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三人姉妹 第三幕          アントン・チェーホフ


一九〇〇年に書かれた、一九〇一年モスクワ芸術座によって初演された「三人姉妹」では、同じ主題がいっそう暗いトーンで展開する。凡俗な地方都市に住む三人姉妹にとって、両親のいない家庭における唯一の男子であるアンドレイがやがて大学教授になり、そして自分たちが明るい少女時代をすごしたモスクワへ帰ることが、唯一の夢であり、生活の支えとなっている。

しかし、彼女たちのそうした幻想は現実の生活によってしだいに打ち砕かれてゆく。そのことは、第一幕でモスクワ行きの夢を語るオリガとイリーナの会話の合間に、舞台奥での将校たちの「ばかばかしい」という台詞や、笑い声がはさまれていることによって暗示されている。

アンドレイは浅薄な女と結婚して、イオーヌイチのように、クラブでの力-ドや酒だけが楽しみといった俗物になってしまう、労働にロマンチックな夢を託していた末娘のイリーナは、いざ実際に勤めにでて、毎日の散文的な仕事に追いまくられ、モスクワによって象徴されるばら色の夢がくだらぬものであったことを思い知るのである。

また、世間的な体面や秩序だけを気にして生きているような教師クルイギンにとって二女のマーシャは、人類の明るい未来を美しく語るヴェルシーニンとの恋に生命を燃やそうとするが、そのヴェルシーニンとて、しじゅう自殺未遂をしでかすヒステリーの妻を扱いかねている頼りない人間にすぎない。こうして、連隊が町を去って行き、三人姉妹のすべての夢と幻想はぶちこわされ、彼女たちはあらためて「地に足をつけて」生きてゆかねばならぬことを決心するのである。

三人姉妹 

 第三幕

オリガとイリーナの部屋。右手と左手に寝台があり、衝立で仕切られている、夜中の二時すぎ。舞台裏で。もうだいぶ前に火の手をあげた火事を告げる半鐘が鳴っている。家の中ではまだだれも寝床についていないことが明らかである。いつものように黒いドレスを着たマーシャ、ソファに横になっている。オリガとアンフィーサ登場。

アンフィーサ  今、階段の下に坐っておいでですよ……わたしが「お二階へどうぞ。そんなふうにしていらしちゃ」と申しますと、泣きじゃくりながら、「パパがどこに行ったかわからないの。焼け死ななければいいけど」なんて言って。そこまで思いつめなさって! 庭にもどこかの……やはり裸同然の人たちがおりますよ。
オリガ  〔戸棚から衣類をとりだす〕ほら、このグレイのを持ってお行き……それからこれも………ジャケットもね……このスカートも持って行って、ばあや……ほんとに何てことかしら、恐ろしいわ! キルサーノフ横町はどうやら全焼ね……これも取って……これも……〔乳母の手に衣類をのせる〕ヴェルシーニンさんのご一家、気の毒に、すっかりおびえてらっしゃるわ……危く家が焼けるとこだったから。うちに泊まっていただくといいわ……お帰しするわけにはいかないもの……フェドーチクのとこは、可哀そうに、丸焼けで、何一つ残らなかったのね……
アンフィーサ  フェラポントをお呼びになってはいかがです。さもないと、とても運びきれませんから……
オリガ  〔べルを鳴らす〕いくら鳴らしたって通じやしないもの……〔戸口〕そっちにいる人、来てちょうだい! 〔開け放した戸口から、照返しで真っ赤な空が見える。家の横を消防団が通りすぎるのがきこえる〕ほんとに恐ろしいことだわ。つくづく厭になっちゃう!
  〔フェラポント登場〕
オリガ  さ、これを下へ持って行っておくれ……階段の下にコロチーリンさんのお嬢さんたちがいらっしゃるからね……さし上げてちょうだい。これも上げるのよ……
フェラポント  かしこまりました。十二年のナポレオン戦争の時も、モスクワは丸焼けになったもんで。おっそろしいこってさ。フランス兵が肝をつぶしてましたよ。
オリガ  早くお行きったら……
フェラポント  かしこまりました。〔退場〕
オリガ  ねえ、ばあや、全部さし上げるのよ。わたしたちは何も要らないから、みんなさし上げて、ばあや……疲れたわ、立っているのがやっと……ヴェルシーニンさんのご一家をお帰しするわけにはいかないわ……お嬢ちゃんたちは客間に寝ていただいて、アレクサンドル・イグナーチイチは下の男爵の部屋に行っていただくことにするわ……フェドーチクも男爵の部屋ね、さもなければ広間でもいいし……ドクトルは選りに選ってこんな時にお酒なんか飲んで、ひどく酔っているから、あの部屋へはだれも泊められないわ。それから、ヴェルシーニンさんの奥さまもお客間ね。
アンフィーサ  〔疲れきった声で〕オーリュシカ、わたしを追いださないでくださいまし! 迫いださないでください!
