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マッサージ師の指名

わたしは小学生の頃から肩凝りだ。

社会人になってからは、肩凝りがさらに悪化したうえ、何度か背中や腰をピキッとやらかしたことがある。
取り返しのつかない事態になる前に、疲れが溜まったらマッサージ店に駆け込む。



アーユルヴェーダなどのお洒落なマッサージも好きだが、普段使いとしては、雑居ビルの中の安価な揉みほぐしのお店がお気に入りだ。

中国系で、お洒落さや女性ウケなどは一切気にしない、実力重視のお店。

着替えのスウェットを用意してくれるが、男女兼用のテロテロの半ズボンは、ウエストのゴムがビヨビヨに伸びている。

着替えの時は目隠しのカーテンをひいてくれるが、洗濯バサミでパッと留めるので閉じ方が甘い。

わたしはこういうお店が嫌いではない。
いや、むしろ好きだ。

インドカレー屋は日本語が通じないお店が好きだし、中華料理屋は床が油で滑るお店が好きだ。
美味しいお店には特徴というものがある。

マッサージ店だってそう。
スウェットだるだる、カーテン甘々、雑居ビルの中国系マッサージ店は、どのマッサージ師も粒揃いで、わたし好みの揉みほぐしを施してくれる。



幾度となくマッサージを受けてきたわたしは、上手なマッサージ店の特徴のみならず、個人単位でも、上手なマッサージ師の特徴が分かるようになってきた。

その日担当してくれるマッサージ師が、お腹がぽよんと出た男性や、高畑淳子さん似の片言の女性の場合、もう見ただけでガッツポーズだ。
こういうタイプの人は、とてもマッサージが上手だ。



本来、どこが凝っていてどう揉んだら気持ちいいかは自分が一番分かっている。
もし叶うならば、バコッと背中部分を取り外して、自分自身の手で、肩・背中・腰を揉みほぐしたいぐらいだ。

ごく稀に「自分が揉んでる?」と勘違いするほど、わたしのツボを押さえたマッサージ師に出会うことがある。

背骨と筋の間や、腕の付け根をパコッとした隙間など、そこそこ!という所を次々と揉んでくれる。
加えて、自身では気付かなかった新たなツボにも気付かせてくれる。



わたしは雑居ビルを出た後も余韻に浸っていた。

あぁ〜、今日の人めちゃくちゃ気持ちよかったなぁ。
次もあの人がいい。


この手のお店のマッサージ師は、わざわざ名乗ってくれたり、名刺を渡してくれたりはしない。

料金は先払いで、始める前に辛い部位だけ聞かれて、施術時間を測るためのタイマーをピッと押し、終わったら終わったで「はいお疲れさんでした」と終了。



名前が分からない。



ホットペッパーで指名予約できるようになっているが、顔写真がないので誰が誰か分からない。

このお店はマッサージ師が20名以上いるので、電話で指名予約する場合、かなり特徴を伝えないと、個人の特定ができないだろう。

男性にしては結構背が低めで、出川哲朗さんのようなフォルムだけど、お腹はもっともっと出ていて、顔は丸くて、童顔の彦摩呂みたいだけど、意外ときっと40歳ぐらいで、そのゴッドハンドの指はムチッとしていて、腕も短めの人です。


無理だ。

「背が高い人」とかなら堂々と言えるのに、なぜかこの人は、どこをどう切り取っても言いづらい。

仕方ない。
わたしは地道な方法を選んだ。

またあの人に巡り会うまで繰り返し同じお店に通い、たまたま巡り会えた暁には、勇気を出して名前を聞こう。



そう思って通い出してから早くも2度目ぐらいで、その人に巡り会えた。

わたしは覚悟を決めて「お兄さん、お名前は何とおっしゃるんですか?」と尋ねた。

「あ、わたしですか?わたし南瓜なんきん(仮名)と言います。だいたい11時からの勤務です。」
名刺は無いようで、ペラペラのポイントカードに名前を書いてくれた。



南瓜なんきんさん(仮名)、あなたの名前を一生忘れない。








ただ、わたしのマッサージ師の指名への道はこれで終わらない。








わたしは、平日と休日で行動範囲が異なる。

南瓜さんがいるマッサージ店には、休日ブラブラと遊ぶエリアにあり、休日によく行かせてもらっている。

もう一つ、平日仕事終わりに駆け込む、職場エリアに近いマッサージ店がある。



こちらも南瓜さんのお店とほとんど同じ特徴のマッサージ店で、予約することなくフラッと寄る。

その時マッサージ師が全員埋まっていたとしても、同ビルに2号店3号店があるので、電話で応援呼び出しすると1分後に他店から駆けつけてくれる。

ここでも、バッチリわたし好みのマッサージ師さんに出会った。
あとで名前を聞こうと思ったが、甘々カーテンの中で着替えを済ませて出ると、もうその人はいなかった。

例により、電話予約でその人の特徴を伝える場面を想像してみた。

60代後半ぐらいの男性で、中肉中背で、頭部の中心縦ラインには髪が無くて、サイドはフワッと白髪が生えている人です。

やっぱり無理だ。

この年代の男性は、中肉中背だと特徴を捉えるのが難しい。
唯一の特徴らしき特徴としては頭部になるが、言いづらい。

こちらもホットペッパーで顔写真は掲載されておらず、名前欄が「派遣A」「派遣B」なんて人もいる。

あの人は何号店の人かも分からないし、もしかしたら派遣社員かもしれない。
捜索は困難を極めるが、南瓜さんの時と同様、偶然巡り会えるまで通い続けることにした。



どのマッサージ師さんも上手で気持ちいい。
でも、お目当てのあの人にはなかなか出会えない。

それから5度目ぐらいに訪れた日の担当は、片言の高畑敦子さん系列だった。

気持ちよくマッサージされながら、奥のベッドから聞こえる話し声を聞いていた。


「骨のキワのゴリっとする所は、気持ちいいと感じる人もいれば、痛い人もいるから、お客さまに聞きながらね。そう、ここです、これね。」


新入りの横に付いて、実践形式で施術指導しているようだ。
こういった指導によって、お店の施術のレベルが保たれているのだろう。

あっという間にわたしのマッサージは終わり、ふとその新人指導の方を見た。


あ。




中国系の新人の若い男性。

それを指導するベテランの女性。

そして、

ベッドにうつ伏せでその施術を受ける60代後半ぐらいの男性。



見覚えのある頭部。
頭部の中心縦ラインには髪が無くて、サイドはフワッと白髪が生えている。



練習台にされてる。




こんな形で出会えるとは思わなかった。



しかし、この熱心な指導中に割って入り、練習台の人の名前を聞く気まずさに、わたしは耐えられそうもない。



せっかく出会えたのに名前を聞けないとは。



わたしのマッサージ師の指名への道は、まだまだ続く。

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さて、次回の #クセスゴエッセイ は

「寝てる場合じゃなかった」

をお届けします

お楽しみに〜
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