いし運動神経も良くて、人気者だったんです。周囲からは、『あの兄貴の弟』という目で見られ、いつも比べられているような気がしていました。兄との仲は良かったんですけど、どこか負い目を感じていたのかも知れません。でも、学生時代に兄から『いつも、おしゃれな服を着てるよね』と洋服の相談をされたことがあって、初めて頼ってもらうことができました。それがすごく嬉しかったんですよね」

会社員として働き始めてからも、店舗で生じた問題に対する提案をチーム内で雑談程度に話していたら、試案が採用され会社のシステムが改善したこともあった。

決して、「自分が口火を切ったから」と声を大にすることはないが、それが秋山さんにとっては大きな喜びとなった体験がある。

誰かの役に立って、そのうえ人から感謝される現在の仕事は、まさに秋山さんにとって適職と言えるのかも知れない。

「僕の性格的に、自分が率先して何かを主導するタイプではないことは分かっています。自分は輪の中心にいなくても良いので、みんなが楽しくなるような場をつくっていきたいですね

画面越しにそう話す秋山さんは、やっと自分らしい人生を歩み始めたようだ。

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人はみな、他人と共存していくなかで、何かしらの生きづらさを抱えて生きている。

他者を理解するためには、まず自分を理解することが大切だ。

自分を理解することは、自分の弱さと向き合う作業でもある。

それはときに、心の痛みを伴うことだってあるだろう。

しかし、自分の弱さを知り、認めることで可能性が広がり、生きやすくなるのだ。

まずは自分らしさとは何かを考え、見つめること。その作業を手伝ってくれるのが、秋山さんのような「発見者」なのかも知れない。


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あなたの人生を記事にします。 「美術手帖」や「水道橋博士のメルマ旬報」「東京新聞」などで連載をしています。「週刊新潮」での連載経験もあり、これまで300人以上を取材し、その人の生きざまを紹介してきました。 http://kushiterra.com/