オリガ  ばかなこと言わないでよ、ばあや。だれもあなたを迫いだしたりするもんですか。
アンフィーサ  〔彼女の胸に頭を埋める〕お嬢さま、わたしは一生懸命やっているんです。働いております……身体が弱ってくると、きっとみんなが、出て行けと言うにきまってるんです。でも、どこへ行けましょう? どこへ? なにしろ八十ですもの。数えで八十二ですよ……
オリガ  まあ少しお坐りよ、ばあや……疲れたのね、可哀そうに……〔乳母を坐らせる〕一休みなさいな、ばあや。まるきり顔の色がないわよ!
  〔ナターシャ登場〕
ナターシャ  罹災者救援の会を一刻も早く作らなければって話よ。いいじゃない? 結構な考えだわ。大体、貧乏な人たちは少しも早く助けてあげる必要があるんだわ。それが金持の義務ですものね。ボービクとソーフォチカ、よく眠ってるわ。われ関せずとばかり、ぐっすり眠ってるわよ、わが家はいたるところ人が大勢いて、どっちへ行っても、家じゅう超満員てとこね。今、町でインフルエンザがはやってるから、子供たちにうつらなけりゃいいけど。
オリガ  〔耳をかさずに〕この部屋だと火事が見えないから、気持が落ちつくわ……
ナターシャ  そうね……あたし、きっと、髪がぼさぼさでしょ。〔鏡の前で〕あたし少し太ったなんて言われるけど……嘘よね! 全然じゃない! あら、マーシャ眠ってるのね、可哀そうに、へとへとなんだわ……〔アンフィーサに冷たく〕あたしの前で坐ったりするんじゃない! お立ち! あっちへ行きなさい! 〔アンフィーサ退場、間〕いったい何のつもりであなたが、あんな年寄りを置いとくのか。わからないわ!
オリガ  〔あっけにとられて〕わるいけど、わたしの方もわからないわ……
ナターシャ  何の役にも立たないのよ。あれは百姓女なんだから、村に住むべきよ……どこまで甘やかす気! あたし、家の中の秩序を重んじる人間なの! 無用な者は家におくべきじゃないわ。〔オリガの頬を撫でる〕可哀そうに、疲れてるのね! うちの校長先生はお疲れだわ! 今にソーフォチカが大きくなって、女学校に入る頃になったら、あたし、あなたの顔色をうかがうようになるわね。
オリガ  わたし、校長になんかならないわ。
ナターシャ  選ばれるわよ、オリガ。決まってるわ。
オリガ  断わるもの。だめよ……わたしの手にあまるわ……〔水を飲む〕あなた今、ばあやにひどく邪険に当たったわね……わるいけど、わたし、ああいうのやりきれないのよ……目の前が真っ暗になったわ……
ナターシャ  〔動転して〕ごめんなさい、オーリャ、わるかったわ……あなたを悲しませるつもりはなかったの。
  〔マーシャが起き上がり、怒った様子で枕をかかえて退場〕
オリガ  ねえ、わかって欲しいの……わたしたち、ことによると、変てこな躾を受けてきたかもしれないけれど、でもわたし、ああいうの我慢できないのよ。あんな扱いをされると、わたし辛くって、病気になってしまうわ……ただもう、がっくりきてしまうのよ!
ナターシャ  ごめんなさい、赦してね……〔オリガに接吻する〕
オリガ  どんなちょっとしたことでも、邪険な態度や思いやりのない言葉にぶつかると、わたし気持が動揺して……
ナターシャ  あたしはしょっちゅう一言多いのよ、それは確かだわ.でも、あなただってそう思わない、あのばあやは田舎で暮らしてもいいはずよ。
オリガ  うちにもう三十年もいるのよ.
ナターシャ  だけど今じゃ働けないじゃないの! あたしの方がものわかりがわるいのか、でなけりゃあなたがあたしを理解しようとしないんだわ。あの女は仕事に使えないのよ、ただ眠ったり、坐りこんだりしてるだけじゃないの、
オリガ  坐らせとけばいいじゃない.
ナターシャ  〔あきれ顔に〕坐らせとけばいいって、どういうこと? だって、あれは召使なのよ。〔涙声で〕あなたの言ってること、わからないわ、オーリャ、こっちには子守りもいるし、若い乳母もいるし、小間使だって、勝手女中だっているのよ……この上何のためにあんな年寄りが必要なの? いったい何のため?
