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竹取村のかぐや姫  一の章


一の章  貧しい村
 
 昔々のことだった。あるところに、竹採り村という村があり、そこに讃岐の造麻呂といった人が住んでいた。村では造麻呂というよりは、竹取の爺さんと呼ばれたのは、この爺さんは、籠づくりの大変な名人だったからだ。
 ある日のことだった。爺さんがいつものように竹薮に入っていくと、その竹薮の奥に、きらきらとひかる竹がある。不思議なことがあるものだと、その光る竹のところにいってみると、竹の筒の中が光っている。いよいよ不思議に思って、その竹を切って筒の中を見ると、なんとその中に、小さな小さな女の子がちょこんとすわっているではないか。その女の子は、爺さんの顔をみると、にこっと笑って、
「お爺さん、今日は、私はお爺さんを、ずうっとお待ちしていました」
 と声をかけた。もう爺さんは、腰を抜かすばかりに驚いた。
 爺さんは、背負子のなかに、その女の子をいれて家にもどってくると、婆さんにその子をみせた。するとその女の子は、またにこっと笑って、
「お婆さん、今日は、今日からお世話になります」
 といった。婆さんもまた開いた口が、とじられないばかりに仰天するのだった。
 それからというものは、もう不思議なことばかりが続く。爺さんが山に竹を取りにいくたびに、きらきらと輝く竹があって、竹を切ってなかをのぞくと黄金がびっしりと入っているではないか。そんなことが何日も続いたものだから、爺さんの家はたちまち大金持ちになっていった。
 もっと不思議なことは、その女の子だった。あれよあれよという間に大きくなって、三か月もすると、普通の女の人にようになってしまった。こんな勢いで大きくなっていくと、一年もしたら雲をつくばかりの大女になるんじゃないかと心配するが、その女の子は、
「お爺さん、お婆さん、私に名前を付けて下さいますか、そうすれば、私はもうこれ以上大きくなりません」
 そこで爺さんは、都に住む学者にたのむことにした。その学者は、爺さんの話を聞けば聞くほど、その女の子が見たくなって、わざわざ村にやってきた。そしてその子をみた学者は、あまりの美しさに腰を抜かして、紙、紙、紙! とさけんだ。爺さんが差し出した紙に、その学者は「なよたけのかぐや姫」としたためたのだが、それは美しい竹のなかにいたひかり輝く女の子という意味だった。
 昔は、男の子は元服の式をして大人になった祝いをしたのだが、女の子のためにもそういう式があった。お下げの髪をきりりと大人の髪に結いあげ、花のような着物をきせて、みんなで飲んだり、食ったり、歌ったり、踊ったりの大騒ぎをする。爺さんはかぐや姫のために、その式をあげようと思ったが、しかしそんな式をするには爺さんの家は、あまりに汚く狭い。そこで爺さんはまず家をつくることにした。とにかく黄金が山ほどあるのだ。
 このあたりから、爺さんはだんだん普通でなくなっていくのだ。というのも、ありあまる黄金で、村でも一、二をあらそう立派な建物を立てようと思ったのだ。そして都から、大工の棟梁たちを呼んで、その普請を相談にしているうちに、その棟梁たちにどんどんのせられていって、村一番どころか、都にもない日本一の御殿を立てようということになっていったのだ。
 そんな爺さんに、不安になったかぐや姫は顔をくもらせて、
「お爺さん。私はこの家が好きです。小さくて、狭くて、古いけど、ここには家族のぬくもりがあります。大雨が降ったら、雨漏りがして、こっちだあっちだと、桶をもって大騒ぎするけど、そんなことがしみじみと私を幸福にさせるのです。私はこの家が大好きです。なにもそんな大きな家をたてなくとも、この小さな家のままでいいのです」
 それは婆さんもまた、そう思ったのだ。姫がこの家にいるだけで、もうあとはなんにもいらない。姫がいるだけで、この家は光がこぼれるように幸福にかがやいている。そんな大きな御殿のような家をつくったら、この姫はどこか遠くにいってしまうのではないかと不安にかられるのだった。しかしもはや御殿づくりにおぼれてしまった爺さんの耳には、そんな抗議も素通りするばかり。
 とうとう都から、土木師や大工や左官屋や瓦屋や井戸屋や建具屋や経師屋や庭師が、何十台もの馬車や牛車に道具やら資材を山のようにのせてやってきたのだ。そして都でも、めったにみられないばかりの建物を、次々と建設していった。本殿が建てられ、姫の館が建てられ、爺さんと婆さんの館が建てられ、住込みで働く人たちの館もたてられ、それらの建物を長い回廊がつないでいく。そして何棟もの倉。それらの建物を高い土塀が、ぐるりと取り囲むという広仕なお屋敷が、忽然とこの貧しい村に出現するのだった。
 それが完成すると、さっそく爺さんは、姫の成女式なるものを催した。都から雅楽を奏する音楽家たちをよんで、ぴいぴいしゃらしゃらと笛や太鼓を奏でさせると、中庭では、舞女たちがひらひらと衣をひるがえらせて踊り回る。こうして都の責族たちがやるような儀式が終わると、あとはもう食えや飲めや歌えや踊れの大騒ぎだった。それが一週間も続いた。
 もともと爺さんは、心やさしい人だったから、分け隔てなく村中のものを呼んだのだが、しかし一人だけ、そこにがんとしていかなかった若者がいた。その名を永吉といったが、永吉だけは、ふんといって一週間も続いたそのお祭り騒ぎには、一度も顔をみせなかったのだ。
 永吉の家から山仕事にでかけるには、その屋敷の前を通らねばならなかった。その屋敷の前に通るとき、いつも永吉はむしょうに腹が立って、道端にころがつている石を拾い上げると、屋敷のその高い屋根めがけて投げつけた。その石が姫の館の瓦にあたって、かちんという音をたて、それから瓦の上をからからからところがり落ちていく。
 その頃のお姫様たちの生活といったら、屋敷のなかから一歩も外に出なかった。それが貴族のお姫様たちの生活だった。いまや御殿の主となった竹採りの爺さんは、かぐや姫にもまた貴族のお姫様のような生活をさせようとした。だから姫にとってその、かちん、からからからという音こそ、外の世界とつながる一つの信号みたいなものだったのである。
 
