見出し画像

チャタレイ夫人の恋人 猥褻文書として裁かれた 2章と5章        Lady Chatterley's Lover D.H.Lawrence


画像8

猥褻として指弾された「チャタレイ夫人の恋人」の箇所は、単行本五十ページにも及ぶ膨大な量だが、その全文をあますところなく英文と、伊藤訳、羽矢訳を打ち込んでいく。このページはさまざまな読まれた方をするだろう。猥褻文書とはなにかという法律的探究、作家を志す人には性の描写を(女性の読者からはロレンスの性描写は賛美されている。女性の感性で書かれていると)、あるいは英語学習には最上のテキストになる。それにしても訳者によって全く違った小説になってしまうことが、打ち込まれるテキストによってわかるだろう。翻訳者の力量によって、名作が駄作になるという恐ろしい現象も現れる。いま日本の文芸の世界にはそんな嵐が吹いている。

画像5

Chapter2
 He was a curious and very gentle lover, very gentle with the woman, trembling uncontrollably, and yet at the same time detached, aware, aware of every sound outside.
 To her it meant nothing except that she gave herself to him. And at length he ceased to quiver any more, and lay quite still, quite quite still. Then with him, compassionate fingers. she stroked her fingers over his head, that lay on her breast.

第二章(羽矢謙一訳)
 マイクリスはものずきな、それでいて、たいへんやさしい色事師であった。女に対してやさしく、どうしょうもなくうちふるえ、それでいて、同時に、距離をもち、意識的であって、そとの物音にも洩れなく気をとめていた。
 コニーにとっては、そんなことはどうでもよく、ひたすらマイクリスに自分をあたえることだけが問題だった。やがて、マイクリスは身をふるわせることをやめ、まったく静かになった。まったく静かに。それから、ぼんやりした、同情のこもった指先で、コニーは自分の胸にのせたマイクリスのあたまを撫でた。

第二章(伊藤整訳)
 恋人としての彼は妙にもの静かな男だった。女性に対しては大変優しく、自分のからだの震えを抑えることができなかった。それでいて、彼はまた、自分を離れた警戒心を持っていて、部屋の外のあらゆる物音に気を配っていた。
 コニーの方は自分を彼に与えたということのほか、何も気になるものはなかった。そして彼の方も、やがて震えがやみ、すっかり静かになった。そして彼女はその時、自分の胸の上に乗っている彼の頭を、ぼんやりした憐れみの気持ちで撫でていた。

画像8

chapter5
 He was a more excited lover that night, with his strange, small--boy's excitement and his small--boy's frail nakedness. Connie found it impossible to come to her crisis before he had really finished his. And he roused a certain craving passion in her, with his little boy's nakedness and softness, she had to go on after he had finished, in the wild tumult and heaving of her loins, while he heroically kept himself up and present in her, with all his will and self--offering, till she brought about her own wild crisis, with weird little cries.
 When at last he drew away from her, he said, in a bitter, almost sneering little voice:
“You couldn't go off at the same time as a man, could you? You'd have to bring yourself off ! You'd have to run the show!”
 This little speech, at that moment, was one of the shocks of her life. Because that passive sort of giving himself was so obviously his only real mode of intercourse.
“What do you mean?” she said.
“You know what I mean. You keep on for hours after I've gone off and I have to hang on with my teeth till you bring yourself off, by your own exertions.”