  〔舞台裏で半鐘〕
オリガ  今夜一晩でわたし十年、年をとってしまったわ。
ナターシャ  あたしたち、きちんと話をつける必要があるわね、オーリャ、あなたの職場が学校なら、あたしは家庭よ、あなたの仕事が教育なら、あたしは家事が仕事だわ。だから、召使のことに関してものを言う以上、あたしは自分の言っていることはわきまえているつもりよ、ちゃんとわきまえているわ……あんな泥棒婆さんの死にぞこない、明日にもここにいられなくしてやる……〔足を踏み鳴らす〕あんな鬼婆! あたしの癪にさわるような真似なんぞ、させておくもんか! だれがそんな! 〔はっと気づいて〕ほんとに、あなたが下の部屋に移ってくれないと、いつも喧嘩になってしまうわ。やりきれないわ。
 〔クルイギン登場〕
クルイギン  マーシャはどこだい? もう家に帰ってもいい頃だからね。火事もおさまってきてるというし。〔あくびををする〕焼けたのは一区域だけだそうだけど、なにしろあの風だったから、最初は町が全焼するかと思ったよ。〔.腰をおろす〕疲れた。ねえ、オーレチカ……よく思うんだがね、もしマーシャがいなかったら、わたしは君と結婚してただろうね、オーレチカ、君はとても立派な女性だし……へとへとだよ。〔耳をすます〕
オリガ  なあに?
クルイギン  選りに選ってこんな時にドクトルのアル中がはじまって、ひどく酔っぱらってるからさ。選りに選ってこんな時に! 〔立ち上がる〕こっちへ来るみたいだよ……ほらね? うん、ここへ来るんだ……〔笑う〕まったく何て男だろう、実際……わたしは隠れるからね。〔戸棚のところに行き、隅にたたずむ〕なんてやくざな男だ。
オリガ  二年も飲まずにきたのに、だしぬけに浴びるほど飲むなんて……〔ナターシャといっしょに部屋の奥に退場〕
〔チェブトゥキン登場、しらふの人間のように、たしかな足どりで部屋を横切って、立ちどまり、目をこらしたあと洗濯台のところに行って、手を洗いはじめる〕
チェブトゥイキン  〔気むずかしく〕どいつもこいつも消え失せろ……失せやがれだ……俺が医者で万病を癒せると思ってるらしいけど、こっちはまるきり何も知らないんだ、知ってたこともみんな忘れちまって、何一つおぼえてやしない、まるきり何も、〔オリガとナターシャ、彼に気づかれぬように退場〕くそいまいましい。こないだの水曜に埋立地で女を治療してやったけど、死んじまいやがった。あの女が死んだのは、俺のせいなんだ。そうとも……これでも二十五年前には多少の知識はあったのに、今じゃ何一つおぼえてないんだからな。何一つ。ひょっとしたら俺は人間じゃないのに、手も足も頭もついてるようなふりをしてるだけかもしれんな。ことによると、俺なんてまるきり存在していなくて、ただ、歩いたり食べたり眠ったりしているような気がしてるだけかもしれないんだ。〔泣く〕ああ、存在せずにいられたらな! 〔泣くのをやめて、気むずかしく〕畜生め……おとといもクラブで、シェイクスピアだの、ヴォルテールだのと、話してたっけ……こっちは読んだこともない、全然読んだこともないくせに、読んだような顔をしてやった。ほかの連中だって、俺と同じさ。俗物め! 卑しい根性だ! そしたら、水曜日に殺しちまったあの女のことが思い出されて……それからそれへとすべてを思いだしたら、心が歪んで、胸くそのわるい、厭な心持になっちまって……ひと思いに飲んじまった……
  〔イリーナ、ヴェルシーニン、トゥゼンバフ登場。トゥゼッパフは、新調のトップモードの民間人の服装〕
イリーナ  ここに坐りましょうよ。ここならだれも来ませんわ。
ヴェルシーニン  兵隊がいなかったら、町は全焼だったでしょうね! よくやってくれた! 〔満足のあまり両手をすり合わせる〕見上げた連中だ! ええ、実によくやってくれました!
クルイギン  〔彼らのところに近づいて〕何時ですか、みなさん?
トゥゼンバフ  もう三時すぎです。夜が白みかけてますよ。
イリーナ  みんな広間に坐りこんで、だれも帰らないのよ。あのソリョーヌイもいるわ……〔チェブトゥイキンに〕ね、ドクトル、行ってお寝みになったら。
チェブトゥイキン  大丈夫ですよ……ありがとう。〔顎ひげをしごく〕
クルイギン  〔笑う〕べろべろですな、イワン・ロマーヌイチー〔肩を叩く〕ご立派! In vino Veritas、真実は酒の中にあると古人も言ってますからね。
トゥゼンバフ  みんなが僕に罹災者救済のコンサートを開くように頼むんですよ。
イリーナ  でも、人がそろうかしら……
トゥゼンバフ  その気にさえなれば、開けるかもしれませんね。僕の考えだと、マリヤ・セルゲーエヴナはピアノがお上手ですし。
クルイギン  実に上手ですよ!
イリーナ  姉さんはもう忘れてるわ。三年も弾いてないんですもの……ことによると四年かな……
トゥゼンバフ  この町じゃ、まったくだれ一人音楽を解さないんですね、ただの一人として。でも僕にはちゃんとわかってるし、お世辞ぬきに請合いますけど、マリヤ・セルゲーエヴナのピアノはみごとですよ、天才的と言っていいくらいです。
クルイギン  その通りですよ、男爵。わたしは家内をとても愛しているんです。あれは立派な女です。
トゥゼンバフ  あれほど華麗な演奏をする腕を持ちながら、一方ではだれ一人それを理解してくれないと、意識せざるを得ないなんて!
