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北の果一人生きる 漁師92 歳 その3

NHKドキュメント ノベリゼーション(novelization)
 
 


夏の終わり、朝晩は肌寒くなってきました。
自宅横の作業小屋では、干しあがったコンブの加工が行われていました。
ここで品種の選定が行われます。
息子の裕司さんが長さや色などによって最高級の一等から十種類に分けます。
福蔵さんの仕事は余分な部分を切り取りコンブの形をととのえます。
梱包するのは田中さん。
一箱十五キロにまとめます。
「田中さんはのお、コンブを結束するのは見事なもんだ、二年ほどで大したもんになったよ」
 
アルバイトの一人、京都出身の加藤大地さん。
礼文島に来たのも、コンブの加工作業もはじめての体験。
三か月がたちだんだん板についてきました。
大地さんがこの仕事をはじめたのは、長年打ち込んできたラグビーの挫折がきっかけでした。
「高校で、全国大会に出たくてやってたけど、全国大会前にケガしちゃって、それで全国大会に出れなくなったというか、やっぱ目標が崩れたときの挫折はハンパじゃなく、そんなことがあって、毎日楽しむことを努力しようかなというか、そのときがんばっておけば、来年もいいことは連鎖すると思っているので、今をがんばれば、イメージしていれば、その未来になると思ってる」
 
「大地、きょうも一生懸命、働いたなあ」と福蔵さん。
「はい、働きました」
福蔵さんと大地さんは、毎晩のようにお酒を酌み交わす仲になりました。そして時間が過ぎていくと、大地さんが切り上げようとします。
「よし、帰るわ」
「だんだん調子よくなったなあ」
「もう時間だら」
「さみしい時もおれもある」
「おれもある」
「ある、ある、言いきれないほどある、それで生きている」
「母さんのところにいって話しているの?」
「うん、うん、お話しているんだ、今日は寒いとかぬくいとか、誰も話す人はいない、おれの母さん、いい母さんだったなあ、一人でいることはつらいことだ」
「一人じゃないよ」
「ううむ」
「一人じゃないよ」
そう励ます大地さんに、福蔵さんは、「たくさん書いたんだ、みていくか」。居間の隣室が福蔵さんが詩を書く部屋になっています。その部屋の四方の壁一面に福蔵さんが和紙に筆で書いた詩が貼り付けてあります。
「きれいな字、おれ、これ好き、大漁、いい感じ」
福蔵さんが詩を書き始めました。
大切な仲間、大地さんへ贈ります。
 
 加藤大地
 我が人生 鮑古丹(あわびこたん)
 俺の人生をかえゆく
 
 花の礼文島 今日も咲く
 底知れぬ力をもってモクモクと
 花が大地に顔を出す
 
「なんだ、この男、大地? おれの書いているのと同じじゃないか、それもそのはず、ご両親は喜びにあふれて、この子をだれよりも良い者に育て、良い者になってほしいという親の気持ちを君は分かるか、分かるようにおれのところにいるうちにかみしめろ、最北礼文島、北の漁師、浜下福蔵」
ぱちぱちと拍手する大地さん。
「録音した今の?」
「してない」
「なんということだあ」
 
若者たちとふれあい、支え過ごした短い夏は終わろうとしています。


 

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