第五章
(羽矢謙一訳)
 ミックはその夜、妙に少年のようによわよわしいはだかのくせに、いつもより以上に興奮した。コニーにはミックが絶頂を終るまでに自分の絶頂に達することは不可能であることがわかった。ミックは少年のはだかのやわらかさで、コニーのなかに狂おしいある種の情熱をかきたてたので、コニーはミックが終ってからも狂おしく腰を揺すり、もちあげて、つづけなければならなかったが、そのあいだ、ミックは、意志と献身の情をふりしぼり、悲壮にも自分をおさえて、コニーのなかにとどまっていると、やがてコニーは、異様なうめきごえをあげて、自分自身の絶頂を達成したのである。
 やっとコニーから離れると、ミックはしんらつな、まるてあざけるような低い声で、「あなたは同時に夢中になるなんてできないひとですね。あなたは自分が夢中になるまでやめない。あなたは自分がリードをとろうとするんだ」といった。
 このちょっとしたことばは、その瞬間、コニーが生涯でうけた衝撃のひとつだ。それというのも、そんな受け身の態度での身のまかせかたがこの男のほんとうの性交のかたちであることが、あまりにもはっきりしたからであった。
「どんな意味ですの」とコニーはきいた。
「ぼくのいう意味はおわかりでしょう。ぼくが夢中になってしまってからなん時間も、あなたはつづけている……そのあいだあなたが自分だけの奮闘で夢中になっていくまで、ぼくは歯をくいしばってとりついていなければならないのです」

(伊藤整訳)
 彼はその夜は、妙に、小さな少年のように興奮し、小さな、か弱い少年のような裸体を、これまでになく興奮させていた。コニーは彼が悦びを為し終える前に自分が悦びに達することができないのはわかっていた。それでいて彼の少年じみた裸体とか弱さは、彼女の飢えた情熱を目覚めさせた。彼が終った後、彼女は激しく乱れ、腰をもちあげて、続けなければならなかった。彼女が小さな不可思議な叫び声を出して悦びに達するまで、彼の方は、意志の力で役割をつとめ、無理に緊張を持続し、彼女のなかで萎縮せぬようにしていた。
 やっと彼女から離れた時、彼は厳しく、ほとんど嘲るように、小声で言った。
「あなたは男と同時にいくことができないんですね。無理に自分を終らせようとしているんですね。自分も最後までやりたいんですね」
 このとき言われたその言葉に、彼女は生涯忘れられないショックをうけた。と言うのは、受身になって相手にまかせるというのが、あきらかに彼の唯一の交わり方であったからだ。
「あなたのおっしゃる意味は?」
「僕の言うことはわかる筈です。僕が終ってからも、あなたはいつまでも続けています。‥‥僕は歯を食いしばって、あなたが自分で終わりにするするまで持ちこたえていなければならない」
 彼女はこの思いがけない残忍な言葉を聞いて茫然とした。

画像8

 She was stunned by this unexpected piece of brutality at that moment when she was glowing with a sort of pleasure beyond words, and a sort of love of him. Because after all, like so many modern men, he was finished almost before he had begun. And that forced the woman to be active.
“But you want me to go on, to get my own satisfaction?” she said.
 He laughed in a hollow little way.
“I want it!” he said, “That's good. I want to hang on with my teeth clenched, while you go for me!”
“But don't you?” she insisted.
 He avoided the question.
“All the darned women are like that,” he said. “Either they don't go off at all, as if they were dead in there--or else they wait till a chap's really done, then they start in to bring themselves off, and a chap's got to hang on. I never had a woman yet who went off just at the same moment as I did.”                        