クルイギン  〔溜息をつく〕そうですな……しかし、家内がコンサートに出るのはどんなものですかね? 〔間〕とにかく、わたしは何もわかりませんのでね。ことによると、いいことかもしれませんし。白状しなけりゃなりませんがね、うちの校長は立派な人間で、むしろこの上なく立派な聡明な人間とさえ言っていいくらいなんですが、あの人のものの考え方からすると……もちろん、あの人に関係ないことですけど、でもやはり、なんだったら、わたしが校長に話してみましょう。
チェブトゥイキン  〔陶器製の時計を手にとってしげしげと眺める〕
ヴェルシーニン  火事場で泥んこになっちまって、このざまたるや、ないでしょう。〔間〕昨日ちらと耳にしたんですが、なんでもわれわれの部隊をどこか遠くへ移すつもりのようですね。ポーランド王国だという説もあるし、シベリアのチタという説もありますね。
トゥゼンバフ  僕もききました。しょうがないでしょう? そうなると。この町はすっかり空っぽになりますね。
イリーナ  あたしたちも出て行くし!
チェブトゥイキン  〔時計をとり落とす。時計は割れる〕こなごなだ!
  〔間、一同、悲Lんで、途方にくれる〕
クルイギン  〔破片を拾い集めながら〕こんな高価な物を割るなんて……ええ、イワン。ロマーヌイチ、イワン・ロマーヌイチ! あなたの操行はマイナス零点ですよ!
イリーナ  これ、亡くなったママの時計なのよ。
チェブトゥイキン かもしれませんな……ママのというんなら、ママのでしょう。ことによるとわたしは、割ったのじゃなくて、割ったような気がするだけかもしれない。ことによると、われわれは存在しているような気がしているだけで、実際には存在していないのかもしれませんね。わたしは何一つ知らない。だれも何一つ知りやしないんです。〔戸口で〕あんた方は何を見てるんです? ナターシャはプロトポポフとロマンスがあるのに、あなた方には見えないんだ……そうして坐っているだけで、何も見えてやしないんだから。ナターシャはプロトポポフとロマンスがある……〔うたう〕知らぬはナントカばかりなり……〔退場〕
ヴェルシーニン  そうか……〔笑う〕実際、何もかも実に奇妙ですね! 〔間〕火事が起きた畤、わたしは急いで家に駆けつけたんです。近くまで行ってみると、わが家は無傷でそっくりしているし、類焼のおそれもなかったんですが、二人の娘は肌着一つで戸口に立ちすくんでいるし、母親はいない。大勢の人たちが右往左往するし、馬や犬は走りまわる始末で、娘たちの顏には不安と、恐怖と、祈りとの、それこそ何と言ってよいかわからない表情がうかんでいるじゃありませんか、その顏を見たとたん、わたしは胸がしめつけられましてね。ああ、この子たちはこの先永い一生の間にどんな辛い思いを味わわなけりゃいけないんだろう、と思いましたよ! 娘たちをかかえて走りながら、わたしは、この子たちはこれからもこの世でどんな辛い目に会わなけりゃならないのかと、そればかり考えていました! 〔半鐘、間〕ここに来てみると、母親がいて、わめくやら、怒るやらの騒ぎでしてね。
  〔マーシャ、枕をかかえて登場し、ソフフに坐る〕
ヴェルシーニン  二人の娘が肌着一つで戸口にすくんでいて、通りは焔で真っ赤になっているし、凄まじいざわめきにかこまれているのを見た時、わたしは、ずっと昔、だしぬけに敵が攻めてきて、掠奪や放火をしてまわった時にも、これと同じようなことが起こったんだ、と思いましたよ……それはそうと、実際のところ、現在あるものと、かつてあったものとの間に、いったいどんな違いがありますかね? これでもう少し時代が移って、二百年か三百年もしたら、現在のわれわれの生活もやはり同じように、恐怖と嘲笑をこめて眺められるんでしようね。現在のものはすべて、不細工でもあれば、重苦しくもあり、ひどく不便でもあれば、奇妙でもあるものと思われることでしょうよ! そう、きっと、すばらしい生活になっているでしょうよ。すばらしい生活にね! 〔笑う〕すみません、また哲学をはじめたりして。もうちょっとつづけさせてください。ひどく哲学をぶちたいんです、今はそんな気分でしてね。〔間〕みんな眠ってるみたいだ。それじゃ、ひとりでしゃべりますけど、きっとすばらしい生活になることでしょうよ! あなた方だって想像してみるくらいかまわないでしょうに……あなた方のような人は、今でこそこの町に三人しかいないけど、あとにつづく世代にはどんどん、どんどん増えていって、やがて何もかもがあなた方の考えているように変わる時代がくるんです。みんながあなた方のような生き方をする時代が、そのうちに、あなた方も年をとってしまうし、あなた方より優秀な人間がどんどん生まれてくるでしょう……〔笑う〕今夜はなにか一種特別な気分ですよ。ただもう無性に、実のある生き方をしたい気持です……〔うたう〕恋に年齢のへだてなく、恋の情熱は実り多し……〔笑う〕
マーシャ  トラム・タム・タム……
ヴェルシーニン  タム・タム……
マーシャ  トラ・ラ・ラ……
ヴェルシーニン トラ・夕・夕……〔笑う〕
  〔フェドーチク登場〕
フェドーチク  〔踊る〕焼けちゃった、焼けちゃった! きれいさっぱり! 〔笑う〕
イリーナ  冗談じゃなくってよ。すっかり焼けてしまったんですの?