 かちん、からからから……
 かちん、からからから……
 かちん、からからから……
 
 姫はいつしかその音を待ちわびるようになっていた。そしてその音がするたびに、いったいだれがそんなことをするのだろう。なぜそんなことをするのだろうかと不思議で不思議でならなかった。
 ある日のこと、また、かちん、からからからという音がしたとき、姫はもうたまらずに裏の門にはしり、その門の扉をすうっと抜けて、通りにでてみた。そしてそこを歩いていく永吉に、
「もしもし、あなた」
 と声をかけた。だれでもはじめてかぐや姫をみると、その美しさに呆然となるが、永吉だけははっしと姫をにらみつけて、
「なんだ」
 と憎々しげにいった。
「あなたは、どうしていつも石を、投げるのですか」
 と姫がたずねたのは、この若者を非難するためではなく、本当に不思議でならなかったのだ。すると若者はさらに憎々しげに、
「あんな御殿は、なくなればいいんだ。おれの石に、もっと力があればいいと思っているほどだ」
「どうしてそう思うのですか」
 すると突然、永吉は姫の手を取って、ずんずんと歩きだした。姫はびっくりしたが、がっしと姫の手をつかんで、ぐいぐいとひっぱっていく永吉の後についていく以外になかった。
 村を抜け、山道に入っていく。山道はどんどん高度をあげて、村が木立ちの間から見え隠れするようになった。そして村が一望できる峠に立つと、永古はかぐや姫に、
「見ろ、この村を! わずかな畑しかないのに、草ぼうぼうだ。村にとって一番大切な畑を耕すことをわすれて、どいつもこいつも竹薮のなかにはいって、黄金探しをしている。そしてよるとさわると、一本松の五郎吉は、西の竹薮で黄金の小判一枚みつけたとか、甚衛兵さんとこの嫁が、鹿の谷の沢で二枚みつけたとか、佐助どんが、カラスがくわえていた小判を、石でたたき落としたとか、もうそんな話ばっかりだ。そうしてその翌日になると、その黄金がでたというところに、わんさかとでかけていく。こうして、いよいよこの村の人間は、怠け者になるどころか、狂っていくんだ。黄金の小判を、あっちに一枚、こっちに一枚と隠している人間が、だれだか君は知っているのか」
「いいえ。だれなんですか?」
「君のところの爺さんだよ。夜が明ける前に、こっそりと山や谷にいって、あちこちに小判を隠していくんだ」
「私のお爺さんが、そんなことをしているんですか。信じられません」
「君もいちど、爺さんのあとをつけてみるといい。おれのいってることが、嘘じゃないってことがわかるから」
「どうしてあのお爺さんが、そんなことをするのですか」
「君の爺さんは、竹取の翁って呼ばれていたけど、それは最高の竹細工を作る人だけに、あたえられる呼び名なんだ。おれも最高の職人になりたくて、あの人のもとで修行したけど、あの人は親切にいろいろと教えてくれた。もともとあの人は、心がひろく暖かい人だったんだ。みんなで日本一の竹細工をつくりだし、村を豊かにしようという高い志をもっていた。ところがどこで手に入れたかしらないが、山ほどの黄金を手にしてから、すっかり狂ってしまった。小判を一枚一枚、あちこちに隠して、それを村の衆に探させるなんて、おれには爺さんが、魔物に取りつかれたとしか思えないね」
 姫にも思いあたることがあった。この村が貧しいということがわかった姫は、あるとき爺さんに、蔵の中にある黄金を、この村のために使うべきだといったことがあった。それがそんなことになっているのか。あのお爺さんが、毎朝毎朝、小判を山のなかに一枚一枚隠してきて、村人に探させるなんてことをしているのか。姫は驚きで言葉を失ってしまった。