(羽矢謙一訳)                              コニーは、ことばにつくせぬよろこびと男への愛情のような気持ちのなかでしあわせにひたっている折りも折り、この予期しなかった残酷なことばに茫然となった。なぜといえば、つまるところ、多数の現代の男性の例に洩れず、ミックも始めたかと思うとすぐに終ったからであった。それが女をいやでも積極的にさせたのであった。
「でも、あなたはあたくしにつづけてもらいたい、あたくしのほうで満足してもらいたいと思ってらっしゃるのでしょう」とコニーはつづけた。
 ミックは不快そうに笑って、「してもらいたいですって」といった。「こいつはいいや。あなたがいくあいだ、ぼくは歯をくいしばってとりついていたいと思ってるとでもいうんですか」
「じゃあ、そうではないんですの」とコニーはがんばった。
 ミックはその質問をさけた。「女なんてみんなそういうふうなんです」とミックはいった。「まるであそこが死んでいるかのように、ぜんぜん夢中にならないか‥‥でなければ、女はあいてがほんとうに終るまで待っていて、それから自分が夢中になろうと始めるので、あいてはとりついていなければならんのです。ぼくはぼくとまったくおなじ瞬間に夢中になるような女にまだ出会ったことはありません」                    コニーは、ことばにつくせぬよろこびと男への愛情のような気持ちのなかでしあわせにひたっている折りも折り、この予期しなかった残酷なことばに茫然となった。なぜといえば、つまるところ、多数の現代の男性の例に洩れず、ミックも始めたかと思うとすぐに終ったからであった。それが女をいやでも積極的にさせたのであった。
「でも、あなたはあたくしにつづけてもらいたい、あたくしのほうで満足してもらいたいと思ってらっしゃるのでしょう」とコニーはつづけた。
 ミックは不快そうに笑って、「してもらいたいですって」といった。「こいつはいいや。あなたがいくあいだ、ぼくは歯をくいしばってとりついていたいと思ってるとでもいうんですか」
「じゃあ、そうではないんですの」とコニーはがんばった。
 ミックはその質問をさけた。「女なんてみんなそういうふうなんです」とミックはいった。「まるであそこが死んでいるかのように、ぜんぜん夢中にならないか‥‥でなければ、女はあいてがほんとうに終るまで待っていて、それから自分が夢中になろうと始めるので、あいてはとりついていなければならんのです。ぼくはぼくとまったくおなじ瞬間に夢中になるような女にまだ出会ったことはありません」

(伊藤整訳)
 彼女の方は、言い現わせない一種の悦びと彼への愛情のようなもので上気している時だというのに。彼は多くの現代の男たちと同様、始める前から終っているような男だった。だから女の方が働きかけなければならなくなるのだった。
「ても、あなたは、私に満足するまで続けさせたいと、望んでいらっしゃるのでしょう?」と彼女が言った。
 彼は冷たく笑った。
「私が望んでいる! そうですか! すると、あなたが続けている間、私は歯を食いしばって続けることを望んでいるわけです」
「でも、そうなんでしょう?」と彼女は追及した。
 彼はその答えを避けて言った。
「女というものは、皆そうなんですよ。そこが死んででもいるように全く感じないか、‥‥でなければ男が終ってしまうのを待ってから、自分のを始める。だから男は持ちこたえなければならない。今までいっしょに終わりになる女に逢ったことがありません」

画像8

 Connie only half heard this piece of novel masculine information. She was only stunned by his feeling against her…his incomprehensible brutality. She felt so innocent.
“But you want me to have my satisfaction too, don't you?” she repeated.
“Oh, all right! I'm quite willing. But I'm darned if hanging on waiting for a woman to go off is much of a game a man--”
 This speech was one of the crucial blows of Connien's life. It killed something in her. She had not been so very keen on Michaelis. Till he started it, she did not want him. It was as if she never positively wanted him. But once he had started her, it seemed only natural for her to come to her own crisis, with him. Almost she had loved him for it--almost, that night, she loved him and wanted to marry him.

 コニーはこの新しい、男性がわからの情報を、ただぼんやりときいていた。コニーは自分に対するミックの反感に‥‥そのいわれのない残酷さに、ただ茫然となっていた。
「でも、あなただってあたくしに満足してもらいたいと思ってらっしゃるんでしょう」とコニーはくりかえした。
「ああ、もちろんですとも。こころからそう思ってます。でも、ちかっていいますが、女が夢中になるのを待ってとりついているのは男にとってあんまりたのしいことじゃありませんな‥‥」
 このことばはコニーの生涯できいた、決定的な打撃のひとつであった。このことばコニーのなかのなにかを殺した。コニーはマイクリスにそれほど熱をあげていたわけではなかったのであって、マイクリスから始めるまでは、コニーがマイクリスを求めることはなかった。まるでコニーのほうからは積極的にマイクリスを求めることはまったくないようにみえた。しかし、ひとたびマイクリスがコニーの火をおこすと、コニーが男といっしょに自分自身の絶頂にいきつくことはとても自然なことのように思われた。そのことによって、コニーはマイクリスに、ほとんど愛に近い気持ちを感じるようになっていた‥‥その夜もコニーはマイクリスにほとんど愛に近い気持ちを感じていて、結婚したいとまで思っていたのだった。