フェドーチク  〔笑う〕きれいさっぱりとね。何も残りませんでしたよ。ギターも焼けたし、カメラも焼けた、手紙も全部……あなたにメモ帳をプレゼントしようと思ってたんですが、それも焼けちゃいました。
〔ソリョーヌイ登場〕
イリーナ  いけませんわ、どうぞあちらへいらしてください、ワシーリイ・ワシーリイチ、ここは困ります。
ソリョーヌイ  なぜ男爵ならよくて、僕だといけないんです?
ヴェルシーニン  あちらへ行かなけりゃいけないな、ほんとうに。火事はどうです?
ソリョーヌイ  下火になってるそうです。いや、実際おかしな話だ、なぜ男爵ならよくて、僕だといけないんです? 〔香水壜をとりだし、ふりかける〕
ヴェルシーニン  トラム・タム・タム。
マーシャ  ドラム・タム。
ヴェルシーニン  〔笑って、ソリョーヌイに〕広間へ行きましょう。
ソリョーヌイ  いいでしょう、しかとおぼえとこうじゃありませんか、この考えは、もっとはっきりさせたってかまわないかと思うんでね……〔トゥゼンバフを睨みながら〕ちっ、ちっ、ちっ……〔ヴェルシーニン、フェドーチクと連れ立って退場〕
イリーナ  あのソリョーヌイったら、こんなに煙をこもらせて……〔けげんそうに〕男爵は眠っているんだわ! 男爵! 男爵!
トゥゼンバフ  〔目をさまして〕疲れましたよ、それにしても……煉瓦工場か……別に寝言じゃないですよ、本当にもうすぐ煉瓦工場へ行って、働きはじめるんです……もう話はしてあるんですよ。〔イリーナにやさしく〕あなたはとても蒼ざめた、美しい、魅力的な顔をしてますね……あなたの青白さがこの暗い空気を光のように明るくしているような気がしますよ……そんな沈んだ顔をして、人生に不満なんですね……ねえ、僕といっしょに行きませんか、いっしょに働きに行きましょうよ!
マーシャ  ニコライ・リヴォーウィチ、ここから出て行ってくださらない。
トゥゼンバフ  〔笑う〕ここにいらしたんですか? 見えないな。〔イリーナの手にキスする〕お寝みなさい、僕、行きます……今こうしてあなたを見つめていると、もう大分以前、名の日のお祝いの時に、あなたが溌刺とした快活な様子で、勤労の喜びを語っておられたのを思いだしますよ……あの頃の僕には、実に幸せな生活が目の前にちらついていたんですけどね! それは今どこに行ってしまったんだろう? 〔手にキスする〕涙をうかべてますね。横になってお寝みなさい、もう夜が明けます……朝がはじまるんです……あなたのためにこの生命を捧げることが許されればな!
マーシャ  ニコライ・リヴォーウィチ、あちらへいらしてったら! まあ、ほんとに……
トゥゼンバフ  行きます……〔退場」
マーシャ  〔横になりながら〕眠ってるの、フョードル?
クルイギン  え?
マーシャ  家に帰ればいいのに。
クルイギン  可愛いマーシャ、わたしの大事なマーシャ……
イリーナ  姉さん、疲れているのよ。休ませてあげたら、兄さん。
クルイギン  今帰るよ……僕の可愛い、素敵な奥さん……かけがえのない奥さん、愛しているよ……
マーシャ   〔腹立たしげに〕愛さない、愛します、愛す、愛す時、愛せば、愛せ。
クルイギン  〔笑う〕いや、ほんと、すばらしい女性だ。君と結婚して七年になるけど、つい昨日結婚したばかりのような気がするよ。本当にさ。いや、ほんと、君はすばらしい女性だ。わたしは満足だよ、満足だ、満足だ!
