Happy Birthday to KISS
大学時代、ケーキ屋さんでアルバイトをしていた。
お祝いや特別な記念日にケーキは付き物。
来店されるお客さまは、みんな幸せそうな表情をしている。
薔薇の花束を抱えてケーキを買いに来られた男性は、今夜プロポーズをするのかな。
人生の節目に少しでも携われるこの仕事が、わたしは好きだった。
大学2回生からアルバイトしていたケーキ屋さん、
ザッハトルシエ(仮名)。
ザッハトルシエではデコレーションケーキが人気で、ドラえもんやピカチュウのイラスト入りのケーキに、お子さまは大喜び。
また、写真をご持参いただければ、オリジナルケーキを用意することができる。
お誕生日を迎えるお子さまの似顔絵や、飼っているワンちゃんの似顔絵も対応可能だ。
ある日、店頭でお誕生日ケーキの予約を受付した。
関西のヤンキー然とした40代後半ぐらいの女性。
「来週おじいちゃんの誕生日やから。せやなぁ、生クリームと苺のやつ、コレでええわ」
お見せしたパンフレットの中から、スタンダードなケーキを選んだ。
プレートのメッセージは〈おじいちゃん おたんじょうびおめでとう〉
ロウソクは大きいのが7本と小さいのが3本。
73歳の誕生日を迎える主役のおじいちゃんというのは、多分このお客さまの実父だろう。
注文内容が決まりかけた頃、急にお客さまの意向が変わった。
「オリジナル似顔絵ケーキか。やっぱりこっちにしよかな。絵描いてくれるんやろ?ええやん」
写真の提出が必要であることを伝えると、携帯電話を取り出し、過去に撮った写真の中からおじいちゃんを探し始めた。
「あるかな?あんまり写真撮ってないからなぁ」
だいぶ遡って探し、ようやく写真が見つかった。
「あー、あったわ。せやけど、あんまりやなぁ。これがケーキになるんやろ?」
お客さまは見切りを付けるのが早かった。
「やっぱおじいちゃんやめるわ。辛気臭いから」
主役であるおじいちゃんに対して、なんてことを。
予想外のフレーズを浴びた衝撃に浸る間もなく、お客さまは次なるご要望をおっしゃった。
「アレがええわ。海外のバンドの、名前が出てこーへんけど。白と黒のごっついメイクして。目のとこ星になってる人ら」
必死で説明を聞いていたが、全然ピンと来ない。
困るわたしの表情を見ながらも、お客さまは説明を続ける。
「お姉ちゃん若いから知らんかなぁ?でもめちゃくちゃ有名なバンドやねん。アメリカかイギリスかで、ハードロックの4人組ぐらいのバンド」
残念ながらわたしは知らないバンドのようだ。
「絶対誰かは知ってるはずやから、聞いてみて」
よっぽどこのバンドのケーキがいいらしい。
確かに、このパンチの効いたお客さまのおじいちゃん(お父さん)なら、73歳でロックバンド好きなのも頷ける。
わたしは奥に下がり、イラストを担当している職人さんに、ヒアリングした情報をそのまま伝えた。
・海外の4人組ハードロックバンド
・白と黒のメイクを施している
・目が星になっている
「あ〜、KISSね」
すぐに答えが出た。
お客さまがおっしゃった通り、わたしが知らなかっただけで、有名なバンドだった。
「検索したら画像出てくるし、写真は用意してもらわなくても描けるよ」
職人さんは頼もしい。
わたしは店頭に出て行った。
「その特徴は、キッスというバンドのようですが、お間違いないですか?」
お客さまに聞くと、ドンピシャだった。
料金表を示して説明する。
似顔絵は一人当たり400円。
双子のお子さんの似顔絵を描く場合は800円となる。
ということは、4人組のキッスは1600円になる。
「1600円か」
お客さまの顔が少し曇ったのをわたしは見逃さなかった。
1600円もあれば、あと2サイズほど大きなケーキが買える。
その頃になるともう、わたしはまだ見ぬキッスケーキの虜となっていた。
白黒メイクのバンドがどのように描かれるのか、目が星とはどういうことか、気になって仕方がない。
わたしは再び奥に下がり、先ほどの職人さんに聞いてみた。
「念の為の確認なんですけど、キッスは4人組のバンドだから、イラスト料金は1600円ですかね?」
高すぎるという意図をすぐに汲み取った職人さんは、半笑いで言う。
「4人セットで1アーティストということで、特別に800円にしときますよ」
普段、コナン君やぶりぶりざえもんばかり描いている日常に、刺激が欲しかったのだろうか。
職人さんは融通を利かせてくれた。
こうして無事、注文を承ることができた。
予約当日、職人さん渾身のキッスケーキが完成した。
孫悟空よりも数倍繊細に描かれた4人。
目元の星メイクも忠実に再現されているようだ。
すごい。
予約時間に来られたお客さまに、キッスケーキをジャーンとお見せした。
「うわ、ごっついやん。めちゃくちゃええやん!ホンマありがとう」
このリアクションを職人さんにも見てもらいたいぐらいだった。
「おじいさま、喜んでくださるといいですね。キッスの大ファンなんですよね」
わたしまで嬉しくなって声をかけた。
「いや、ちゃうちゃう。アタシが好きなだけや。辛気臭い似顔絵よりも景気ええやろ」
〈おじいちゃん おたんじょうびおめでとう〉
縁もゆかりもないビジュアル系ロックバンドのイラストケーキ。
おじいちゃんの心中を察すると、非常に辛気臭い。
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さて、次回の #クセスゴエッセイ は
「婚活カオマンガイ」
をお届けします
お楽しみに〜
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