伊藤整訳
この珍しい男性の打明け話も、コニーの耳には半分しか入らなかった。彼女はただ自分に対する彼の感情、‥‥理解しがたい彼の残忍さに気を失ったようになっていた。彼女はひどく単純に受けとっていた。
「でも、あなたは私に満足させたいとお思いになっているのではありませんか?」と彼女は繰りかえした。
「それでいいんです。私はそうしてほしいんです。しかし女が終りになるまで持ちこたえるのが男にとって何か面白いことでもあるという考えはどうも‥‥」
 この言葉は、決定的な打撃だった。この言葉は彼女の中の何かを殺してしまった。彼女はマイクリスにそれほど夢中になっていたわけではなかった。彼が手を出してくるまでは彼を求めたりしなかった。彼女の方から積極的に彼を求めたつもりはなかった。しかし彼には火をつけられたあとは、彼女の方で彼によって悦びを得るのが自然に思われただけのことだった。そのために彼女は彼に愛に近い感情さえ抱いたほどであった。‥‥その晩は彼を愛していて、結婚してもいい気持ちになっていた。

画像8

 Perhaps instinctively he knew it, and that was why he had to bring down the whole show with a smash: the house of cards. Her whole sexual feeling for him or for any man collapsed that night. Her life fell apart from his as completely as if he had never existed.
 And she went through the days drearily, wearily. there was nothing now but this empty treadmill of what Clifford called the integrated life, the long living together of two people who are in the habit of being in the same house with one another.
 Nothingness! To accept the great nothingness of life seemed to be one end of living. All the many busy and important little things that make up the grand sum-total of nothingness.

羽矢謙一訳
 たぶん直感的にマイクリスはそのことに気づいたのであろう。それだからこそ、マイクリスは、カードの家のように、万事を一挙にひきたおしてしまったのだ。あいてがマイクリスであれ、どんな男であれ、コニーの性的な感情の全体がその夜くずれた。コニーの人生は、あいてがはじめから存在していなかったもののように、マイクリスの人生から完全に離れてしまった。
 こうして、コニーはわびしい日々をすごしていった。いまでは、クリフォードが統合された生活とよんだこのむなしい踏み車の生活、おたがいに顔つき合わせて、おんなじ家のなかにいるという習慣にしばられている、ふたりの人間の長い、いっしょの生活のほかには、なんにもなかった。
 なんにもないのだ。大いなる無の人生をうけいれることは、生きることのひとつの終末であるようにみえた。たくさんの、せわしげで、だいじそうにみえる小さなことがらがみんな集まって、無の壮大な総計をつくりあげているのだ。

伊藤整訳
 多分彼は、それを本能的に知っていて、それゆえにこそ、この関係を空中楼閣として一挙に崩壊させなければならなくなったのだろう。コニーが彼に対して持っていた性の感情、男性というものに対しての性の感情は、その夜崩壊してしまった。彼という人間が存在したこととがなかったように、彼女の生活はすっかり彼から離れてしまった。
 そして彼女は物憂く日を過ごした。クリフォードが統合的な生活と言う、あの空しい繰りかえしの他に何もなかった。二人の人間がたがいに同じ家に住み、生活し続けるということしかなかった。
 虚無!  生の大きな虚無を認容することが生きる目的に見えて来た。ありとあらゆる忙しげな、重要そうなつまらぬ物事が全部集まって、最終的なこの虚無を作っているのだった!

画像8

チャタレイ裁判の記録
序文 記念碑的勝利の書は絶版にされた
一章  起訴状こそ猥褻文書
二章 起訴状
三章  論告求刑
四章  福原神近証言
五章  吉田健一証言
六章  高校三年生曽根証言
七章  福田恒存最終弁論
八章  伊藤整最終陳述
九章  小山久次郎最終陳述   
十章  判決
十一章  判決のあとの伊藤整
猥褻文書として指弾された英文並びに伊藤整訳と羽矢訳
Chapter2
Chapter5
Chapter10
Chapter12
Chapter14
Chapter15
Chapter16

画像6





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?