マーシャ  うんざり、うんざりだわ、うんざり……〔起き上がり、座ったまま言う〕こうしていても頭から離れないの……まったく腹が立つわ。頭にこびりついてるもんだから、黙ってはいられないのよ。あたしの言ってるのは、アンドレイのこと……兄さんたら、この家を銀行に担保に入れちゃって、そのお金は全部あの細君がふところに入れてしまったんだわ。だってこの家は兄さん一人のものだって、まともな人間だとしたら、それくらいわかってるはずだわ。
クルイギン  もの好きだね、お前も、マーシャ! お前に何の必要があるんだい? アンドリューシャは借金で首がまわらないんだもの、放っといておやりよ。
マーシャ  いずれにしたって腹が立つわ。〔横になる〕
クルイギン  わたしたちは貧乏してるわけじゃないしさ。わたしは学校に通って慟いているし、そのあとは家庭教師もやっている……わたしは誠実な人間だ。素朴な……Omnia mea mecum porto、俗に言う、手に職をつけた人間だからね。
マーシャ  あたしだって別に何も要らないけど、不正なことに腹が立つのよ。〔間〕お帰りなさいよ、フョードル。
クルイギン  〔彼女にキスする〕疲れてるんだね。三十分ほどお休み。わたしは向うに坐って、待ってるから、眠りなさい……〔歩く〕わたしは満足だよ、満足だ、満足だ。
 〔退場〕
イリーナ  ほんとに、アンドレイ兄さんも小物になったものね。あの女にふりまわされてすっかり生気がぬけて、老けこんでしまったじゃないの、かつては大学教授をめざしていたってのに、昨日なんか、ついに県会議員になれたって自慢してる始末よ。兄さんが議員で、あのプロポポフが議長……町じゅうが噂して、笑っているというのに、知らぬは兄さんばかりで、何も気づいていないんだから……今夜だって、みんなが火事場に駆けつけているのに、兄さんは自分の部屋にひっこもって、何の関心も示しやしない。バイオリンを弾いてばかりいて。〔苛立って〕ああ、やだ、やだ、やだ! 〔泣く〕あたしもうだめ。これ以上我慢できない! できないわ、もうだめ!
  〔オリガ入ってきて、自分のサイドテーブルのあたりを片づける〕
イリーナ  〔大声声で泣き出す〕あたしをつまみだして、放りだしてよ。あたし、もうだめ!
オリガ  〔肝をつぶして〕どうしたの、どうしたのよ? ねえ!
イリーナ  〔泣きじゃくりながら〕どこへ行ったの? 何もかも、どこへ行ってしまったの? どこにあるの? ああ、つらい、やりきれないわ! あたし、何もかも忘れてしまった、忘れちゃったわ……頭の中がごっちゃになって……イタリア語で窓をなんて言ったか、それから天井をなんて言うんだったか、思いだせないの……片端から忘れてゆくわ、毎日どんどん忘れてゆくの、それなのに人生は過ぎて行って、二度と返ってこないんですもの。二度と。あたしたち、モスクワヘなんかいつになっても行けないのよ……わかっているわ、あたしたち行けやしないのよ……
オリガ  さ、いい子だから……
イリーナ  〔自分を抑えながら〕ああ、あたし不幸だわ……あたし、働けない。働くつもりもないわ。もうたくさん、たくさんよ! 電報局にも勤めたし、今は市役所に勤めているけど、与えられる仕事が全部、憎らしくて、軽蔑しているの……もう数えで二十四にもなって、お勤めももう長いわ。だから脳味噌が干からびてしまったし、痩せて、器量もわるくなって、何一つ、全然、何の楽しみもないんだわ。なのに、時はどんどん過ぎてゆくものだから、いつだって、美しい本当の生活から遠ざかってゆくような気がするのよ、ますます遠ざかって行って、奈落か何かに落ちこんでゆくような気がするわ。あたし、絶望しきっているの。どうして生きていられるのか、どうして今まで自殺せずにいたのか、わからないわ……
オリガ  泣かないで、ね、泣かないでよ……わたし、つらいから。
イリーナ  泣いてない、泣いていないわ……もうたくさん……ほら、ね、もう泣いてないでしょ。もうたくさん……たくさんだわ!
オリガ  ねえ、あたし姉として、親友として言うんだけど、もしあたしの忠告を望むのなら、男爵と結婚なさいよ! 