 そんな姫を、永吉はどんどん山の奥へと連れ込んでいく。するとその山道が、すとん切れていて、その先端から下を覗くと、ぞっとするばかりの谷底になっていた。まるで谷が、口をひらいて、人間を飲みこもうとしているかのようだった。
「見ろ、この谷底を。ここから落ちたら、いっかんの終わりだ。しかしこの村の女は、胎に子ができたら、ここを跳ばなきゃならないんだ。男でさえここを跳び越えるのがむずかしいのに、胎に子がいる女は、さらにむずかしい。何人もの女が、あああって声を引きながら、谷底に落ちていったよ。どうしてこんなことをさせると思う?」
「なぜ、なぜそんなことをさせるんですか」
 と姫はびっくりしてたずねた。
「この村では、女は胎に子をつくっては、ならないからなんだ」
「どうしてですか。どうして赤ちゃんを生んではならないのですか」
「いまそのことを君に教えてやるよ。おれについてこい」
 永吉はその切れた道をぱあっと跳び越えて、向こう側に渡った。すると姫もまた跳ぼうとするのだ。永吉はあわてて、
「待て、待ってろ。いまこの木を切り倒して、橋をつくるから」
「大丈夫です。私だって、飛び越えられます」
「駄目だ、とぶな! 君には無理だ!」
 と永吉は青くなって制止した。姫は着物を着ている。そんな姿で跳びこえられるわけがないのだ。ところが姫は、ふわりと浮かぶと、すうっと空中を浮遊して、はらりと永吉の前に降り立った。
 永吉はこの不思議な行動にぎょっとなったが、姫はとにかく不思議な行いをする人だと聞いていたから、ベつに深く考えもせずにまた姫の手を取って、さらに山の奥へ山の奥へと連れていく。
「この山奥には、よそ者にはぜったい見せてはならないところがあるんだ。しかし君はもう村の人間だ。君はこれをちゃんと見なければいけないんだ」
 深い木立ちの森を抜けると、傾斜の斜面が切り開かれていた。その斜面いっぱいに子供の姿をかたどった土偶が、ずらりと並んでいる。永吉はそれを指さして、
「この村の女は、胎に子ができたら、もうその子をおろそうとするんだ。腹に石をごんごんぶつけたり、川のなかに朝から夜中までつかっていたり、毒の草をせんじて飲んだり、高い所から飛び下りたり。もう女たちは必死になって胎の子をおろそうとする。この村では、子供を産んではならないからなんだ。しかし子供は産まれちまう。そのとき男たちは、家の外にいて、赤子がおぎゃっていう声をあげたとき、すばやく家のなかにとびこんで、赤子を奪いとり、口をふさいで殺してしまうんだ。それが男の役目なんだ。どうしてこんなことをすると思う。食物がないからだ。これ以上この村に人間がふえたら、村じゅうが餓死するからだ。だからこの村では、決められた数以上の子供は、みんな口をふさいで殺してしまうんだ。そのことがわかっていながら、この村の男と女は、何にも楽しみがないから、まぐわいばっかして、どんどん子供をこさえる。そして生まれてくる赤子の口をふさいで殺すんだ。こんな悪魔のようなことをする罪ほろぼしに、この村の人間は、その子のうまれかわりの土偶をつくって、あの世で幸福になって下さいって、むなしく祈るばかりなんだ」
 もう真っ青になっている姫に、永吉はなおも憎々しげに、
「これでわかっただろう。この貧しい村に、あんな屋敷をたてるなんて、化け物のやることだってことが。いつの間にか、化け物がこの村に住みついてしまったんだ。だからおれは、あのでかい家に怒りをこめて、石を投げこんでいるんだ。村を狂わせていく化け物御殿なんて、消え失せろってさ」
 と吐き捨てるようにいうと、永吉は姫を一人残して、ずんずんと山を下っていった。



 
 
 

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