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わたしが出会った判事たち ―15―

知らぬふりする思いやり(2)

「離婚後扶養するなら離婚には応じる。判事にわたしからそう言うから」
インターネットで得た知識だろうが、「離婚後扶養」は、女性が働くことのできなかった時代の考え方ではないか。

長年調停委員をやってきたが「離婚後扶養」を認められた女性はいない。でも彼女には逆らわずW判事(女性)を呼んだ。

「無理ですね。稼働能力あり、ですから。もう少し説得してみてください」

判事はそれだけ言って部屋を出ていった。

今度は夫の話を聞く番だ。
夫がちょっと明るい表情で入ってきた。
「パートでバス運転の仕事が入りました。羽田まで行かなければなりません。今日はこれで帰らせてください。迷惑おかけしてすみません」
「仕事、入ってよかったですね」
「八千円ぐらいは日当が入ります。入ったら全部彼女に渡します」
男は頭を下げながら帰っていった。

「なんであいつを帰したの。なんであいつの味方するの」
女性の怒ること、怒ること。
「調停委員って馬鹿でもできるのね。どうやって調停委員になれるの」
「総務課に行って応募用紙をもらってください」
「とにかく裁判官もう一度呼んで。早く、呼べって」
W判事を呼んだ。

「この二人『能無し』だから違う人を調停委員にして」
「それはできません」
「二人揃って婚費を取り立てられない『能無し』よ。違う人を担当にして」
「それはできません」
「わたし、今度は調停委員になってここに来るからね。だって座っているだけで金もらえるんでしょう。いい仕事だね」
W判事は無言だ。

それから三十分近く、女性はいかにわたしたちが『能無し』かを力説した。人の面前で『能無し』呼ばわりされたのは生まれて初めてだった。嵐が過ぎるのを待つしかない。

「では不成立にして審判にしましょう」
「なんでもいいから、婚費を取り立ててよ」
裁判官は黙って部屋を出ていった。わたしたちには目もくれない。

相停委員と顔を見合わせる。十歳ぐらい老けたような気がした。立ち上がる。よろけた。腰も曲がったような気がした。
疲れ切って部屋を出る。

廊下でW判事に出会った。いつもなら、笑みを投げてくれるのに、風のようにすっと通り過ぎた。

やっぱりわたしたちのこと、『能無し』だと思っているのだろうか。ちょっと寂しい。
次の日、W判事に別件で出会った。

「おはようございます。昨日は大変でしたね」とにっこり。いつもの笑顔だった。

多分、昨日は、『能無し』呼ばわりされ続けたわたしたちのメンツをおもんばかって、知らぬふりをしてくれたのだ。温かい思いやりだったのだ。

ちなみにこの調停が結局どうなったか覚えていない。控室で男性委員が「あの人、本当に調停委員の採用試験受けるのかなあ」

「受けるかもよ。やる気満々だったから」

そんな会話を交わしたことだけ、しっかりと覚えている。


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