イリーナ  〔静かに泣く〕
オリガ  だって、あなたは彼を尊敬しているし、高く評価しているじゃないの……たしかに彼、男ぶりはよくないけど、でも実にきちんとした、清潔な人よ……結婚なんて、愛からじゃなくて、自分の務めをはたすためのものよ。少なくともわたしはそう思うし、わたしなら愛情なんかなくても結婚するでしょうね。求婚したのがだれであろうと、きちんとした人でさえあれば、どっちみちお嫁に行くでしょうね。相手が年寄りだって、行くと思うわ……
イリーナ  あたしずっと待っていたのよ、モスクワに移ったら、向こうであたしの本当の相手にめぐり会えるだろうって。その人のことを夢みて、あこがれていたんだわ……でも、実際には、すべてばかげたことだったのね。他愛ない夢だったのね……
オリガ  〔妹を抱く〕ねえ、可愛い素敵なわたしの妹、わたしにはよくわかるわ。二コライ・リヴォーウィチ男爵が軍隊勤務をやめて、背広でうちへ見えた時、あまり風采があがらないんで、わたし泣きだしてしまったほどだったわ……男爵ったら、「なんで泣いてらっしゃるんです?」なんて、きいていたけど、まさか言えるわけないじゃないの。でも、もし神さまのお導きであなたがあの人と結婚することにでもなったら、わたしは幸せだわ。その場合はまるきり別のことですもの、まったく別の話だわ。
  〔ナターシャ、蝋燭を手にして無言のまま、右手戸口から左戸口ヘ舞台を通りすぎる〕
マーシャ  〔腰をおろす〕まるで火つけでもしてまわってるみたいな歩き方ね。
オリガ  マーシャ、あなたってばかね。うちの家族でいちばんばかなのは、あなたよ。ごめんなさい、わるいけど、〔間〕
マーシャ  ねえ、姉さんたち、あたし懺悔したいの。思い悩んでいるのよ。姉さんたちに懴悔したら、あとは二度とだれにも言わない……今すぐ言うわ。〔低い声で〕これはあたしの秘密だけれど、姉さんたちには知っていて欲しいの……黙っているわけにはいかないわ………〔間〕あたし、好きなの、愛しているわ……あの人を愛しているの……姉さんたちも今しがた会っていた人よ……そう、もうかまわないわ。一口で言えば、あたし、ヴェルシーニンを愛しているの……
オリガ  〔衝立のかげの自分のベッドに行く〕やめて、そんな話、どっちみち、きこえないけど。
マーシャ 仕方がないじゃないの! 〔頭をかかえる〕最初は変わった人に思えていたんだけど、そのうち同情して……そのうち好きになってしまったのよ……あの人の声や、言葉や、いろいろな不幸や、二人の女の子をひっくるめて、好きになってしまったんだわ……
オリガ  〔衝立のかげで〕どっちみち、わたしにはきこえないわ、あなたがどんなばかなことを言っても、どうせきこえないわ。
マーシャ  まあ、ばかね、あなたって、オーリャ。あたしは愛している、つまり、それがあたしの運命なんだわ。つまり、それがあたしの定めなのよ……彼もあたしを愛しているわ……恐ろしいことよね。でしょう? いけないことよね? 〔イリーナの手をとって引きよせる〕ねえ、イリーナ……あたしたち、なんとかこの人生を生きぬきましょう。どうなるのかしらね、あたしたち……小説か何かを読んでる時は、こんなことはすべて陳腐で、わかりきったことみたいな気がするけど、いざ自分が恋をすると、だれも何一つわかってないんだ、人間はそれぞれ自分のことは自分で解決しなければいけないんだってことが、はっきりわかるわ……ねえ、姉さんたち……姉さんたちに告白したから、これでもう黙るわ……あとはゴ-ゴリの書いた気違いみたいに……ただ沈黙……また沈黙だわ……
〔アンドレイと、つづいてフェラボンド登場〕
アンドレイ  〔腹立たしげに〕いったい何の用なんだ? わからんじゃないか。
フェラポント  〔戸口で、もどかしげに〕もう十遍も申し上げましたよ、アンドレイ・セルゲーエウィチ。
アンドレイ  第一、お前なんぞにアンドレイ・ゼルゲーエウィチなどと呼ばれるおぼえはない。先生と言え!
フェラポント  はい、先生、消防隊が河へ出るのにお庭を通らせていただきたいと頼んでおりますんですが。さもないと、ぐるりとまわってた日にや、えらい難儀なことで。
アンドレイ  よろしい。いいと伝えろ。〔フェラボット退場〕うんざりするな。オリガはどこ? 〔オリが、衝立の奥から出てくる〕姉さんのとこへ来たんだよ。戸棚の鍵をくれない。自分のを失くしちゃったんだ。姉さんとこに、こういう小さな鍵があったよね。
  〔オリガ無言のまま鍵を渡す。イリーナ、衝立の奥の自分のベッドに行く。間〕
アンドレイ  すごい大火事だったね! やっと下火になったよ。いまいましい、あのフェラボントの奴が癇にさわったもんで、ばかなことを言っちまった……先生、だなんて……〔間Jどうして黙ってるの、オーリヤ? 〔間〕もうそろそろ、そんなばかな真似はやめて、仏頂面をしないでもいい頃じゃないかな、理由もないのにさ……あ、マーシャもいるんだね、イリーナもか。こいつはいいや、ひとつざっくばらんに話し合おうじゃないか、一遍こっきりのこととして。君たち、僕に何の不満があるんだい? 何の?
オリガ  やめなさいよ、アンドリューシャ。明日、話し合いましょう。〔心をたかぶらせながら〕なんて、やりきれない夜なのかしら!
アンドレイ  〔ひどくどぎまぎしている〕興奮しないでよ。僕はいたって冷静にきいているんだから。僕に何の不満があるんだい? 率直に言って欲しいね。
ヴェルシーニンの声  トラム・タム・タム!
