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年下見守り隊

毎週観ているトーク番組で、千原ジュニアさんが言っていた。

歳を重ねるにつれて年下が増えてきた。
若い頃で言えば、高校球児が年下になった時は感慨深かった。
そのうち飲食店の店員が年下になり、番組プロデューサーが年下になった。
そして、最近では主治医までもが年下になったと。

確かにそうだ。
わたしだって、いつの間にかモーニング娘。が年下になり、経済番組のキャスターが年下になり、仕事では住宅ローンを申し込みされるお客さまが年下になった。

すごく大人だと思っていた年齢や立場に実際なってみると、意外とこんなもんか、と思ったりする。

ただ、歳を重ねるにつれて、知らず知らずのうちに経験値は積み上がっている。

初めてのことや、感じたことのないことに出会うたびに、戸惑い、悩み、失敗したりするけど、振り返ってみると、ちっぽけでかわいらしいと思えたりもする。



中学生の頃、百貨店の催事の恐竜展に行った。

大きくて強いティラノサウルスもいいが、わたしはどちらかという背中にビラビラがついたようなステゴサウルスのファンだ。

恐竜は絶滅したが、トカゲみたいなミニミニ恐竜風な生き物が現代まで生存してくれていることが、神秘的だと思う。

ふと女性の声が聞こえた。
「会いたくても会えないの。仕方ないの」

見ると、4歳ぐらいの男の子が「会ーいーたーいー」と泣き出してしまっていた。
いつ震え出してもおかしくない。

「絶滅しちゃったの。だから会いたくても会えないの」
お母さんは心苦しそうに息子に言い聞かせている。

泣かないで。
実際に恐竜に会えたら、きっと引くほど大きいし、食べられちゃうかもしれないから、会えなくてラッキーだよ。

中学生のわたしからすれば、4歳の男の子は随分年下だ。 
見守ってあげられる。





わたしが社会人になって間もない20代前半の頃、朝の満員通勤電車で、一人の男子中学生と乗り合わせた。
わたしが乗る時間帯の特急電車は、仕事に向かう通勤客がほとんどで、中学生を見るのは珍しい。
模試などで普段の学校と違う会場に行くために、この電車に乗っているのかもしれない。

特急電車はとある大きな駅に止まった。
他の路線との接続駅で、かなり多くの人が乗り降りする。

ドア付近に立っている乗客達は、この駅で降りるわけではなくても、他の乗客が降りる邪魔にならないように、一旦車両を降りてホームに出る。
完全にお客さんが降り切ったあとで、もう一度ホームから車両に戻る。
いつも通りの通勤風景だ。

車両から降りる人波の中に、顔面蒼白の中学生の少年の姿を見た。
人波に流されてホームに押し出される少年の顔には「僕が降りる駅はここじゃないのに…」と書いてある。

「ホームに一旦降りて、また車両に戻る」という満員電車でのしきたりを体験したことのなかった少年は、戸惑いに震えている。

一度ホームに出てしまったら一生車両に戻れないと思い込んでいる少年は、この世の終わりのような表情で、非力ながらも人波にあらがおうとしている。
模試に遅刻してしまったらどうしよう、という悲壮感に満ち満ちている。

大丈夫よ。
降りたらまた乗ればいいから。

わたしは少年が無事に車両に戻るのを見届けた。

20代前半のわたしからすれば、中学生の少年は随分年下だ。
見守ってあげられる。





先日寄った居酒屋さんで、20代前半と思しき男性の店員さんが、ファーストドリンクを持ってきてくれた。
30代になったわたしにとって、居酒屋の店員さんは年下のことがほとんどだ。

「お待たせしました」と、生ビールをお盆からテーブルに置いてくれる。
「こちらお通しの、、こちら、えっと、あの、」
明らかに様子がおかしい。

声も手も震えながら、お通しの小鉢をお盆からテーブルに置こうとして、またお盆に戻して。
「おと、、お通しの、、」

バイト初日だろうか。
もしくは、人の目があると緊張してうまく喋れないのかもしれない。

お通しの行く末が気になりじっと見てしまっていたわたしがきっと悪い。
わたしは急にテーブルの隅の爪楊枝入れに興味が沸いた演技で、店員さんに背を向けた。

目線が怖いんだよね。
わたしは暫く見ないから。
今のうちにお通し置いていきな。

お通しが十分置けるだけの間を開けたのち、もういいかい、と店員さんの方向にそっと視線を戻すと、小鉢は未だ空中でプルプル震えていた。

そして、意を決した店員さんがこう言った。

「こ、こちらのお通しの、料理の名前を、あの、忘れてしまいました」

大丈夫。青菜のおひたしだから。
ほうれん草なのか、小松菜なのかと、あなたを問い詰めたりはしない。


30代のわたしからすれば、20代前半の店員さんは随分年下だ。
見守ってあげられる。





先日、30代のわたしの身にある出来事が起こった。

わたしは広場のベンチでパンを食べていた。
惣菜系のパンはマヨネーズやチーズがたっぷり使われていて、カロリーは気になるものの、その分美味しい。

すると突然、衝撃が走った。
何が起こったかは分からない。
とにかく衝撃が走った。

え?

5秒ぐらいして、手元のパンがなくなっていることに気づいた。
一体何が起こったのか。

呆然と天を仰ぐと、パンを咥えたトンビが遥か遠くに飛び去っていくのが見えた。

普通こういう時は「うわー近づいてきた、怖い怖い」「来た来た」「ひゃー、取られた」などと思うものかと思っていたが、そんなことは一切ない。

手元のパンが神隠しにあったように、ただ突然姿を消しただけ。
痛くも痒くもない。
わたし以外の人、生き物、植物、物体、空間には何ら変わりはない。

初めての予想だにしない出来事に、わたしはただ、パンを確かに持っていたはずの手元と、トンビが飛び去っていった空を、交互に見比べることしかできない。

パンが…。

わたしは一人、魂が抜けたようにベンチでだらんと項垂うなだれ、震える手を見つめていた。





この時、誰か、わたしを見守ってくれる人はいたのだろうか?


「半分取られたからカロリーハーフになってよかったね」と見守ってくれる誰かが。


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さて、次回の #クセスゴエッセイ は

「一体何を鍵にして」

をお届けします

お楽しみに〜
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