マーシャ  〔起き上がって、大声に〕トラ・夕・夕! 〔オリガに〕お寝み、オーリャ、身体に気をつけてね。〔衝立のかげに行き、イリーナに接吻する〕ぐっすり寝むのよ……お寝み、アンドレイ。向うにいらっしゃいよ。姉さんたち疲れきってるのよ……話合いは明日にすれば……〔退場〕
オリガ  ほんとに、明日に延ばしましょう、アンドレイ……〔衝立の奥の自分のベッドに行く〕もう寝なけりや。
アンドレイ  言うだけ言ったら、出て行くよ。すぐにね……第一、姉さんたちは僕の妻であるナターシャに対して、何か含むところがあるんだ、そのことは結婚したその日から気づいていたよ。ナターシャは誠実な、立派な人間だよ。率直で、上品な……これが僕の意見さ。僕は妻を愛してるし、尊敬もしている。いいかい、僕は尊敬しているんだ。だから、ほかの人たちもやはり彼女を尊敬してくれることを要求するね、もう一度言うけど、彼女は誠実な上品な人間だよ、姉さんたちの不満はみんな、そう言っちゃわるいけど、気まぐれにすぎないよ。〔間〕第二に、姉さんたちはなんだか、僕が大学教授でないことや、学問にたずさわっていないことに対して、腹を立てているようだね。だけど、僕は県会に出ている。僕は県会議員だよ。僕はこの仕事を、学問への奉仕と同じくらい神聖で高尚なものとみなしているんだ。僕は県会議員だし、もし知りたけりゃ言うけれど、そのことを誇りにしてもいるよ……〔間〕第三に……まだ言いたいことがあるんだ……僕は姉さんたちの許可も得ないで、この家を柢当にしちまった……これは僕がわるいし、赦して欲しいと思っているよ。こんなことになった切っ掛けは、博打の借金で……三万五千ルーブルもあるもんだから……僕は今はもうカードをやらないし、とうにやめてしまったけど、自分の弁解として僕に言えるいちばん大きな理由は、それは、姉さんたちが恩給をもらっているのに、僕には……いわば、収入ってものがなかったことなんだよ……〔間〕
クルイギン  〔戸口から〕マーシャはここにいない? 〔心配そうに〕どこに行ったんだろう? 変だな……〔退場〕
アンドレイ  二人人とも、きいてくれないんだね。ナターシャは立派な、誠実な人間だよ。〔無言のまま舞台を歩きまわり、やがて止ちどまる〕結婚する時、僕は、これで幸せになれる……みんな幸せになれる、と思っていたんだ……だけど、なんてこった……〔泣く〕ねえ、姉さんたち、僕の言うことなんか信じないで、信じちゃだめだよ……〔退場〕
クルイギン  〔戸口から心配そうに〕マーシャはどこだい? ここにはマーシャはいませんか? おどろいた話だな。〔退場〕
  〔半鐘。舞台は空っぽ〕
イリーナ  〔衝立のかげで〕オーリャ! 床を叩いているの、だれかしら?
オリガ  ドタトルよ、イワン・ロマーヌイチだわ。酔っぱらってるのよ。
イリーナ  なんて騒がしい夜かしらね! 〔間〕オーリャ! 〔衝立のかげから顔をのぞかせる〕きいた? 旅団がここから引き上げられて、どこか遠くに移されるそうよ。
オリガ  そんなの、ただの噂よ。
イリーナ  そうなったら、あたしたちだけ取り残されるね……オーリャ!
オリガ  え?
イリーナ  ねえ、姉さん、あたし、男爵を尊敬しているわ、高く買っているわ、立派な人ですもの。あたし、あの人と結婚するわ。プロポーズを受けるわ。ただ、モスクワヘ行きましょうよ! おねがい、行こう! モスクワよりすばらしいとこなんて、世界中にありやしない! 行きましょうよ。オーリャ、行きましょう!
                 


 原卓也さんはチェーホフの四大戯曲の翻訳にも取り組んでいるが、この名訳も読書社会から消え去ってしまった。ウオールデンは原卓也訳の四大戯曲を復活させることにした。

原卓也。ロシア文学者。1930年、東京生まれ。父はロシア文学者の原久一郎。東京外語大学卒業後、54年父とショーロホフ「静かなドン」を共訳、60年中央公論社版「チェーホフ全集」の翻訳に参加。助教授だった60年代末の学園紛争時には、東京外語大に辞表を提出して造反教官と呼ばれたが、その後、同大学の教授を経て89年から95年まで学長を務め、ロシア文学の翻訳、紹介で多くの業績を挙げた。ロシア文学者江川卓と「ロシア手帖」を創刊したほか、著書に「スターリン批判とソビエト文学」「ドストエフスキー」「オーレニカは可愛い女か」、訳書にトルストイ「戦争と平和」「アンナ・カレーニナ」、ドストエフスキー「カラマーゾフの兄弟」などがある。2004年、心不全のために死去。

 

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